消えないガトーショコラ
目覚めた夜はガトーショコラのようだと莉子は思った。特に理由はないが、冷蔵庫の中に眠っているガトーショコラを思い出したのかもしれない。莉子は下着しか身に付けていなかった。
「身体中が痛いよ」
莉子はとめどもない自己嫌悪感に襲われてカーペットの上で倒れるように眠っていた。それはいつものことだった。投げ出されたスマホを探し時間を見るとまだ午前一時前だった。それから、莉子はすぐに煙草に火をつけた。深く煙を吸い込んでフーッと吐き出すと、くらくらと少し眩暈がした。莉子の思考はくねくねと煙と共に淀んでいった。莉子は立て続けに煙草に火をつけた。そうしていないと何処かで灯りが途絶えてしまうような気がした。静まり返った夜の真ん中にライターの音だけがカチっと響く。何度も、何度も。
ふと莉子の身体中に赤紫色の模様が浮かび上がった。痣のようにも見えた。その幾何学的な模様はやがて動きだした。何かを求めて……
まるで泳ぐように、まるで金魚のように、パクパクと呼吸をしている。
「痛い」莉子は呟いた。
「痛いよ」
いこうよ
赤紫色の金魚が話しかけた。
「どこへ?」
池にいこうよ。
「池には鯉がいるわ」
大丈夫。怖くない。
「でも、私は金魚じゃない」
痛いのに? 痛いのに?
「痛いのは私が悪い子だから。いい子にしてればいいの。ちゃんと大人しくしてれば痛くないの。でも私は悪い子だから、しょうがないの」
赤紫色の金魚はもう動かなくなった。莉子はゆっくりと歩いて冷蔵庫の前に立った。
「私にはガトーショコラがあるの。ずっとあるの。だからどこへも行けないの」
そう言って莉子は冷蔵庫の扉を開いた。まるで雪のような真っ白いガトーショコラを見つめて、莉子は無邪気に微笑んだ。