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切り札はスペードの幼女ですか?  作者: じばうるふ
Episode2/承:Nightmare Strikes Back
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Chapter014:邂逅

「えーと、カルタさんって妹いたのかな?」


 色々と混乱するカルタの脳内に、ロナが控えめな様子で念話を投げてきた。


「悪いが人違いだ。俺に妹がいた記憶はないんでね」


 混乱の中、咄嗟に出たのはそんな言葉だった。

 ロナと目の前の少女に同時に返事をした形になる。


 言いながらカルタは自分の言葉に妙な違和感を覚えるが、そんな事は些細な事だった。


 急にまた妙な人物が現れてしまった。

 控えめに見ても玩具などではなさそうな巨大な大槌で悪魔を叩き殺すあたり、どう考えても一般人じゃない。


 それもカルタの事を「お兄様」などと呼ぶ相手だ。

 言動においてはこの一週間の中でダントツの変人である。


 ちなみに見た目部門ではロナがダントツの一位だ。

 これはしばらく更新されないと思う。 


「いいえ、人違いではありませんの。それに存じ上げていないのも当然ですの。だって、初めまして、なんですから♪」


 少女が口元を手の平で覆いながら上品に笑う。

 だったら隠し子か何かだろうか。


 カルタには親も、その代わり足り得る場所も既にないというのに。


「私の事はロゼ、とお呼び下さいですの、お兄様」


 ロゼと名乗った少女は先端にへばりついた血肉を払うように大槌を回して、カルタの正面にそれを構え直した。


 全面に突起を持つ菱形の立方体はカルタの頭より一回りも二回りも巨大だ。

 少女はそれを片手で難なく持ち上げている。


「あー、妹とやら。それ、人に向けるモノなのか?」


 ロゼの切れ長で鋭い目つきがカルタを見据える。

 幼い顔だが、その輪郭は整っていて美しい。


 夏だというのにトレンチコートという姿はおっさん連中を彷彿とさせるが、もしかして今夏の流行か何かなのだろうか。

 今度、水瓶に聞いてみようと思う。


 コートの下にはミニスカートでも履いているのだろうか、真っ白な太ももがあらわになっている。

 切り揃えられたストレートの赤毛が風に靡いた。


「いいえ、違いますの」


 ロゼは素直にそう答えた。

 だが、構えた大槌は降ろさない。


「だったらそれを降ろ――」

「人ではなく、お兄様に向けるためのモノですの♪」


 少女の表情が変わった。

 その体が動いた、と、そう思った時には少女の影がカルタに落ちてきていた。


 既に大槌はカルタの頭上に振り上げられていた。


「うぉ!?」

「カルタさん!?」


 ギリギリの所で飛びのいた。


 カルタの前髪を掠めて振り下ろされた菱形が、屋上の地面にひび割れた同型の模様を作り出す。

 脳内でロナが悲鳴を上げた。


 大槌は見た目通りの重量だった。

 その重さだけで十分に凶器として通用するだろう。


「あはぁ♪ さすがですの、お兄様♪」


 ロゼが恍惚の表情を浮かべてカルタを見つめる。


「おいおい、シャレになってないぜ」


 ロゼの動きは恐ろしく速い。


 飴玉の効果は未だ切れていない。

 まだ余裕がある。


 感覚が研ぎ澄まされている時のカルタなら、並大抵の動きは容易く見切る事ができる。

 その上、相手は巨大な物体を手にしているのだ。


 それでも少女の初動を捕らえる事すら出来なかった。


「シャレではありませんの♪」


 大槌を持ち直し、少女は笑みを絶やさずに平然と言う 今の一撃を見れば誰にだってわかる。

 躱していなければ、車に引かれたトマトのようになっていたに違いない。


「カルタさん、なんかこの人とってもヤバイ人だよう」


 ロナが困惑した様子で言う。

 悪魔ではないが、それでも悪魔じみたロゼの人外っぷりに、どうして良いか分からないようだ。


 カルタも同じ気持ちだった。


「言われなくてもわかってるっての。何とかするからまかせてろ」

「う、うん。わかったよう」


 脳内で短く返事をし、カルタは静かに血流の勢いを増した。


「……何者だ、お前?」


 大槌を振り回すロゼのその腕はほっそりとしていて華奢に見えるが、それに似合わない豪快な挙動と、人間離れした稼働速度を備えている。

 どう考えても普通ではない。


 カルタは驚愕の中にロゼへの確かなシンパシーを覚えていた。

 それは一方的な感覚ではないように思える。


 直感でありながら確信めいた感覚だった。


「あら、さきほど申し上げたハズですのよ? 私の名前は、ロゼですの♪」


 真っ赤なトレンチコートが残像を伸ばし、再びロゼの体が消える。


 さっきより速い。

 それでも感覚の強化により、今度は辛うじて動きの方向を捉えた。


 右から回り込んでくる動きを予測し、今度は余裕を持って先回りして動く。

 加えて、槌の攻撃パターンならある程度は予測がつく。


 突きはない。

 振り下ろすか、凪ぐか。

 どちらにせよ重量のある武器の攻撃は直線的になりがちだ。


 それらの予測を瞬間的に統合し、カルタは蜘蛛のように腰を落として真後ろに一歩下がった。


 ロゼの大槌が再び地面を穿つ。

 屋上に二つ目のクレーターを作ったのはさっきと同じ振り下ろしの動きだった。


 ロゼが嬉しそうに目を細めるのが見える。


 今度のカルタはただ避けただけではない。

 一歩下ると同時に膝を曲げ、すでに次の動作を構えていた。


 膝を伸ばして飛びかかる勢いそのままに、目の前の大槌を全力で蹴り上げた。


「あっはぁっ♪♪ サイっコーですの! お兄様♪」


 ロゼの期待を上回るカルタの動きに、その表情がさらに蕩ける。

 発情するような顔で、ロゼは自身の指を噛んで身を震わせた。


 対照的に、カルタは苦い顔で舌打ちする。


「チッ……!」


 カルタの口内に飴の甘味が広がった。

 ロゼの大槌を粉砕するつもりで放った渾身の一蹴りだったが、まるで失敗だった。


 普通の鉄塊程度なら簡単に粉砕するハズの威力を誇る全力の蹴りも、ロゼの大槌を前には逆にカルタが足を痛める結果にしかならなかった。


 大槌は勢いよく跳ね上がるが、ロゼの腕から離れることはなかった。

 普通なら掴んでなどいられないほどの衝撃だったハズだが、ロゼにとってはそうではないらしい。


「ふざけんなよ、何で出来てんだよそれ! ずるいだろ!」

「ダイヤモンドですの♪」

「うそつけ!」

「本当ですのー♪」


 そう言って振り回される大槌は暗い鈍色の塊だ。

 ダイヤモンドなら原石ですらもっと美しい光沢を持つ。


 ロゼの大槌はただの鉄の塊か、あるいは巨大な石ころにしか見えなかった。


「でしたら、良いですの♪」


 ロゼは急に大槌をポイと放り捨てた。

 大槌がズンと無造作に地面に転がる。


「これで対等ですの♪ ずるではないですの♪」

「……は?」


 突然の行動にカルタは再び困惑した。

 急に襲い掛かったり、武器を捨てたりと、何がしたいのかまるで分からない。


「ですから、対等、ですの♪」


 そう言ってロゼは、今度は拳を握って構えた。

 脇は甘く、拳はただ握っただけ。


 まるで素人まるだしの構えだった。

 いや、大槌の扱いも似たようなものだ。


 ただ、身体能力にモノを言わせて振り回していただけ。

 それで十分に脅威となるのだから、ロゼにとってはそれで良いのだろう。


「お兄様がそれをお望みでしたなら、私は構いませんのよ?」


 カルタの「ずるい」という言葉に反応したらしい。

 素手同士、対等な条件で戦うつもりらしかった。


「はぁ……」


 思わず大きな溜息が出た。


 ワクワクといった笑顔でステップを始めるロゼに、カルタは呆れ顔でたしなめる様に言う。


「あのな、そういうわけじゃないんだよ。悪いが、俺はお前と戦うつもりはない」


 大槌を狙ったのは対等な条件になるためではなく、武器を失えば引き下がってくれるかもしれないと思っただけだ。

 戦うつもりなんて毛頭なかった。


「えっ? 何でですの?」


 ロゼがキョトンとする。


「いや、何でって……」


 そんな風に聞かれても困った。


「だって、戦う理由がないだろ。それに、俺は幼女に手を上げる趣味はないんでな」


 その言葉にピクン、とロゼの肩が跳ねた。


「……幼女?」


 ぽつりとつぶやき、ロゼが顔を伏せて肩を震わせる。


「……あ、えぇーっと。あれだ、今のは言葉のアヤって言うか……」


 ロゼは少女にしても小柄に見えた。

 それはぶかぶかのトレンチコートのせいかも知れないし、巨大な大槌との対比がそれを際立てていたせいかも知れないが、その顔つきも相まってなおさら幼く見える。

 コート越しとはいえ、凹凸のないボディのせいかも知れない。


 とにかく、カルタが何げなく口走ってしまった言葉にとても嫌な予感がした。


「私は、大人のレディですのよ♪」


 顔を上げたロゼの表情は、満面の笑みだった。

 その内側に強烈な殺気を宿しながら、その姿がブレた。


「ちょ、待て――」


 言い終わるよりも早く、ガツンと首が衝撃を受けた。

 今度の動きは、まるで目で追う事が出来なかった。


 無防備な状態で受けた衝撃に、一瞬、カルタの呼吸が止まる。


「カハッ……!」

「それに、戦う理由はありますの♪」


 ロゼは首をつかんだまま、片腕だけでカルタの体を持ち上げて見せる。


「私たちは、そのために生まれて来たのですの♪」


 ロゼの手の平が触れた時、カルタの中で何かが全身を駆け巡った。


 どこか遠くでロナの声が聞こえた気がした。

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