451列車 遅い帰り
詰め所の中には鉛筆を走らせる音が響いている。それがカラカラという音に変わるとふぅと息を吐いた。
「終わったな・・・。」
鳥峨家が隣でつぶやいた。
「うん。でも、まだ終わりじゃないんだ。これから清書していかないとね。」
「まだ書くのか。もういい加減送っても良いだろ。」
鳥峨家はそう言ったが、鉛筆で薄い字しか書かれていない紙を見て、納得したみたいだ。
「これじゃあ、まだ送れないからね。」
「そうだな・・・。」
「鳥峨家、もう帰って良いよ。仕事終わる時間とっくに過ぎてるし。」
鳥峨家はそう言い時計をちらっと見た。すると「ゲッ」と声を上げる。僕もちらっと腕時計を見てみたが、時間は10時10分をまわりもうすぐ15分になろうとしている時だ。
「嘘だろ。今日俺夜勤なのに・・・。いくら近いところに住んでるって言っても寝る時間がな・・・。」
「そうでしょ。だから、早く帰りなよ。」
「ああ。そうするよ。さっさと着替えよ・・・。」
鳥峨家がそう言った頃電話が鳴った。しかし、僕の携帯じゃない。となると鳥峨家の携帯か・・・。
「はいはい・・・。うん。今終わったところ。・・・えっ。そうなの。ありがとう、梓ちゃん。仕事終わったら何かプレゼントして上げようか。・・・ハハ。分かってるねぇ・・・。」
鳥峨家の声が僕の所にまで届いてくる。まぁ、話してる相手はさっきも言ってたとおり梓ちゃんなんだけど・・・。
「梓ちゃん、心配になってここまで迎えに来てくれたんだってさ。家には早く帰れそうだよ。」
「愛されてるね。」
「そりゃ、俺のことを世界一愛してくれる女だからな。」
「・・・僕にもお迎えは来ないかな・・・。」
「・・・萌ちゃんか。萌ちゃんの場合、あんまり心配してなさそうな気がするな。」
「失礼な。萌だって心配してくれてるよ。何か事件に巻き込まれてないかとかさ。」
「冗談だって。真に受けんなよ。」
そう言いながら、鳥峨家は脱いだ制服をロッカーの中へとしまう。
「しっかし、事件に巻き込まれたって言えば巻き込まれたよな。まさか交通事故に出くわすとは思わなかったからな。」
「本当。ぶつけられたほうの車がもうちょっと制御できてたら、僕らも巻き込まれずに済んだのかもしれないけどね。」
「そうかもな・・・。」
今回僕らは交通事故に巻き込まれたわけじゃない。ぶつけられたほうの車が突っ込み、JRに絡む物件が破損したからだ。もちろん、事象に巻き込まれたからってぶつけられたほうの車を非難するのは筋違いだ。非難されるべきは一旦停止の交差点を標識無視で入っていった車のドライバー以外無い。いくら急いでいるからって道路交通法の下を走る車はあっても上を走る車はないからな。
「でも、車の壊れ方見てみたら、ありゃどうにもならなかっただろうな。」
「・・・ああ。どうにもならなそうなのは僕でも分かるよ。」
そうこうしているうちに鳥峨家は制服からスーツに着替え終わっている。クールビズだから、ネクタイとジャケットは着ていない。
「じゃ、サービス残業先に上がらせて貰います。あと、戸締まりよろしく。俺は梓ちゃんのこと抱いて今日も出勤することにするよ。」
「抱いてる暇あるの。」
「ハハハ。ねぇな。お疲れ。」
「お疲れ様。」
鳥峨家は詰め所の扉を開けて外に出掛けた。だが、何か思い出したのか立ち止まり、
「あっ、永島、今日は。」
「休み・・・。せっかく萌とゆっくりすごそうかなと思ってたんだけどなぁ・・・。」
「ご愁傷様。んじゃ。」
「はーい。鳥峨家書類・・・。」
見てくれてありがとうと言おうとした頃には、「梓ちゃん、今行くよ。」と嬉しそうな声をあたりに響かせながら、詰め所のドアが閉まった。
「・・・まっ、いっか。」
僕はボールペンを取り出し、薄い字で書いた報告書を清書し始める。鉛筆で書いた薄い字と聖書の字のバランスは異なるため、鉛筆書きとボールペンが気で文章が下に移る位置が変わってくる。
「あっ・・・。」
自分で書いていて、字の形を少々崩していることにその時気付く。といっても、僕の書く字って崩してあっても書道とかしていたのかっていう字だから、問題ないと言えば無いかな・・・。
「もういいか。」
そのまま続行。清書が完成する頃には10時45分にまわっている。
「・・・。」
萌、本当に迎えとか来てくれないのかな・・・。と思った時、今度は僕の携帯が鳴った。
「あっ、ナガシィ。」
「なぁに。」
「良かった。もう心配したよ。なかなか帰ってこないから。」
「ごめん、ごめん。」
「遅くなる時は電話してくれても良いじゃない。」
「いやぁ、電話してるようなことじゃなかったから。最後の最後で他人の起こした交通事故に巻き込まれたもんでね。」
「ああ、そういうこと。それはお疲れ様でした。」
「ありがとう。」
「どうする。お昼はどっか行く。ナガシィの労をねぎらうために。」
「・・・ねぎらってくれるの。」
「うん。」
「いくらぐらいまでなら食べても良いのかな。」
「良いわよ。そんなこと気にしなくて。・・・どこ行く。ていうかなに食べたい。」
「・・・パスタで。」
「はいはーい。分かったよ。」




