プロローグ 墓標の前で
俺は歩く。
ゆっくりと、何者にも追われず追わず。
地面に茂る雑草をミシャ……と踏みながら。
時刻は……午前2時を回ったくらいか。
街灯も設置されていないような、街とも言えない街を歩く。
いや、正確には街灯はある。ただ、遥か向こうに通り過ぎただけだ。
ジジ……と残りの光を必死に灯そうかという明かりが遠巻きに見える。
整備されていない、ひび割れたアスファルト。
隙間から生えるタンポポですら、暗がりのせいで彼岸花のように不気味にうつる。
今夜の気温はそこそこ高い。
梅雨明けだからムシムシした空気が辺りを包んでいるはずだ。
だが、俺が目的地に近づこうとする度に気温が低くなるように寒くなる。
いや、もう慣れている。あえて触れることでもあるまい。
目的地に到着し、入口の門を押し込む。
ギギィィ…………
錆び付いた鉄同士が擦れ合うなんとも不快な音に顔をしかめながら俺は入門する。
ここは俺が落ち着く場所。
ここはみんながいるところ。
ここは……母さんが眠っているところ。
「母さん……」
俺は大きな石を見下ろす。
その外見は冷たく、空気も冷たい。
けれども、俺の心は暖かく満たされる。
なんて素敵な矛盾だろう。
俺は肺に冷たい空気を取り入れ、暖かい言葉を紡いだ。
「こんばんわ」
いつまでも変わらず……
いつまでも大事な
俺にとってのそんな場所は『墓』だった。