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切り札はスペードの幼女ですか?  作者: じばうるふ
Episode2/承:Nightmare Strikes Back
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Chapter013:再戦

 黒い体毛で覆われた見上げるほどの巨体の上に、捩じれた角が伸びる山羊の頭が乗っかっている。

 山羊のようでありながら、その爪と牙は肉食の獣の獰猛さを思わせる鋭さを持ち、太い足の先には大きな蹄がある。

 背には蝙蝠のような黒い羽と、鞭のような尻尾が伸びている。


 間違いなく見たことがある姿だった。


 口の中に広がる苦味が甘味へ変わるのを感じながら、カルタは平然とそれに歩み寄った。


 近づけば、獣臭さと血生臭さが混同したような吐息が鼻をつく。

 嗅いだことのある臭いだった。


「ヴェェェェェェ~……」


 ひび割れた様な野太い鳴き声にも聞き覚えがあった。


「ロナ、同じ母体から現れる悪魔ってのは皆同じ姿をしてるもんなのか?」

「え、えぇ~と、同じことはあんまりないってコロネルが言ってたような気がするよう」


 人間の思考は常に一定ではない。変わらないようで、変わっている。

 社会と言う巨大な群れの中、常に周囲からの刺激を受けているのだから、変わらない方がおかしい。


 一日前の自分は常に居ない。

 一瞬前の自分すら、すぐにいなくなる。


 思春期の学生ともなれば尚更だ。

 日々成長を続けながら、その時の感情によっても流動的に思考は変化する。


 悪魔はそんな思考の影響を受けて生まれる。

 だからこそ同じ人間を母体としても、全く同じ悪魔が生まれるという事はありえなかった。


 現れる場所も、姿形も、誰にも予測できない。

 それがロナがコロネルから聞いていた話だ。


「先週のヤツが復活した……なんて事はありえるか?」

「そ、それはないと思う。心臓が灰になった悪魔は死ぬ。そして死んだ悪魔は絶対に蘇らない。それは人間と同じだよう」


 人間と悪魔を同列に扱うロナの言葉にはどこか釈然としない違和感を覚えたが、同時にそれもそうか、とカルタは自分の考えに失笑した。


 同じ個体なら、もっとカルタに殺意を持っているだろう。

 何せあれだけ攻撃を加えたのだから、覚えていないというのならよほどの鈍感か鳥頭のどちらかだ。


 カルタはすでに悪魔の目の前にまで迫っていた。


 山羊頭の横長の不気味な瞳が屋上に現れたカルタの姿を捕らえ、見定めるように首を傾げた。

 そこには敵意がないように見えた。

 単純に餌としての価値を見定めているように思える。


「まぁ、今は何でも良いさ。とにかく殺すぜ」


 先に動いたのは悪魔の方だった。

 鋭い爪が風を切り裂いて振り下ろされる。


 カルタはそれを難なく躱し、さらに悪魔の懐に潜り込んでいた。


 感覚は既に研ぎ澄まされている。

 血流が増し、筋肉が膨張と収縮を繰り返して密度を上げる。


 切り裂かれた風がカルタの髪を揺らすよりも速く、カルタは拳を握り込んだ。


「透視」


 カルタの呟きを合図に網膜にロナの魔法が共鳴する。


 悪魔の肉が透け、その内臓を丸裸にする。

 ピントのズレはもうない。


 見覚えのある心臓を、握った拳でそのまま貫いた。


「ヴェェエェエェェッ!」


 悲鳴と一緒に零れるどす黒い体液が悪臭の濃度を増す。

 そうして一度は倒れた悪魔だが、やはりすぐに心臓を再生して立ち上がった。


「まぁ、そうだよな」


 パン、と空気が弾けるような音がした。

 起き上がり様に悪魔の尻尾が跳ね、カルタの首を狙っていた。


「行動パターンも同じか」


 初めからそれを知っていたようにカルタは背後に跳んで避けていた。


「ロナ、あれを頼む!」

「はーい!」


 カルタの合図で、ロナが使ったのは浮遊の魔法だ。

 人間ほどの重さになると自在に動かすことは難しいが、金属の棒くらいなら少しの距離は動かす事が出来る。


 そうして屋上の隅に用意していたそれをカルタの手元に持ってきた。


「頼むぜ……!」


 手にした銀色の棒を振るうと遠心力でギミックが開き、それ本来の形状を現した。


 それはお手製の銀の十字架だ。


 この一週間、カルタが用意してきたのは水瓶への思い込みを利用する作戦だけではない。

 当然ながら、悪魔との戦いにも備えて来た。


 カルタの生活の中心である自宅と学校に、それぞれ対悪魔用の武器を備えてある。

 これはその一つだ。


 ロナと一緒にギミックを凝らして小型化に挑んだが、結局は大きすぎて持ち歩けないため、学校の場合は人目に付かないこの屋上に隠していた。

 教会にある九郎の武器ほどではないだろうが、要は弱点さえつけば良いのだからこれで問題はないハズだ。


「ヴェエエッ!」


 悪魔がお決まりのパターンで大口を開ける。

 だが、今やリーチで勝っているのはカルタの方だった。


「ヴェェェェエエェエエエエッッ!!」


 大口が閉じるよりも先に、槍のように尖った十字の先端が悪魔の心臓を貫いた。


 教会の屋根ほどではないが、ロナが擬態したネックレスに比べれば十分に大きい。

 それだけの効果が期待できるハズだった。


 突き立てた十字架を、さらに深く押し込んだ。

 悪魔が悲鳴を上げて倒れ込み、動かなくなる。


「やったか?」

「いや、まだだよう!」


 悪魔の心臓が再生していた。

 以前のような、焼けるような悪臭もしてこない。


「ヴェェエェエェェェェェ!」


 再び起き上がった悪魔が尻尾の鞭を振るう。


「嘘っ、だろ!?」


 不意打ち気味の攻撃を辛うじて躱し、再び距離を取る。


 思わず動揺してしまっていた。

 何が問題だったと言うのか、カルタには理解できなかった。


 銀の素材。教会の十字架を参考に、細部の装飾まで模した作られた形状。

 悪魔への効果が期待できそうな情報は全て取り込んで作った武器だ。


 教会のように消滅させることが出来るかは分からなかったが、まさかまるで効果がないとは予想していなかった。


「くそ……!」


 手製の十字架は投げ捨てて、カルタはロナが擬態するネックレスを腕に握った。


「ロナ、悪い。ちょっとだけ我慢できるよな?」

「ふぇぇ、またなのう!?」


 カルタは返事も聞かず、今度はロナを悪魔の心臓に叩きこんだ。


「ヴェェェェェ!」

「ふぇぇぇぇぇ!」


 野太い悲鳴が二つ重なって、聞き覚えのある汚いハーモニーが響いた。


「今度こそやったか?」


 それが絶命には至らない事は知っている。

 だが、それでも効果はあるハズだった。


「ヴェェェェェ!」


 しかし悪魔は止まらない。


「うぉ!?」


 悪魔の爪がカルタの頭上を掠めた。

 黒血にまみれたロナを引き抜き、悪魔の心臓を握りつぶす。


 ビクン、と悪魔の体が跳ねて、動きが止まった。

 しかし、すぐにまた動き出す。


「どうなってやがる?」


 悪魔は心臓にロナを突き立てられても以前のような焦げ臭さが生じる事なく、心臓に攻撃を受けた時以上に悪魔の動きが鈍ることもなかった。


 十字架が弱点として機能していない。


「とにかく教会に連れ込むしかないか!」


 教会には九郎がいる。

 こうなれば後は悪魔祓いに止めを刺してもらう方が確実だろう。


「仕方ないか、全く上手く行かないもんだな……!」


 力は使えば使うほどに反動が大きくなる。


 胸の肉を拳で貫くくらいなら容易いが、巨体の四肢を捥ぐほどになるとより強力な力が必要になる。

 その分、反動も大きく、効果時間も短くなり、デメリットは増える。


 出来ればそうせずに十字架で解決したかったが、そうもいかなかった。


「ふぅ……」


 血流が増すイメージを脳裏に描く。

 筋肉の膨張と同時に骨格の強化を増加。


 こんなことなら銀の十字架よりも切れ味の鋭い鉈でも用意するべきだったと後悔しながら、カルタは跳ね上がった筋力によって素手で悪魔の四肢を断裂した。


「ロナ、前回の再現だ! 浮遊を……」


 軽くなった悪魔の胴体を蹴りあげて、ロナに指示を出す。


 その最中だった。


 空中に放り出された悪魔の胴体に、どこからともなく人影が飛び乗った。


「何だ……?」


 確認するよりも早く、悪魔の体が降って来た。

 屋上の地面に叩きつけられ、弾けて爆散する。


「うおぉっ!?」

「ふぇぇっ!?」


 突然の事態に、今度はカルタとロナの驚きの声が重なった。


「な、なんなんだよう……」

「何だ、お前……」


 悪魔と共に降ってきた人影がゆらりと立ち上がる。


 それは真っ赤なトレンチコートを着た幼い少女だった。


 その手には身の丈よりも大きな菱形の大槌が握られている。

 大槌の先端からペーストと化した悪魔の肉片がドロリと糸を引く。


 その大槌の一撃によって爆散した悪魔の体液に塗れながら、その少女はニヤリと笑ってカルタを見た。


「初めましてですの、お兄様♪」

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