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戦士の休息

「はあ、冷たくて気持ちいい~。癒されるわ、戦士の休息ね」

 梨央と小春は島のはずれにある泉に来ていた。梨央の身体についた砂を落とすためだ。

 小春は付き添いである。麗子と克彦は、コンテナでマリア先生と話し込んでいる。

 教えられた場所に獣道を通って来てみると、こんこんと湧き出る澄みきった水が、天然のプールを作っていた。

 辺りは緑に囲まれていて、天女が羽衣を脱いで水浴びしていてもおかしくないくらいの絶景だ。

 梨央は大喜びでパパッと裸になり、泉に入った。

 膝上くらいの水かさで、梨央は半身浴のように身体を浸けている。水底の小石は丸く角がとれていて、座り心地も上々だ。

 小春は猫をあやすときの座り方で梨央の水浴びを眺めている。

「……いいなあ、梨央先輩。気持ち良さそう」

 羨ましそうにそうこぼす。

「小春も入ったら? 心まで洗われる気分だよ」

 半分好意で、半分下心で梨央は言った。

「え~? お外だし恥ずかしいな……梨央先輩、傷痛くないですか?」

「冷たいから平気。傷のことは心配しないでね、あたし、傷跡残らない人だから」

 小春はびっくりした。

「えー! そうなんですか?」

「ママとアルもそう。瘡蓋(かさぶた)がとれたら、つるんって治っちゃうの。あたしの身体、赤ちゃんみたいにまっさらだよ。治ったら見せてあげる」

 梨央が両手で水を掬いあげ、首筋に零す。真っ白な胸の上で水が弾け、飛沫が陽射しを浴びてキラキラと反射する。

「梨央先輩、きれい……映画のワンシーンみたい」

「きゃー、照れること言わないで。小春の方がもっときれいだよ。ねえ、一緒に入らない?」

「……寒くない?」

「最初冷たいけど、すぐに慣れるよ」

「本当に気持ち良さそうね……お外で裸になったことなんてないんだけど……んー、えい! 決めた、入っちゃお!」

「え? マ、マジで……?」

 小春は立ち上がると、履いていたパンプスをぽいぽいと脱ぎすてた。

 七分丈のパンツのボタンを外し、ファスナーを下ろす。片足立ちでパンツを脱ぐと、すらっとしたおみ足が姿を現した。ショーツは無地の水色だった。

 梨央は服を脱ぐ小春を食い入るように見つめていた。


 ――どうせ邪魔が入るに決まってるのよ。もうすぐそこの茂みからレーコが飛び出して、「何してんのー!」とか言うに決まってるわ。それまで目に焼き付けておこうっと――


 小春がTシャツの裾に手をかける。ほど良くくびれたおなかが顔を出した。

 捲り上げて頭を抜く。ブラも同じ水色だった。セットの持ってるのか。

 幼さが残るが、均整の取れた身体――白い肌が目を射るように眩しい。


 ――邪魔が入るに決まってる……ほら、もうすぐレーコが――


 背中に手を回し、ブラのホックを外す。左右の肩紐を、腕から抜き取る。

 辺りは静かで、聞こえるのは泉のせせらぎばかりだ。人の来る気配はない。

 最後に残ったショーツ。腰の部分に両手の親指をかけ、するりと、それを脱ぐ。

 梨央は奇跡を目撃したような顔で見つめていた。


「きゃっ、冷たい」


 地上に降りた天使が、神々しい裸体を夏の陽射しにさらして、泉に足を浸けた。


        ☆


「じゃあ、失踪されてからずっとこちらで暮らしていたんですね」

 マリアが入れた紅茶を飲みながら、麗子と克彦はテーブルを囲んで彼女の話を聞いていた。アルは人目も気にせずマリアにべったりと抱きついている。

「そうね、はじめの一ヶ月くらいはその日暮らしだったけど、ここに落ち着いてから楽になったわ」

 マリアも麗子たちの目は気にせず、アルの頭を撫でながら話している。愛玩動物扱いだ。

「そうは言っても、不便だったんじゃないですか?」

 麗子はコンテナの中を見渡した。

 カセットコンロに、鍋やフライパン、包丁などの調理器具が一揃い。調味料が申し訳程度に並んでおり、傍らに大きなクーラーボックス。電気は通っていない。クーラーボックスは冷蔵庫代わりだろう。

「そうでもないわよ。買い物はアルがしてくれるから、食べたいものも食べれたし、ここは暖かいから、凍えることもなかったし。ずっとキャンプしているようなものね。アル、魚獲るの上手なのよ」

「そう言えば、ここどこなんですか?」

 克彦が聞いた。

「インドネシアの無人島なのだ。アルが選んだのだ」

 誇らしげにアルが言った。確かに美しい島だが、お前が自慢するなと克彦は思った。

 麗子が紅茶のカップを置き、姿勢を正してマリアを見る。

「……あの、それで……マリア先生は、予知能力者……なんですよね?」

 おずおずと麗子は聞いた。

「そうよ、梨央から聞いたのね」

 星座か血液型を聞かれたように、マリアはさらりと答えた。

「じゃあ、今回のことも、全部……」

「知ってたけど、全部丸く収まったでしょ。未来なんて、いじらない方がいいのよ」

 麗子と克彦が揃って、ほーっ、と息を吐いた。なるほど、梨央が言ってたとおり、未来に干渉する気はないらしい。

「あの、赤羽根家のみなさんって、どうしてこんな特殊な能力があるんですか?」

 麗子が核心に踏み込む。克彦もツバを飲んで答えを待った。

「私の家系は、宇宙人の血が混ざってるの」

 さっきと同じように、マリアはさらりと答えた。

「う、宇宙人ですか!?」

 そう言えば梨央が前にそう言ってた気がする。あれは冗談ではなかったのか。

「私は母から聞いたんだけど、五千年くらい前に宇宙人が地球に来て、人間の遺伝子の中に自分達の遺伝情報を潜りこませたんですって。目的は種の存続ね。精神生命体のような宇宙人ではなくて、まだ物質に依存してる宇宙人だそうよ。そうは言っても人類とは比較にならない文明を持っているんでしょうけど。突発的な大異変などで種が滅んでしまわないように、将来発展が望めそうな生物を探して、その中に自分達の遺伝情報を隠して拡散するわけ。隠すって言ったけど、実際は私たちみたいに宇宙人の能力が発現する者もいるわ。どのくらいの割合で超能力者になる子孫がいるのか分からないけど、うちみたいに親子三人なんてのは、とてもレアなケースなの」

 麗子と克彦はポカンと口を開けてマリアの話を聞いていた。

「私の母は祖父から聞いたと言っていたわ。発現する能力はいろいろだから、ご先祖様にレトロコグニッションを持ってる人がいたのでしょうね」

「レトロ……ああ、過去知のことですか。でも、マリア先生、そんなすごい能力を持った宇宙人なら、遺伝情報も人間よりずっと多いんじゃないですか? それを人間の遺伝子に入れるって、フロッピーディスクにDVDのデータを入れるようなものじゃ……」

 もっとな疑問を麗子が聞く。

「それはもちろん、アミノ基の配列の中に入れるわけじゃないわ。もっと微小な、素粒子レベルで情報を入れてるのよ。だから遺伝子を調べたって何も分からないわ。宇宙人の遺伝子の方から、人間の遺伝子に干渉することはできるけど」

 理系脳の克彦は、頭がくらくらするような思いだった。

「す、すげえ……こんなことが現実にあるなんて……梨央がある程度遺伝子を自由にできるって言ってたのは、本当なんですね……」

 麗子と克彦がマリアの話に度肝を抜かれている間に、梨央と小春が泉から戻ってきた。

「ただいま。レーコ、ママから話聞いた?」

 麗子は頭の整理がつかないといった顔をしている。

「……聞かせてもらいましたよ、赤羽根家のすんごい秘密を。梨央、あなた宇宙人なのね」

「あ、それも聞いたんだ。だいたい予想ついてたんじゃない?」

「改造人間くらいかなと思ってたわよ……梨央? あんた何でにやけてるの? 顔がゆるゆるよ?」

 梨央は全く締まりのない顔をして、にへらにへらと笑っていた。引き締めようとしても意志と関係なく緩んでしまう。

「え? そんなに緩んでる? そうね、いま天国から帰ってきたとこだから」

 小春と何かあったのだろうかと、梨央の後ろに立つ彼女を見る。小春の髪が濡れていることに、麗子はやっと気付いた。

「小春? 何で髪が濡れて……あ……ああっ! 一緒に入ったわね! あなた達!」

 髪が逆立ちそうなほど麗子が怒る。

「うん。水がとっても澄んでて冷たくってね、すごい気持ち良かったよ。レーちゃんも入ってくれば?」

「のんきなこと言ってんじゃないわよ! あ、あなたって人は、私が必死で梨央の毒牙から守ろうとしてるのに、何で自ら……」

 頭を抱える麗子。梨央は相変わらずニヤニヤしている。

「あ~、小春の裸きれいだった~。大自然の中で水と戯れる少女……この眼にしっかと焼きつけたわ」

「ああ……もう手遅れか……小春、こいつに変なことされたりしなかったでしょうね?」

 小春が可愛らしく頬を膨らませる。

「もう、レーちゃん疑いすぎ。梨央先輩はいやらしいことなんかしないよ。ちょ、ちょっとだけおっぱい触られたりはしたけど……」

「それがいかんって言ってんのよ! 梨央! 後でお仕置きするから覚えてなさいよ!」

 麗子の怒号が飛ぶ中、アルは真っ赤な顔をしてマリアの胸に顔をうずめていた。どうにも色気が苦手らしい。

「それにしてもママ、アルずいぶん良くなったわね」

 三歳児みたいにマリアにべったりとくっ付いているアルを眺めつつ梨央が言った。麗子は気を落ち着けようと飲んだ紅茶を吹き出しそうになった。

「こ、これで良くなってんの!?」

「あたし達と口きいてるじゃない。目も合わせるし。失踪直前はひどかったわよ。将来確実にひきこもりだと思ったわ」

 アルが敵意のこもった目で梨央を睨む。

「ふん、姉ちゃんがママを横取りしようとするから悪いのだ。ママはアルのものなのだ」

「いいかげん乳離れしろ、ねんどろいど。砂も落としたし、日本に帰るわよ。アル、このコンテナどっから持ってきたの?」

「工事現場に落ちてたのだ」

「建設事務所だよ! それ! おっそろしいことしやがんなあ……」

 克彦が本気で怒る。男の仕事を邪魔されるのは腹が立つようだ。マリアがフォローする。

「こればっかりは無いと困るから、許してね、克彦君。大丈夫、それほど迷惑にはなってないはずよ」

「マリア先生がそう言うなら……」

 克彦が矛を収める。予知能力者そう言ってるんだから信じるしかない。

「さて、みんな揃ったし、アル、ちょっと降りてくれる?」

 しぶしぶとアルがマリアの膝から降り、椅子に腰掛ける。この駄々っ子王子もマリアの言うことだけは素直に聞く。

 マリアが椅子を引いて立ち上がった。

「みんな、来てくれてありがとう」

 うやうやしく頭を下げる。麗子と小春と克彦は慌ててお辞儀を返した。

「いろんなことでに梨央に協力してくれたんでしょう。感謝するわ。おかげでこの子も超能力が発現したし、良い友達もできて、私も嬉しく思ってるわ。これからも梨央と仲良くしてあげて、よろしくね」

「あ……はい! こ、こちらこそ!」

 三人とも恐縮してそんな感じの言葉を返した。言葉は柔らかいのだが、マリアの発言には重みがある。

 マリアはいつも通り天上の笑みを浮かべているが、そばにいるとどうも緊張してしまう。ずっと一緒にいたら肩が凝るんじゃないだろうかと麗子は思った。二人きりで一年近くも一緒に過ごすなんて、親子なればこそだ。

「アル、日本に帰るわよ。ここにあるものは全部家に飛ばしてちょうだい。コンテナも元の場所に返して。梨央も手伝えるかしら?」


 それからアルと梨央はコンテナ内の家財道具を全て梨央の自宅に飛ばした。アルは手を触れるだけでポンポンと飛ばすことができる。梨央はビーコンを使って荷物と一緒に飛んだ。

 アルがコンテナを工事現場へ飛ばし、最後にみんな手をつないで梨央の自宅へ飛んだ。

 所要時間五分。テレポーターがいると引越しはとても楽だということが分かった。



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