Chapter012:作戦
ロナとコロネルの目的は、悪魔の発生源である水瓶聖という存在の抹殺である。
だがカルタの目的は、誰も殺さずに悪魔の被害を止める事だ。
そのための提案を色々としてみたが、効果が期待できることはあまりないようだった。
「ハッハッハ。そんなに簡単に出来れば私たちもは苦労していませんよ」
コロネルはそう言って笑ったが、カルタには一つだけ自信のある考えがあった。
そしてそのための準備は進めてきた。
準備が完了したのは昨日の事である。
この一週間に悪魔が出てこなかったことは、カルタにとって素直に喜ばしい事だった。
「よし。じゃあもう一度、作戦を説明しておくぞ」
「はーい」
昼休み、校舎の屋上でカルタとロナは向かい合っていた。
屋上のカギは閉まっている。
突然入ってくるクラスメイトはもういない。
ロナも擬態を解いていた。
「まずは作戦の内容の確認だ。ちゃんと理解してるな?」
「うん!」
返事だけは良いロナ。
その返事にカルタは逆に心配になった。
「……ちゃんと説明してみろ」
「えっと、悪魔の弱点を捏造する!」
「よし、正解だ」
昨晩はもっと分かりやすく説明したハズだったが、端的に言うと確かにあっている。
正確には、水瓶に悪魔の弱点を思い込ませるという作戦だ。
「昨日も説明したが、悪魔の弱点は母体の思い込みだ。十字なんてただの形。本来は何の意味もない。だが、それが弱点だと水瓶が無意識に思い込んでいるおかげで弱点足り得てる。そこがポイントだ」
作戦の大前提にあるのは「悪魔は母体の思考の影響を受けて形作られる」という事。
それを利用して、水瓶に新しく悪魔の弱点を思い込ませる事で悪魔退治を効率化する。
「じゃあ、手筈を確認するぞ」
カルタはカバンの底から一冊の本を取り出した。
古びた羊皮紙で作られた本だ。
実際には作ったばかりの新品だが、さも歴史ある書物であるかのように丁寧に加工を施している。
ロナの提案でなぜか血の跡もついている。
「コイツは覚えてるな」
「うん、大丈夫!」
カルタがロナと一緒に作った偽物の古文書である。
中にはラテン語で適当な文章が書きなぐられている。
「すでに約束は取り付けてある。今日の放課後の図書室だ」
「うん!」
「俺はこれを水瓶と一緒に読むから、打ち合わせ通りに演出を頼むぞ」
「はーい!」
水瓶を匿っている教会の神父、九郎には悪魔の性質を理解する気がない。
悪魔祓いというその道の専門家ではあるが、倒すことが出来ればそれで良いという考え方で、今までもそうやって解決してきたらしい。
つまり、九郎の使用する銀製の武器はどんな悪魔にもちゃんと効果があるのだ。
実際に何年も戦ってきたという実績があるだけに嘘ではないようだが、ロナやコロネルから聞いた話とは食い違う。
カルタは首を傾げるばかりだった。
考えられる可能性は、銀という弱点が普遍的に広まっているせいなのか、あるいは悪魔祓いという存在が映画や小説などで広まったおかげで、九郎という存在そのものが弱点としてみなされているのかも知れないという事だろうか。
カルタはそう結論付けて、そしてそのおかげで今回の作戦に思い至った。
だったら、カルタ自身も九郎と同じような「悪魔の天敵その物」だと思い込ませれば良いのだと。
九郎からは水瓶の思考が悪魔の行動に影響を与えるという事実が語られていないという事もカルタの作戦にとっては都合が良い。
余計な事前情報がない方が、刷り込みは容易くなる。
「ひとまず、今日は第一段階目だ」
手作りの古文書をラテン語の解読力が水瓶と九郎にない事はリサーチ済みだ。
これをカルタが何とか解読したという形で一緒に読んでいき、ちょっとした儀式のようなものを行う。
ロナは姿を隠したまま魔法でそれを本物の儀式が成功したかのように演出する。
それにより、本の信憑性を増し、悪魔の弱点を水瓶に刷り込むという作戦である。
作戦の初手となる今回は、まずは序盤のみの解読が終わったという設定で、本の信憑性を確認するために簡単な儀式を行ってみるという流れをつくるつもりだ。
作戦が成功すれば、さらに本の解読が進んだと良いながらステップを進めていく。
そうして徐々に信憑性を増していき、大きな刷り込みをかけていく。
カルタは一度は悪魔を倒しているし、水瓶もそれを知っている。
最初の刷り込みは上手く行くだろう。
カルタを「悪魔の天敵その物」だと思い込ませる作戦は、最後には「悪魔が発生しないための嘘」を信じ込ませるための最初の手段に過ぎないのだから。
すでに悪魔が発生しているという事実が前提にあれば、「悪魔なんて実はいない」などという刷り込みは難しい。
だからこそ、その刷り込みを成功させるために、まずは別の形で「あり得ない事」を「現実」に変えていくのだ。
カルタは最初の演出の手筈をロナと再確認した。
ジェスチャーや視線、台詞を合図にロナが使う魔法を決めてある。
できる限り水瓶にも影響を与えるように魔法を使わせて、それを現実のものとして水瓶に体感させるのが最初の狙いだ。
そうしているうちに昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「よし、大丈夫そうだな」
ロナがちゃんと作戦を理解しているか不安だったが、問題はなさそうだった。
意外にも記憶力や理解力は優れている。
説明が下手すぎるのが唯一の謎だ。
「じゃあ頼んだぞ」
「まかせてよう!」
ロナが十字架に戻り、二人は屋上を後にする。
屋上の扉を潜る時、カルタはふと西猫の姿を思い出した。
悪魔が現れたのはちょうど一週間前、今この時だった。
悪魔の出現に一定の周期や法則性がないという事はコロネルと九郎どちらにも共通する認識だったが、カルタは妙な胸騒ぎを覚えた。
あと半日だけで良い。
今はまだ、出てこないでくれと願わずには居られなかった。
教室に戻ると、水瓶の姿がなかった。
もう午後の授業が始まる。
嫌な予感が確信に変わりつつあった。
机に出しっぱなしだったカルタのノートに、見覚えのない小さな紙の切れ端が挟まっていた。
「少しだけ教会に戻ります。水瓶」
確信は疑いようのない物へと変わった。
その文字列の意味を理解した時には、カルタは教室を飛び出していた。
「おい玄岸!? 授業始まるぞー!」
入れ違いに教室に入ってきたメガネ教師には「トイレ!」とだけ告げて、とにかく教会に向かう。
カルタが教室から飛び出したのと同時に、携帯電話が鳴った。
「カルタさん、悪魔の気配を感知しました」
相手はコロネルだ。
緊急用に持たせた携帯が早速役にたったらしい。
「場所は?」
「……場所は、カルタさんの学校の屋上です」
「何……?」
コロネルから伝えられたのは予想外の場所だった。
出現場所に規則性などないと聞いていなハズなのに、それは前回と全く同じ場所だ。
場所を告げたコロネルの声も、いつも冷静沈着で動じないコロネルにしては珍しく困惑の程度が伺えるものだった。
それほど珍しい事なのだろう。
過去に事例がないのかも知れない。
「珍しいこともあるものですが、幸い被害はまだ出ていません。カルタさん、よろしくお願いしますね」
「あぁ、わかってる」
カルタは電話を切って、走る速度を上げた。
「もしかして悪魔?」
ロナが念話を使って聞いてきた。
学校内ではこうしてちゃんと念話を使ってくれるようになった。
「あぁ、屋上らしい。行くぞ」
カルタもそれに同じく念話で応える。
ロナに触れている間は自在に使えるようになった。
この一週間で念話の扱いにもすっかり慣れたものだ。
屋上へ向かう間に、カルタは飴玉を一つ口に放った。
「まだ誰も被害にはあっていないらしい。一気に叩く。ぶっ殺す」
誰も居ない場所に現れたという事は、屋上から獲物を探しに移動でもするつもりなのだろうか。
何にせよ、カルタは悪魔に何もさせるつもりはなかった。
屋上の扉を開けると、見覚えのある山羊頭の姿がカルタの目に飛び込んできた。
それは一週間前に見た悪魔の姿を全く同じ姿だった。




