379列車 注げるもの
デジタル時計のディスプレイはいつものように時を刻んでいた。
「お父さんも、お母さんも大っ嫌いだ。全部体裁ばっかり・・・。」
自分でもどこから声が出ていたのか半ばわからない状態だった。腹の中にたまっていた鬱憤全部はきだすとそのまま走り出した。
(この家じゃ私は・・・何っ。)
それが頭の中をよぎる。だが、
(そう。私はこの家にいちゃいけない。私の人生なんだから、人生は自分で。親なんかに、おじいちゃんやおばあちゃんなんかに・・・。絶対に頼るもんかっ。)
「あっ・・・。」
目が覚めた。
「何だ・・・。夢か・・・。」
ベッドから起き上がり、床に足を付ける。フローリングはまだ冷たい。
「夢の中でもあいたくはないね・・・。」
そう呟いた。
今、私がここにいるのは外面ばっかり気にする人たちに嫌気がさしたからだ。あの家にとって私はただの道具に過ぎなかったのだから。昔から、会社の後を継ぐことだけを考えさせられ、ゆくゆくは会社を支える人間になるため。そのためには、私に余計な感情と自由が入ることを阻害する必要があった。そして、それは私に対して実行されていた。そんな状態から脱するためにはこれしか方法がなかっただろう。あの時の私は子供ながらそう感じたのだ。
「今何時かしら。」
近くにあった目覚まし時計を見た。いや、このままじゃ部屋が暗すぎて何時かはわからない。時計の上の方を押すとディスプレイが光る。それで時間を確認すると朝の4時を少し過ぎたぐらいだ。まだこの時間だと外は暗いか・・・。
たが、あんな夢を見てしまうとこの時間でも目が目てしまった。もう一度寝付くことも難しいか・・・。そう思い、部屋から出た。
部屋の外はまだ暗い。まだ瑞西も起きてはいないのだろう。おばさんは当然だろうが寝たままだろう。
「伊珠那様。何時までこのようなことを続けるおつもりですか。」
テレビ電話越しに瑞西は言った。テレビに向かって正対するのはメイドの瑞西とこの家の当主である瑞穂だ。
「利理亜君。それについては私にもわからない。私はあの子にどんな顔で会えばいいのかわからないんだ。全部こうなってしまったのは私のせいだから・・・。」
「時間も流れています。お嬢様もあの時のことを感情的にならずに受け止められると思います。」
「・・・。」
「伊珠那様。貴方がお嬢様の事を誰よりも愛しているのは存じております。その愛情を今お嬢様に注がなくてよろしいのですか。」
「私にそんな資格はない。」
伊珠那という男は強く瑞西の言葉を否定した。
「愛情は注げないけどお金なら注げるって・・・。全くもう少しは違った形で示したらどうです。」
初めて瑞穂が口を開いた。
「茉衣君、それは私の罪滅ぼし。ただの自己満足に過ぎないと思っといて欲しい。歪んでると言われても、私は何も言わん。ただ、それが今の私達に出来る精一杯の事なのだ。恥ずかしい話だがな・・・。本当に、茉衣君の言う通りもっと違った形っていうものがあるんだろう。ただ、今の私にはそんな正解を求められるほどの余裕はないんだ・・・。」
そう言ったあと、
「いや、他人の家庭の事情など話したところで理解はないか・・・。」
「・・・。」
静かな時間が流れた。
「誰か起きてる。」
その時、亜美の声が聞こえた。
「今なら、話すチャンスだよ。」
「・・・。」
伊珠那はしばらく黙っていたが、ぷつんとテレビの画面が消えた。向こうでテレビ電話を切ったのだ。手元に残ったのは通帳と砂嵐に変わったテレビ画面。そして、それを見ていた瑞穂と瑞西だ。
「・・・私に亜美ちゃんと騙す片棒を担げってか・・・。」
瑞穂は通帳を見ていった。
「おばさん、瑞西。」
そう言った時、亜美が入ってきた。寝起きなんだろう。パジャマ姿だ。
「こんな時間に誰かとテレビ電話でもしてたの。」
「いや。ちょっと目がさえちゃってね。」
(あれ程片棒を担がせるのかと言っておきながら、片棒を担ぐのですね・・・。)
「銀行の通帳もちながら。」
「あっ・・・。歳を食うと忘れっぽくなるのよ。」
「ふぅん・・・。変なの。」
「お嬢様。まだ起床には早いのではありませんか。」
「悪夢を見たわ。うなされてたんじゃ二度寝なんてできないわよ。」
「は・・・はぁ・・・。」
「瑞西。今日は朝ご飯作るの手伝うわよ。」
「お嬢様っ。」
「何。お嬢様にはそんなことはさせられないっていま思ったでしょ。」
「・・・。」
「図星ね。いい瑞西。私はあなたを雇っているけど、貴方に家事の全部をして欲しいわけじゃないんだからね。だから、手伝わせなさい。これは命令よ。」
「はい。かしこまりました。」
そう返事をすると亜美は満足そうに「じゃあこのままじゃまずいから着替えてくるわね」と言って鼻歌を歌いながら部屋を出て行った。もちろん、その鼻歌が東北新幹線の車内メロディーであることにはツッコまないが・・・。
「なりたいものは男の子っぽいけど、心はやっぱり女の子だねぇ。」
瑞穂はそう言ったが、隣にいた瑞西にはそれが聞こえてなかったのか考え込んだ。
「どうかした。」
「・・・伊珠那様。前に見たときよりも痩せていたように感じたのですが・・・。」
「・・・確かに、痩せてたね。それに疲れてもいたよ。」
そう言い、伊珠那の家の事に思いを巡らせる。
「おじ様達と相当もめてるんじゃないかしら。」
設定変更
善知鳥茉衣→瑞穂茉衣
まさかの善知鳥茉衣さん、再登場。




