430列車 言葉の激突
ウチは今、とてもこの広い玄関に居づらいと思っていた。と言うのも、ウチの感じる空気が白い服の女性が出てきてからと言うもの、変わってしまっているのだ。
「瑞西、これはどういうことかしら。」
「お嬢様。お母様はあなたと話されるためにおいでになったのです。」
「瑞西。あなたは優秀な従者よ。優秀な従者のあなたに私の命令が分からないなんて事無いわよね。」
「・・・瑞西。まだ亜美には・・・。」
「お言葉ですが、お母様。お嬢様とはお話にならなければ、今の関係になんの進展もないことはよくご存じでしょう。今、お嬢様はお母様の前にいらっしゃいます。話される絶好の機会ではありませんか。」
「瑞西。出過ぎたまねは私が許さないわ・・・。」
「お嬢様・・・。」
「下がりなさい。」
「お断りします。」
「下がりなさい。」
亜美は怒鳴る様に言う。
「お断りします。」
メイドさんも負けじと声を張った。
「勝手になさい。あなたの処遇は後で決めさせて貰うわ。覚悟なさい。」
「はい。」
メイドさんの声を聞いて、亜美はお母様と言われた人を見た。この人は亜美のお母さんだったのかぁ。だから、亜美と顔がそっくりなんだ。
「何であんたがここにいるのかしら。」
「亜美、あなたには話しておかなければならないことがたくさん・・・。」
「ふん。どうせ家業の崇城コンツェルンの経営を継げって話でしょう。何度聞いても答えは同じ。私は経営者になるつもりはない。それに、あんたに話したいことが多くとも、私はあんたと話したいと思うことはない。だから、さっさと帰ってちょうだい。」
そう言い、亜美は靴を脱ぎ、お母さんの方へと歩いて行く。だが、お母さんの隣で止まることはなく、部屋の奥へ奥へと歩いて行こうとする。
「あなたに会社の経営を継いで欲しいなんて、私は思っていないわ。もちろん、お父さんも。」
その声に亜美の足が止まる。すると振り返り、
「詭弁だな。あんたたちにその気が無いなんて言われても、信用できないわよ。英才教育施してきた人の言うこととは思えないわ。本当は私を経営者にしたくて、したくて仕方が無いのでしょう。私の道の一本しかないと言いたいのでしょう。」
文章が終わる度に亜美の声は大きくなる。
「私はあんたたちの子供でも、あんたたちの都合のいい操り人形じゃない。私の将来は私自身で決める。あんたたちの邪魔は許さない。邪魔すれば死ぬまで恨んでやるわ。」
「お嬢様。」
亜美はその後にも言葉を続けようとしたが、メイドさんの声がそれを遮る。
「いくら何でも・・・。」
「瑞西、あなたは黙っていなさい。」
メイドさんの声を亜美の声がかき消した。
「あんたは早く帰れ。二度とこの家の敷居をまたぐんじゃない。」
「・・・。」
ウチはどこにも入る余地がない。ただ、亜美たちのやりとりを見ているしかない。
「光ちゃん。」
亜美の鋭い目がウチの方を向いた。前に見た時と同じようにその視線には恐怖すら感じる。
「せっかく来て貰ったのに、今日のところはかえってもらえるかしら。交通費ぐらいは出すわよ。」
ていうか、帰ってくれって・・・。まぁ、今のアレを見せられるととても報告会なんて出来る状態じゃないって言うのはウチにもなんとなくだが、伝わってきている。
「えっ、お金は出してくれなくてもいいよ・・・。」
「そう。悪いわね。埋め合わせなら後でちゃんとするから。」
そう言うと亜美は奥へと歩き始めた。すると視界にお母さんの姿が見えたのか、
「あんたまだいたの。帰れって言ったでしょ。早く帰んなさい。」
その後、亜美は奥へと消えていった。それを見送ると亜美のお母さんが口を開いた。
「ほら、瑞西。私の言ったとおり。」
「お母様。」
「またこの家に来ることはあるでしょうけど、今日みたいに引き留めることはしないでもらえるかしら。私からもお願いよ。」
「・・・かしこまりました。」
メイドさんは小さい声で言った。
「あ・・・あの。」
ウチは久しぶりに口を開いた。
「亜美のお母さんは亜美がJRに行くことはダメなんですか。」
そう聞くと、亜美のお母さんはウチに顔を近づけてきた。
「亜美がJRに行きたいと言っているのなら、私達はそんな亜美を応援するわ。」
「・・・じゃあ、何で。何で亜美にそう言わないんですか。」
「いいこと。あなたの家庭と私の家庭は別なの。亜美に言えないのはただそれだけのこと。ごめんなさい。母親として謝らせてもらうわ。」
「・・・。」
「そうだ。あなたのお名前、聞かせてもらえる。」
「ウチは永島光です。」
「永島光君・・・。これからも亜美が迷惑をかけると思うわ。勝手なお願いだというのは十分承知だけど、娘をよろしくお願いします。」
「はい。」
「瑞西。今日はこれで失礼するわ。」
「また、お越しください。」
亜美のお母さんは帰ろうとした。んっ・・・。ウチも帰ってくれって言ってたなぁ。
「あっ、お邪魔しました・・・。」
ついて行く様にそそくさと帰った。
「・・・ごめんなさい、光ちゃん。みっともないところ見せちゃったわね・・・。」




