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SF小説いろいろ

星風をうけて

作者: 平 啓

――宇宙は生命の源だよ。星々の光のなかに、いのちが満ちていると思うと、わくわくしないか、マリエ。

 そう言って帰らなかったジョンから、二十年前のメールが届いた。

『マリエ、お宝をみつけたぞ!』


「そのメールの位置情報から、ここがわかったんですか」

 スクリーンには、厚い雲に輝く惑星が遠ざかりつつある。助手席でしみじみと感じいるタケルに、マリエはうなずいた。

「最後の通信が救難信号でないところが、ジョンらしいといえばジョンらしいんだけどね」

 ジャンク屋業の下請けの下請け、航路報告なしのアバウトな使い走りにとって、亜空間通信の故障は致命的だった。二十年もかけて通常通信が届いたことじたい奇跡といっていい。もっとも最後の数秒は、それまでの数十倍の距離を亜空間通信によってリレーされたのだが。

「どうしても船長に届けたいというお父上の執念ですかね。じっさい、すごいお宝ですよ!」

 タケルの興奮も無理はない。酸性雨の吹きすさぶ遭難船の残骸の中から、マリエ達はアダマントの壷を発見したのだ。アダマントは高い硬度ながら軽量で、貴金属としても珍重されている希少金属である。

「しかもかなり高い純度ですからね。おまけに壷となると未知の文明の可能性もあって、宇宙的にも大激震です!」

 思わずうわずった自分の声に気づき、タケルはすまなそうに肩を縮ませた。

「すみません……」

「いいよ、結果はわかっていたし。見つかっただけでもよかった」

 壷の発見場所は、マリエの父ジョン・ロクスの終焉の地でもある。酷薄の環境と二十年の歳月で、宇宙船は原型を留めないほどに腐食し、むろん遺体は確認しようがなかった。

「それより恋人が待っているのに、遠回りさせて悪かった。感謝してる」

 クールフェイスと名高い船長のほほえみを受け、いえ、とあわててタケルは目を反らせた。赤面をごまかそうと、このところ不調の観測機器の調整にいそしむ。

「ま、まあ、実質は会社と折半になるでしょうけど、評価もあがって昇給間違いなしですね」

 お宝を発見しても勤め人根性から離れられないタケルに、マリエは苦笑した。が、それは自分も同じだ。新米宙航士のころは胸弾ませた銀河も、亜空間航行を重ねるうちにいつしか日常となって、今では会社指定の調査をルーティンにこなすばかりになっていた。

 嫌いではない。けれど生命の満ちているはずの星々を前に、こんなものなのかとの失望がある。

――わくわくしないか、マリエ。

 後ろの保管箱から、壷を取り出した。あの爛れた世界でも、損なわれることのない極硬の輝き。滑らな表面は、手にすいつくようだ。ただその口は蓋で塞がれ、比重結果から、別の何かが入っていると思われる。しかし中身がなんであれ、マリエの心中の苦さは消えそうもなかった。

 宇宙を見上げて、さまざまな宇宙生物の営みを語るジョンの瞳の光は、マリエの脳裏に焼きついている。妻に逃げられ、小さな娘に名を呼ぶよう頼む男ではあった。しかし、亜空間による星間飛行が一般的になった世界でなお、彼には宇宙への夢が満ちていた。マリエが長じて、自称宇宙生物学者の父の実体を知ったときも、幼い心に点された輝きは、少しも陰りはしなかったのだが。

 結局ジョン・ロクスは、お宝を後生大事にかかえて果てる、ジャンク屋にすぎなかったのか。自分が求めていた「わくわく」はこんなものだったのか。ジョンの想いを追い、宙航士となってここまできたというのに。

 マリエは首を振った。親不孝の失意はともかく、遭難原因を探る必要がある。幸い回収できたログボックスを再生装置にセットし、記録を遡って最初の異常を検索した。

 と、マリエの眉が次第に寄っていく。見上げたスクリーンには、もはや惑星は見えず主星が輝くばかりだ。宇宙船は亜空間ポイントを目指し小惑星帯を横切っていて――

「え?」

「あれ?」

 つぶやきがマリエとタケルの口から同時にもれる。そこへいきなり、緊急警報の金切り音が船内に鳴り響いた。


「ええ、小惑星帯を通過中、岩塊が接近、警報が鳴ってエンジンが急に不調になって回避不可能になって」

 すぐ脇のタケルが、涙声でなってなってと報告する。その結果が、救命ポットの窓の向こうに、宇宙船の残骸となって散らばっていた。マリエはため息をついた。

「まあ、こうして生き延びて、亜空間通信で救難信号も送ったから」

「そうですよね。会社の保険はあるし、壷もログもなんとか持ち出せたし。でもこんな大不運、めったにないです」

 意気消沈するタケルの言葉が耳に止まる。そう、めったにない。しかしあり得ないことではない。だからこその保険なのだが。

「タケル、ジョンのログにも星間物質が衝突したとあったよ。やはり、エンジントラブルで回避できなかった」

 大破は免れたものの、すぐ近くの惑星に不時着せざるを得なくなった。これも大不運なのか。もちろんジョンの宇宙船は数十年を経たオンボロ船だったので、その可能性は大いにある。しかし、整備の整ったマリエ達の宇宙船も、重ねて同じ目に遭うとは考えにくい。

「偶然じゃないってことですか?」

 目を瞬かせるタケルにマリエはうなずき、「そう言えば」と顔を上げた。

警報アラートが鳴る前、何かあったの?」

「あ、いえ。調整中に中古の感応波測定器の数値がすっとんだもんで、寿命かなと」

 それは――と、マリエが言いかけたとたん、狭いポット内をまたも警報音がつん裂いた。

「物体接近!」の声と同時に飛びついたエンジンレバーを即座に引く。が、これも作動しない。

 船窓に張りついたタケルが近づく岩塊を認め、悲鳴をあげた。

「ひどい、なんの因果でこんな目に!」

 因果。つまり原因と結果。ジョンと自分たちにある共通点は何か。同じ結果。ならば原因も――そこで天啓のようにひらめいて、マリエが叫んだ。

「タケル、壷だ! 壷を捨てろ!」

 四の五の言わず即座に命令には従うのが、この青年のいいところだ。しかし取り出した壷を廃棄シュートに入れようとして、再び泣き声をあげた。

「つっかえて入りません!」

 計測済みの数値からそんなバカなと思う。が、今は深く考えている暇はない。すぐにヘルメットの装着と身体固定を指示し、開閉扉のハンドルを回した。ガコンと鈍く船体が響き、丸い暗闇の向こうに水蒸気の雲がぱっと散る。それとともに暗い空間へ吸いこまれていく壷のきらめき。

 扉が閉まるや、たちまちエンジンが復活した。Gで体を壁に押しつけられながら、なんとか窓外をのぞくと、ちょうど壷が岩塊に衝突したところだ。もちろん、こんなことで極硬の器は壊れはしない。しかも反作用の力と衝突角度が相まって、今度はこちらにまっすぐ向かってくる。

「ひええええ、あっちへいってくれ!」

 しっしっと手を振るタケルの横で、マリエは加速レバーを握りしめた。救命ポットの燃料は少量なので、できるなら使いたくない。白銀の星光を返す壷は、ゆっくりと回転しながら近づくが――どうやら接近通過ですみそうだ。

 息を殺して見守る二人のすぐ前を、アダマントの輝きが横切った。壷の曲線にそって光が流れ、繊細なスペクトルを紡ぎ出す。ゆるやかに色彩が変化し、こうして宇宙空間にあると極硬とは思えない。むしろ柔らかささえ覚えて。

 柔らかく、そして暖かく――マリエ。

 その呼び声。

「はあ、きれいですねえ……」

 遠ざかる壷を見送りながらタケルが感嘆した。そこで急な船内Gで体を振られ、ひゃっと声をあげる。

「ごめん、タケル」

 加速レバーの入った救命ポットは、たちまち壷に追いついて、すばやく伸びたアームがこれを捉えた。

「せ、せんちょ……」

 タケルが困惑したまなざしを向ける。マリエ自身、何をしているのだろうと思う。望みはとうの昔に諦めていたはずだった。今更「お宝」を委ねられたところで、報いられることはない。

 けれどこの壷を、光を、ジョンは最期まで見つめていたのだ。おそらく。

――「わくわく」しながら。

 その時。

 壷が光を発した。しかも口のあたりがまぶしくうごめき、中から細長いものがするりと姿を現す。と、瞬く間にまっすぐ伸びて、目の届く果てまでに至った。また左右へは対の支線が次々と何筋も伸び、間を白銀の膜が張っていく。まるで巨大な木の葉のようだ。さらに大きく広がるにつれ膜は薄くなり、向こうの星光が透けるほどにもなった。

 もはや全体のスケールは、マリエ達にはつかめない。

 膜のゆらめきで星々が瞬く。やがて膜に小さな青い光がぽつりぽつりと点りだす。それが、たちまちはじかれたように全体に広がるや、いきなりポットが加速した。

「な、なんなんですか、ああ、あれ」

 船窓からの淡い光が波のように揺れて、呆然としたタケルに降り注ぐ。

「星風……恒星風を受けて進んでいるんだ」

 言葉にして、ああ、とマリエは腑に落ちた。ジョンはこれを見たのだ。星風を受け、漆黒の海を渡る巨大な帆を。銀河をめぐる宇宙気流に乗って旅するものの姿を。そう、旅するもの。

 あの壷にはいのちがある。でなければ、どうしてジョンがお宝だと、二十年もかけて知らせようとするだろう。

――わくわくしないか、マリエ。


 アームを離れた壷が、星々の真中へ消えていった。やがて薄い帆も闇に溶け込んで、時折思い出したように滑る青い光が、その大きさを認識させた。あのまま救助を待つことも考えたが、万が一再び岩塊に襲われては、もう打つ手はない。ただ壷を廃棄したため昇給はなくなりそうで、タケルにはすまないと思う。

「いえ、岩塊を引き寄せる感応力の生物なんて、おっかなくって。計測数値が飛ぶはずですよ」

 ジョンのログにも、強力な感応波が観測されていた。意志の有無はわからないが、恒星風のある環境へ移動する手段ではないかとマリエは思う。だからこそ、極硬のアダマントなのだ。

「エンジン不調は、その余波なんですかね」

 マリエは窓の向こうの深遠へ目を馳せた。すでに帆のきらめきも捉えがたい。本音を言えば、離したくはなかった。もとより、会社にも誰にも渡したくなかった。けれど遙かな先々で、壷はそのアダマントの曲面に幾千幾万もの星光を映すだろう。

 それを想うと――わくわくした。

 もはやジョン越しではなく、彼とともに同じ光を見ている実感があった。

 通信機が点滅する。救助艇が近づいたのだ。移船準備に保管箱を探り始めたタケルが、突然驚きの歓声をあげた。

「壷の破片が落ちてます! これって」

 マリエは目を見張ると、思わず声をあげて笑った。どうりで大きかったはずだ。

 脱皮した壷は、アダマントの殻を残していたのである。


(完)

お読みいただきまして、ありがとうございました。

宇宙生物以外で、壷にまつわるエピソードが隠れているのですが、ちょっとわかりづらかったですかね。精進します。

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― 新着の感想 ―
[一言] むかし読んだアイザック・アシモフの「真空の海に帆をあげて」ってやつに、太陽風で宇宙船を動かす可能性みたいのが書かれてて、なんかすごいなあと思った記憶があります。 銀河鉄道も良いけど、宇宙をす…
[良い点] 古き良きSFの香りが堪りません。SF傑作編に載っていそうな綺麗なまとまりの作品と感じました。 あれが1つの生命体というのと、不運の塊が…というのがまたいいです
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