456列車 関わるな
東海道本線を見ると「はるか」が走って行った。琵琶湖線と呼ばれる東海道本線の京都~米原間には早朝・深夜に運行される関空特急が乗り入れている。「はるか」には長らく281系が使用されていたが、昨年の北陸新幹線の開業と281系の老朽置き換えのため今まで「サンダーバード」として使用された683系0番台、683系4000番台が289系に改造の上「はるか」の運用に入っている。しかし・・・。
「はぁ。」
大きなあくびが出た。何もこんな朝早くに駅の近くにいなくても良いのだけどなぁ・・・。時間は8時16分。この時間に守山を出発する「はるか」は「はるか13号」だ。
「お待たせ。」
駅でそううちに話しかけてくるのは亜美だ。大阪からそんなに早く来るなんて・・・。
「おはよう。何。こんな朝早く呼び出して。」
「ごめんなさい。光ちゃんのご家族には迷惑かけたわね。これ、お詫びの印として受け取って。」
そう言うと亜美はウチに袋を渡してきた。なんだろうと思っているとどうもお土産らしい。関西の人に渡す関西土産かぁ・・・。
「まっ、今日呼び出したのはただの息抜きよ。いつも勉強じゃ疲れるでしょう。」
亜美のいうとおりだな。ウチも毎日勉強じゃあ疲れるからなぁ・・・。
ウチらは守山駅から野洲川の方向へと歩いて行った。話もしながら歩いたから30分ぐらいかかっただろうか。野洲川にかかる東海道本線の橋梁に来た。ちょうど列車も来たようで、ガタンゴトンという音を響かせながら特急列車が通過する。
「・・・アレって「ひだ」だよね。」
ウチは通過する近鉄特急みたいな車両のことを言った。「ひだ」に使われる車両は窓上をオレンジ色、窓を黒、窓下を白で塗装されており、近鉄の汎用特急22000系や22600系のように見えるのだ。
「そうよ。急行「たかやま」からの名残で一日1往復だけあるのよ。」
と教えてくれた。
「昔はアレで下呂温泉に行ったこともあったなぁ・・・。ただね、あの列車にはグリーン車連結されてないのよね。」
「グリーン車無い特急ってあるの。」
「無知ね・・・。関西近辺だけでも「はまかぜ」、「まいづる」、大阪「ひだ」、「びわこエクスプレス2号」。こいつらにはグリーン車無いのよ。車両そのものにグリーンが無い、後は需要を鑑みて必要ないと判断されているからだけどね。」
ウチの問いに亜美はそう言った。無知って・・・。あまり意識したこと無かったけど、いわれてみれば確かに。「はまかぜ」のキハ189系にも「まいづる」の287系にもグリーンマークがある車両は無い。
「といっても、私にとってグリーン車無いのは問題じゃ無いわ。指定席はあるんだし進行方向一番後ろでフルリクライニングすれば結構快適に過ごせるしね。もちろん、乗り心地は悪いけどね。」
亜美の言葉にウチはまた「何で乗り心地が悪い」と聞いた。するとあきれたように「台車の真上が乗り心地良いわけないだろうが。」といわれてしまった。だが、「列車で一番乗り心地が良いのは車両の中心。そこが一番揺れないわ。もちろん、揺れが好きで乗ってる人もいるでしょうから、そう言う人は台車のところで良いの。」とも言った。
野洲川の堤防を歩いていると東海道本線にカメラを向けている人がいる。近づいていくとそれが誰なのか分かった。
「キラ。」
列車の撮影に来ているところは久しぶりに見るなぁ・・・。学校じゃあ普通に離してるけど、外で話すのは本当に久しぶりだ。
「あっ・・・。光・・・。」
「列車撮りに来てたの。」
「ああ・・・。」
何か元気ないなぁ・・・。ウチがそう思った時、
「行くわよ、光ちゃん。」
亜美がウチの手を強く引っ張った。
「ちょ・・・ちょっと・・・。」
「関わる必要は無いのよ。」
「でも・・・。」
そう言うと亜美は立ち止まり、ため息をついた。
「長宗我部君だっけ。やる気が無いのはよく知ってるわ。だから、光ちゃんにあんまり話しかけないでくれる。彼のモチベーションを下げられるのは光ちゃんにもマイナスだから。」
「ちょっと・・・。」
「知ってるわよ。あなたがよく大阪に来ていることはね。電車の撮影するのは勝手よ。そんな他人の勝手につきあう気は無いわ。でも、光ちゃんを巻き込まないようにね。」
「巻き込むって・・・。ウチは最近キラと撮影に出たことは無いよ。」
「それも知ってるわ。でも、近いところにいるんだから、そういうことに神経質になることも分かって。」
「・・・。」
「中3に必要なのは電車の撮影じゃないって言うのはあなたもよく知ってることでしょ。それが分かっているにもかかわらず、大阪に来て暇つぶしてるような奴は頑張ってる私達には必要ないの。分かる。」
「・・・。」
「光ちゃんも光ちゃんよ。何で関わろうとするの。やる気の無い人に関わると移るわよ。自分から腐ったミカンに近づくなんて気が知れないわ。」
もう我慢の限界だ。
「いい加減にしろよ。腐ったミカンとかそう言う言い方無いでしょ。」
「比喩の分からん奴ね。腐ったミカンがあると周りにあるミカンまで腐る。今の長宗我部君はそういう根源になりかねないって言ってるだけ。悪いこと言わないわ。つきあう人は選びなさい。」
「キラはウチの友達だよ。」
「友達・・・。それがなんだって言うのよ。今の私達に必要なのは切磋琢磨できる人。友達だろうとなんだろうとそういう人間じゃ無い奴を大切にする必要は無い。」
「必要ないって・・・。亜美にとって他人って・・・。」
「私にとって他人は他人でしか無い。当たり前だろうが。」
言いたいことを言い切ったのか亜美は黙った。
「やめてくれよ。」
ウチが言い返そうとした時、長宗我部が言った。
「キラ。」
「崇城さんの言うとおりだよ。俺が勉強してないのは事実なんだよ。光は俺のこと気にするなよ。」
「ほら。本人もああ言ってるんだし。ここは本人の意思を尊重するって言うのも友達の役目よ。」
そう言うと亜美はすたすたと長宗我部から離れていく。
「・・・。」
ウチはちょっとの間動かなかった。
「・・・キラ。」
「光、ごめん。」
そう言うと荷物をまとめ、近くの自転車に乗って帰っていった。




