Chapter015:閃光
その部屋には同じ顔が並んでいた。
全て子供で、整った顔の少女たち。
格好も統一されていて、病院服のような白いワンピース姿をしている。
そこに子供らしい表情は一つもなかった。
「ファーストフェイズ、開始」
機械的な声と共に視界にノイズが走った。
耳障りな音がする。
砂嵐のようなノイズの後には、同じ子供達の並んだ部屋が映った。
ただし、その数は大きく減っている。
「セカンドフェイズ、開始」
再び声がする。
同時にノイズが視界を覆う。
嫌な音。
そして同じ部屋。
広く感じるのは、居た子供達の数がまた減ったせいだろう。
「サードフェイズ、開始」
視界が切り替わり、またノイズが走る。
耳を塞ぎたいが、耳がどこにあるのか分からない。
「フォースフェイズ、開始」
次から次へと声に合わせてノイズと共に視界が展開する。
その度に子供達の数は減り続ける。
数十人から数人となり、さらに一人減り、二人減り、最後には一人の少女だけとなった。
「0168番、前へ」
また別の視界に変わり、男の声が誰かを呼んだ。
カルタの知っている声だ。
優しいはずの声が、その時だけはひどく冷たく聞こえた。
真っ白い部屋。
ガラス越しに並ぶ白衣姿の人影達。
「最終テストを始める」
連れられた部屋の真ん中で、拘束台の上で身動きも取れない姿にされたまま、誰かはジッと目隠しに覆われた世界を見つめていた。
その誰かは知っていた。
自身の身体を厳重に拘束する器具の全てには何一つの意味もない事を。
「ラストフェイズ、開始」
スピーカーから機械的な声が部屋に響く。
閃光が誰かの脳を焼いた。
「うあああああああああっ!?」
光の本流に脳を焼かれるような、言いようのない不快感がカルタの頭を一瞬の内に突き抜けた。
全身の力が抜ける虚脱感と共に、絶叫を伴いながらカルタの意識は現実に舞い戻った。
遠くで誰かが叫んでいる気がした。
だが声は何も聞こえない。
目の前には首を掴んでカルタを持ち上げるロゼの姿がある。
その姿を認識した瞬間、真っ白になったカルタの思考を塗りつぶすように暗い感情が沸き上がって来た。
「お前は……俺に、触ルな!!」
カルタの首を掴むロゼの手首を掴み、そのまま躊躇なく握り潰した。
「あはぁん♪ 乱暴ですのね、お兄様♪」
自身の手首の骨が砕ける音が響くのを、ロゼは愉快そうに眺めながらカルタからその手を引いた。
「ウるサい! 耳障りなんダよ、お前の声は!!」
カルタ自身にも信じられないほどの嫌悪感だ。
なぜか目の前のロゼにそんな感情を抱いている自分が居た。
すぐにでも襲い掛かろうとする感情とは裏腹に、体に上手く力が入らずにカルタはその場に崩れ落ちる。
舌すら満足に回らない。
「その反応、良かったですの♪ ちゃんと共鳴できたんですのね♪」
「……共鳴? 今のはオ前の記憶カよ」
なぜかそう直感した。
「さぁ、どうでしょうですの♪ お兄様が何を見たのかまでは存じ上げませんけど、きっと、そうとも言えるし、そうでないとも言えますの♪」
上品な笑みを浮かべながら、座り込んだカルタを見下ろすロゼはさも愉快そうに言う。
「何でだロうな、その笑い方にすら虫唾が走ルのは」
その姿がカルタには全身の神経を逆なでするように映った。
ロゼの一挙手一投足が全て挑発的に見えて仕方がなかった。
その恍惚に火照る強気な表情も、サラサラと風を受ける毛髪も、すらりと長い手の指先から、華奢な体の割に肉付き良い太腿まで、その全て蹂躙し、物言わぬ肉塊に変えてしまいたい。
そんな破壊を望む欲望が溢れて止まらない。
ひどく荒れ狂う感情とは裏腹に、カルタは無意識に体を脱力していた。
血流を一度穏やかに戻し、乱れる細胞の動きを統一し、呼吸をゆっくりと整える。
「それは違いますの、お兄様♪」
口の中で小さくなった飴玉を嚙み砕く。
酸素を十分に補給して、再び血流を加速して行く。
体のコントロールが戻ってくるのを確認しながら、カルタはゆっくりと立ち上がった。
一瞬だけ広がった苦味は、すぐに強烈な甘味に変わっていく。
それに合わせるように、ロゼは砕けたはずの手首を気にすることなく再び拳を握りなおして笑みを浮かべた。
「私を蹂躙し壊してしまいたいと望むそれは、憎しみなどと言う幼稚な感情ではなく、もっと、もっと崇高なもの……」
その言葉自体に酔いしれるような台詞と共に、再び戦う顔へと表情を変えるロゼの心が、今のカルタには透けて見えるようだった。
「闘争本能そのものですのよ♪」
同時に、ロゼが動く。
ロゼもカルタと同じだった。
戦いを再開したくてしかたがないのだ。
「あぁ、そうなのかもな」
ロゼが口にした「闘争本能」という単語にやけに納得するものを感じながら、カルタも動いていた。
カルタの顔面を目がけて真っすぐに伸びるロゼの拳を難なく掴み取る。
先ほどとは比べ物にならないほどの速度のハズのロゼのその動きを、今のカルタは完全に捉えていた。
「あはぁ♪ やっぱりそうでなくては、お兄様♪♪」
「言ってろ」
お返しとばかりに空いている方の腕で、今度はカルタが拳を放つ。
ゴウと唸る、容赦のない風切り音。
つい先ほどまでは「戦うつもりがない」と言っていた人物と同一とは思えない行動だった。
目つきすら変わり果て、そこには普段のカルタとはまるで違う狂暴な光を宿している。
ロゼは片腕を抑えられたまま、それでも器用に体を捻ってその拳を躱す。
拳の先をわずかに掠めたトレンチコートのボタンが飛んだ。
捻った姿勢のまま、拳を掴んだままのカルタの腕を目がけてロゼが鋭い蹴りを走らせた。
鞭よりも速いその一撃がカルタの腕を切り裂かんとばかりに打ち、真上に跳ね上げる。
何かが爆発したかのような強烈な衝撃が腕に走った。
口内に広がる甘味が濃度を増すが、カルタはそのまま気にせずに、跳ね上がった腕をロゼに目がけて振り下ろした。
「あっはぁ♪ さすがお兄様、でもちょっと頑丈すぎですの♪」
「ハン、お前はすばしっこ過ぎるぜ。妹とやら」
ロゼはふわりと跳ねるようにそれを避けて距離を取ると、そのまま一度は捨てた大槌を拾い上げた。
ボタンの飛んだロゼのトレンチコートがはだけ、その下に隠れていた姿が露わになる。
コートの下は、ハーネスのようなベルトがいくつも巻きつけられただけの露出だらけの格好だった。
隠れている肌の方が少ない。
重なりあったベルトが下着のようになり、辛うじて女性として見えてはいけない部分は隠されている程度だ。
「拘束具か、悪趣味なヤツ。なぜだろうな、良く見覚えがある気がするよ」
そのベルトは全て、本来は身体の自由を奪うために装着される拘束具だった。
今は拘束具としての意味は為していないが、しっかりとハメ直せばその効果を期待できる場所には着用している。
「お許し下さいですの、お兄様♪」
ロゼは大槌をカルタに向け、再び構え直した。
「お兄様の本気とヤリ合うには、さすがに私も素手というワケにはまいりませんの♪」
どんな武器を構えようとも、カルタはもうズルだなどとは言うつもりはなかった。
いつ、どんな攻撃をして来ようとも関係がない。
来るなら来い、だ。
今はただ、それを全力で迎え撃ち、逆に完膚なきまでに破壊してやろうという凶悪な欲望だけが腹の底でのたうっている。
それ以外の事は考えられなくなって行く。
戦い以外の事に考える意味など無いのだと、誰かが耳元で囁くのだ。
ノイズのような不快な声に、なぜか身を委ねてしまう。
「いや、良い。こっちも――――うぐっ……!?」
戦闘を再開しようとした時、急激な疲労感がカルタを襲った。
「が、カハっ……!」
重力が数倍に増したように錯覚するほど体が重く感じられ、思わず膝をつく。
薬の反動だ。
今まで以上の力を使い、カルタの予想よりも遥かに早く薬が切れつつあった。
「あら、残念。時間切れのようですの♪」
無防備なカルタを強襲するような事はなく、心底残念そうな表情でロゼは構えた大槌を下した。
「待、ちやがれ……! 続きだ……!」
カルタはポケットから新しい飴玉を取り出してその包みを開ける。
完全に薬が切れる前に次の薬を補給すれば、今はまだ動ける。
その分、無茶をしただけの反動が後に待っているが、今のカルタにそんなことはどうでも良かった。
ただただ体が戦いを求めていた。
「あっ!?」
口に運ぼうとした飴玉が、カルタの手のひらからふわりと浮いた。
一人でに浮いた飴玉がカルタから逃げる様に離れていく。
そこでやっと、カルタは側にいるはずの一人のおっさんの姿を思い出した。
「カルタさん、落ち着いて! 何か様子が変だよう!」
「ロナか……! お前っ、なんの、つも……り……」
カルタの意識はそこで途切れた。




