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マリア先生奪回作戦始まる その②


 SF研の部室。無骨で馬鹿でかい筐体のパソコンを会議テーブルの上にでんと据え付け、克彦と梨央がモニターを睨んでいる。

 パソコンの前に座っているのは初登場の男である。高度なハッキングを行う必要があるので、克彦が呼んだ助っ人だ。

 髪を切る前の小春みたいなボサボサの長髪に、スポーツサングラス。流行とは無縁な、着古したシャツとジーンズ。いかにもハッカーらしい出で立ちのその男は、梨央に挨拶すらせず、名乗りもせず、ひたすら高速でキーボードを叩いている。

 克彦は男が何をしているのかおおむね理解しているようだが、梨央には全く理解不能である。

 GUIを使用しない、生のプログラム言語が高速でスクロールしていく。複数のツールを同時に使用し、男はシステムの深部に侵入していく。

 ピアニストのような指の動きが、ピタリと止まった。男が椅子を引き、首を後ろに巡らし、梨央の顔を見る。指で指し示すモニターにパスワードを要求するダイアログが表示されている。


 みんなでマリア先生奪還を誓ってから十日が過ぎた。勢い込んで協力を申し出たものの、麗子と小春には出番がなかった。

 克彦は、梨央にネットにアクセスする能力を身に付けるよう要求した。強固なセキュリティを突破するには、梨央の直感的な情報処理能力が役立つのではないかと思ったのだ。

 コンピュータネットワークの基礎知識を克彦がレクチャーし、わずか三日で、梨央は生身でネットにアクセスできるようになった。


「よし。それじゃあ、これから本格的なハッキングの開始だ。オレだけじゃさすがに無理だから、明日助っ人を連れてくるよ」

「信用できるの、そいつ? あたしの能力も知られるわけでしょ? あんまり広めたくはないんだけど」

「そいつは情報を盗むけど、自分の持ってる情報は絶対に漏らさない。そういう奴だよ」


 事実、その男が来てから三日になるが、梨央はひと言も言葉を交わしたことがなかった。他人とコミュニケーションを取ることをあからさまに拒否していた。

 克彦の指示にも首を振ってイエスとノーを示すだけで、まともに話そうとはしない。克彦がどうやってこの男と接触できたのかが不思議だった。


 男が指し示すモニターを見つめ、梨央は静かに眼を閉じる。意識が身体を抜け出し、回線を通じてネットの世界へ潜り込む。

 システムが概念として「見える」。モニターに映っていたダイアログは「扉」として認識される。プロテクトを解くパスワード、「鍵」を梨央は探す。

 「扉」をよくよく観察していると、鍵はだいたいどんな形かが予想できる。梨央の手に出現する鍵束。試しに一つの鍵を挿してみる。回らない。しかし、手応えでどこを修正すればよいか分かる。

 よりイメージに近い鍵を探す。二度失敗し、三つ目の鍵で、扉は開いた。

 男がヒュウ、と口笛を鳴らす。それを合図に、梨央は現実世界に戻り、まぶたを開く。

 ほとんど感情らしいものを示さないこの男が、唯一人間らしい仕草を見せるのが、梨央がパスワードを解くときだった。梨央は直感に従って「鍵」を探しているだけだが、それは常識外れのスピードらしかった。


 ハッキングを開始してから四日後。梨央たちはクレジット会社のシステムにアラートを仕込むことに成功した。

 男は特に報酬を要求することもなく帰って行った。金には困っていないということだろうか。とにかく謎な男だった。

 翌日、梨央の召集で久し振りに部室に四人が集まった。

「アルがカードを使ったら、紐が引っ張られて鈴が鳴るの」

 梨央はそう表現した。カードを使うと使った店の店舗名や住所といった情報が梨央にメールで届くようにしたのである。送り先は捨てメアドだから、そこから足がつくことはない。

 しかし、アラームが作動した後、個人情報を流出するプログラムが仕掛けられていたことにカード会社が気付かないとは思えない。二度と同じ手口が使われないよう、対策を講じることだろう。

 チャンスは一回切りだ。アルを取り逃がしてしまえば、次はない。

「じゃあ、作動させるよ」

 克彦がキーボードを操作して、アラートのプログラムを走らせる。

「――よし、これで準備はオーケー。後は網にかかるのを待つだけよ」

 梨央が、ふう、と息をついた。一瞬緩んだ表情を、すぐに険しく引き締める。これで仕事が終わったわけではない。本番はこれからなのだ。

 梨央の緊張が伝染したのか、他の三人もやや緊張気味の面持ちである。プログラムが作動している今、この瞬間にメールが来てもおかしくはないのだ。

「アルがカードを使ったら、あたしはすぐに飛んでひっつかまえに行くわ。隠れ家が分かったらみんなを迎えに行くからね。協力してアルをとっちめるのよ」

 梨央が作戦を説明する。超能力者のアルを相手に麗子や小春や克彦がどれだけ役に立つかは未知数だが、味方は多いに越したことはない。

「梨央、頑張ってよ。初っ端であんたがアルを取り逃がしちゃったら、全部おじゃんだからね」

 梨央は唇を結んで頷いた。

「任せて。あいつの行動パターンは良く知ってるから、絶対逃がさないわ」

 言っていることは頼もしいが、どこか虚勢にも感じられる声音だった。自分を勇気付けているようだった。

 確かに、百パーセント成功する作戦ではない。超能力には梨央よりも数段長けているアルのことだ。素早く感づいて、飛んで逃げてしまうかもしれない。

「きっと大丈夫よ。マリア先生の予知能力を信じましょう。九月には帰ってくるわ」

 麗子が励ます。うん、と梨央は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

「梨央、これ持ってな。作戦が成功するまで肌身離さず持ってろよ」

 克彦が煙草サイズの銀色を箱を手渡す。真ん中にボタンがあるだけの、シンプルな機械だ。

「何よ、これ?」

「ビーコンだよ。ボタンを押すと14MHzの電波がリズムを持ったパルスで出る。ちょっと押してみな」

 言われるまま梨央がボタンを押す。音も光も出ないのに梨央は激しく驚いて、危うく椅子から転げ落ちるところだった。慌ててもう一度ボタンを押し、電波を止める。

「ビ、ビックリした! 克彦! こんな強い電波出るなら言いなさいよ!」

「あ、あたし梨央先輩のリアクション見てビックリしちゃった……そっか、梨央先輩には電波見えるんでしたね」

 小春がドキドキしている胸を押さえていった。

「電波が届かなかったら意味ねえだろ。それ、太陽の活動さえいい感じだったら地球の裏側まで届くから」

「何に使うのよ?」

 訝しげな顔で梨央が聞く。

「アルって海外まで飛べるんだろ? おまえ、アメリカに飛ばされたらどうやって帰るんだよ? オレもビーコン持ち歩くようにする。梨央からメールが来たら、オレはずっとビーコン作動させておくから。そうすれば、こいつの電波を目印に帰ってこれるだろ?」

「なーるほど。あたしが持ってる方はどうするの?」

「アルの隠れ家に着いたら、ボタン押して見えないとこに放り投げとけ。そうすりゃどっか遠くに飛ばされても隠れ家に戻れる」

「なるほど、頭いいね、克彦。でも、う~ん、アルも電波見えるからなあ、壊されちゃうかも」

「アルに気付かれずお前にだけ信号送るなんてできないよ。他に方法ないだろ、壊されないことを祈っとけ」

 そうだね、と梨央はビーコンをいじりながら言った。

「言っとくけど、こんだけの出力の発信機をこのサイズにするのってすごい技術なんだからな。本気で感謝してくれよ。あと必要なとき以外オンにするな。本当はアマチュア無線の免許いるんだから」

「感謝してるわよ。いつもありがと。さて、これで準備は全部済んだわね。あとは果報は寝て待て、か」

 この日の集まりはこれで終了し、梨央はみんなをテレポーテーションで自宅に送って、解散した。



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