391列車 本当は違うかも
ウチがまだ小さい時の話だ。夏にはお父さんたちの実家に帰って過ごすのが日課だと思うようになっていた時のこと。
ある日、ウチら家族は東海道新幹線の天竜川橋梁に来ていた。
お父さんは河川敷にある小石を一つとって、川面に向かって投げた。石は小さい水しぶきを上げ、そこへと沈んでいく。時折引き込んだ空気が泡になって水面まで浮かんでくる。
うちも見よう見まねで、近くにあった小石を手にとった。そのまま川面に向かって投げる。お父さんほど遠くには飛んでいかない。近くで水に入った音とそこで他の石にぶつかったコツッと言う音が響く。
今度は智萌が石を手に取った。石を持った右手に左手を添え、頭の上に持っていく。すると、左足を上げ、前へ移動しながら、右手を振った。石はその手から勢いよく飛んでいき、川面へと消えた。
「まるで野球選手みたいだね。智萌、将来は野球でもするの。」
「うん、だって女の子でも野球してる人いるもん。」
「・・・そうなの。お父さんは女の人で野球してる人は思いつかないなぁ・・・。」
「えー、いるよ。川瀬○子ちゃんとか。」
ポカンとするお父さんにお母さんが何か言った。
「ああ、なるほどね。」
「成れるかな・・・。」
「成れるもん。」
「・・・。」
まぁ、本当になれるかどうかは置いといて。智萌は野球にはまったんじゃなくて、お母さんの持ってる野球漫画に熱を上げていただけだったんだけどね。
お母さんは、結構いろんな漫画を持ってる。遊○王、M○JOR、ONEPI○CEとか。お父さんは漫画じゃなくて、小説をよく持ってる。それも、どれも架空戦記小説とサスペンス小説ばっかりだ。それに架空戦記はなぜか古い時代(WW2期と光は理解していない)の物ばかり。サスペンスはなぜか鉄道が絡む者ばかりとかなり偏っている。漫画の内容は理解出来るけど、小説は習ったことない漢字ばっかり出て来るし、話がよく分からないことが多い。
「あっ。」
お母さんが声を上げると、お父さんもそっちの方向を向いた。
ちょうど橋の上を白い車体の車両が高速で駆け抜けていった。
「光、新幹線だよ。」
「N700系か・・・。」
お父さんはそう言った。もちろん、ウチにだってそれは分かる。でも、
「違うよ。お父さん。今のはN700Aだよ。」
すかさず訂正を入れた。
「そうなの。でも、Aの文字は見えなかったけどなぁ。」
「ちゃんとAって書いてあるよ。小さいだけだもん。」
「どこに書いてあるのかな。」
「N700系のロゴの右下に小さくAっては言ってるの。東海道新幹線にはね、大きな文字でAって書いてあるN700Aと、小さい文字でAって書いてあるN700Aがあるの。それと一番新しいのが。」
「N700S。」
智萌が口をはさんだ。
「あっ、もう答えちゃダメだよ。お母さんとお父さんに教えてるんだから。」
物知りだろうって自慢げに話しているところに水を差されるのはいい気分じゃない。
「詳しいね、光は。」
「・・・エヘヘ。」
そう言われるとやっぱり嬉しい。
その時、また上を新幹線が通過して行く。今度は車体側面に大きなAのロゴが入っている。だが、さっき反対方向に走って行った新幹線とは違いちょっと遅い。
「浜松に止まるのかな。」
「「ひかり」と「こだま」は浜松に止まるからね。そのどっちかかな。」
「光、今のはN700Aだったね。お父さんでもばっちりわかったよ。」
「・・・ウチが教えてあげたからでしょ。」
「・・・えっ。」
(ここはそう言うことにしときなよ。)
(アハハハ・・・。はぁ・・・。)
「次は何が来るかな。」
ワクワクして上を見上げていた。
でも、そう言うときに限って新幹線はなかなか来ない。新幹線が来ない時は暇つぶしに川面に向かって石を投げる。そして、新幹線が来るとそっちに目をやって何が通過していくのかを見る。それを繰り返した。ところが、
「光、智萌。ちょっと休まない。もうちょっとですごい新幹線がやってくるから。」
「すごい新幹線・・・。それって何。」
それに興味を示したのは智萌だ。
「新幹線のお医者さんがやって来るよ。」
「お医者さん。新幹線にもお医者さんがいるの。」
「うん。新幹線が安全に走れるように悪いところがないかチェックしてるんだよ。そう言う新幹線がもうちょっとで走って来るよ。」
「もうちょっとってどれぐらい。」
「5分ぐらいかな。」
「でも、なんでお父さんがそれ知ってるの。新幹線ならウチの方がよく知ってるもん。」
「じゃあ、これから来る新幹線見て「何あれ」って言わないって約束する。」
「する。する、する。」
でも・・・、来た新幹線は今まで見たことない黄色の新幹線だった。それも他の新幹線を違って一瞬で通り過ぎて行ってしまった。
「お母さん、何あれ。」
ウチはさっきの事も忘れてそう言っていた。
「あれ、お父さんと「何あれ」って言わないって約束してなかったっけ。」
「ッ・・・。お母さんの意地悪。」
「光、別にお父さんたちは意地悪したかったわけじゃないよ。光にあの新幹線を見せたかっただけなの。」
そう言って二人は笑った。
(・・・あの新幹線をウチに見せるため・・・。)
「って、あれ智萌は。」
「えっ。」
「お母さん、お父さん。悪い人たちが車盗もうとしてる。」
その声があたりにこだました。あっ、智萌の言った悪い人たちっていうのは本当に悪い人たちじゃなかったけどね。
ただ、この日うちはお父さんとお母さんはうちが電車好きなことを知っててここに連れてきてくれたものだと思っていた・・・。
でも、鉄道のことを話している二人はやっぱりそうじゃないかも・・・。なら・・・。




