表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/19

マリア先生奪回作戦始まる その①


 SF研の部室。

 飲みさしのコーラのコップを見つめる梨央を、狐につままれたような顔の三人が囲んでいる。

「な、何なのそれ? 訳分かんない。何であんたの弟が、自分の母親をさらわなくちゃならないの?」

 当惑して麗子が聞く。口をへの字にする梨央。

「恥ずかしいからあんまり言いたくないんだけど……アルはね……マザコンなの」

 はあ!? と麗子は頭の上から出るような声を出した。

「いくらマザコンでも、母親さらって失踪する!?」

「普通のマザコンじゃないのよ、アルは。消えたときは中二だったけど、家じゃ本当にべったりで、一日中コアラみたいに抱きついてるし、ママが家事してるときは服の裾つかんでついて回ってたわ。当たり前のように一緒に寝るし、十四にもなってお風呂も一緒に入るし、もう気持ち悪いったらないの……」

 麗子が舌を出して「オエ」と気持ち悪そうに言った。○○コンや○○フェチなどは生理的に受け付けないタイプのようだ。

「キモ……あれ? でもマリア先生休職届け出してるでしょ? さらわれたのにちゃんと休職届けだしてるって、おかしくない?」

「さらわれることは分かってから、準備してたのよ。ママはね、プレコグなの」

「ええ!? そうなんですか!?」「プレコグ!? マジかよ!?」

 小春と克彦が揃って驚きの声をあげる。一人きょとんする麗子。

「何? プレコグって?」

「知らないのかよ、プレコグニッションだよ。予知能力」

「ああ、『認識』のcognitionに接頭辞のpreがついて予知ね。略さないでよ……って、予知能力!?」

 一歩遅れて麗子も驚く。

「何でコグニッションが分かってプレコグが分からないのよ。とにかくあたしのママは予知能力があるの。千年くらい先まで見えるって前に言ってたわ」

「そ、そんなすごい予知能力があるのに、何で自分の息子にさらわれてるのよ? 分かってたんなら、どうにか避ける方法があるでしょ?」

 梨央は視線を落として、あまり見せたことのない暗い顔をした。

「……ママは、積極的に未来を変えるようなことはしないのよ。特に、人に未来を教えることは絶対にしないわ。雨降るのが分かってても、傘持って行きなさいなんて言わないしね。アルなんか小学生の時に骨折したことあるんだから。あたしの叔父さんは交通事故で亡くなったし」

「そんな……家族が怪我したり、親戚が死んじゃっても平気なの? それじゃ予知能力なんかないのと一緒じゃない?」

 責めるように問う麗子に、梨央はゆっくりと頭を振って答えた。

「レーコ、あんた予知能力を持つっていうことがどういうことか分かる? もしそれが他人に知れてみなさいよ。予言を聞きに人が押し寄せるに決まってるじゃない。教祖に祭り上げられるか、最悪国家間で取り合いになるわ」

「そ、それにしたって、自分の子供が雨でずぶ濡れになったり、骨折して痛い思いをしたら、胸が痛まないの? 人が事故で死ぬことを分かってて放っておくなんて、人としてそんなこと……」

「ママのこと悪く言ったら、レーコでも許さないわよ! 一般常識でママのこと考えないで!」

 梨央が刺すように麗子を睨む。気の強い麗子が思わず怯んでしまうほど鋭い眼だった。

「……レーコ、ペットが死んだこととかある?」

「な、何の話よ?」

「答えて」

「……あるわよ。小学生のとき、飼ってた猫の臨終を見届けたわ」

「近しい人が亡くなったことは?」

「……おばあちゃんは私が中学のとき亡くなったわ」

「それ、今でも悲しい?」

「……」

 麗子は口をつぐんだ。辛い思い出ではあるが、今悲しいかと問われると、そんなことはない。全部思い出となって、心の中で整理できている。悲しいことや辛いことを抱えたままで、人は生きていくことはできない。

「アルは自転車で転んで腕の骨を折ったんだけど、ママにはアルが転んで、すごく痛んで泣いて、病院に行ってギプスして、一ヶ月間不便な思いして、そのあと後遺症も傷跡もなく回復するまで、全部見えてるのよ。叔父さんが亡くなっても、お葬式にみんな集まって、時が経って忘れてしまうまで、全部見えてるの。亡くなる前からね」

 梨央は言葉を区切り、溜息をひとつついた。

「ママに、未来が見えるのってどんな感じか聞いてみたことがあるの。『過去のことも、未来のことも、全部思い出みたい』って言ってたわ。現在を生きるのは、『台本どおりに演じているみたい』だって。そうよね、ママには、これから何が起きるのか、自分が何をするのか、全部分かってるんだから。『あなたたちは、何をするのも新鮮だから、羨ましい』って……」

 眼を伏せる梨央。麗子たちは言葉を失った。

 スポット的に見たい未来が見えるだけなら、それは便利な能力だろうが、「全ての未来が常に見えている」状態というのは、幸せなものではないのだろう。

「……克彦、あなたもマリア先生の授業受けたことあったっけ?」

 克彦が頷きを返す。

「あるよ。美人だしいつも微笑んでるけど、何か不思議な人だなーって、思ってた。まさかこんな秘密があったとは……梨央、マリア先生が予知能力を身に付けたのはいつ頃なの?」

「十五歳だって」

 顔を上げて梨央が答える。

「取り乱したりとか、そんなことはなかったそうよ。そりゃそうよね、取り乱すのは不安だからで、不安ってのは、未来を怖がることでしょ? ママは予知能力に目覚めてから、パパと出合って結婚したの。あたしや、アルみたいなマザコンのバカが生まれると分かっててよ? パパは素敵な旦那様だと思うけど……あたしはレズだし、頭も大して良くないし、全然いい子じゃないけど……それなのに、ママはパパと結婚して、あたしを産んでくれて……」

 喋るうちに感情が高まってきたのか、梨央の眼に涙が浮かんだ。

「……こんなあたしでも、バカみたいなアルでも、ママは愛してくれて……他の人と結婚してれば、もっとおりこうさんな子供が産まれてたかもしれないのに……あたしは……それが嬉しくて……だからあたしは、ママが……ママが大好きなの……」

 梨央の頬を涙が伝う。終わりの方はすすり泣きながら梨央は話した。胸を打つ言葉に、小春も目をうるませていた。

「……レーコ」

「……何? 梨央」

「……友達がこんなに泣いてたら、普通は胸に抱きしめて慰めてあげるものじゃないの?」

「ここからギャグに持っていくのね、あんたは。冗談が言える元気があるなら平気でしょ。はい、ハンカチは貸してあげる」

 洟をすすりながら差し出されたハンカチを受け取る。

「ケチね……そのふくよかなおっぱいは何のために付いてるのよ?」

 言いながら広げたハンカチでちーんと洟をかむ。

「洟かむなって言ってんでしょうが! 三回目よ!」

 怒る麗子を無視してハンカチを畳む梨央。

「前振りでしょ? はい、返す。ロールシャッハテストでもして」

「広げたって鼻水にしか見えねえよ! てか洗って返せ!」

「……あ、あの……それじゃ、やっぱり梨央先輩もマリア先生とアル君がどこにいるかは分かんないんですね?」

 二人の掛け合いに小春がおずおずと入ってきて、話を元に戻す。

「場所が分かってりゃ連れ戻しに行くわよ。多分ホテルとかにはいないわ。人里はなれた山奥にでも潜んでるんじゃないかしら」

 ハンカチが鼻水だらけになってしまったので、梨央は手の甲で眼を拭った。もう涙は乾いている。

「生活費とかどうしてるんですか?」

「クレジットカード持ってるのよ。毎月請求書が送られてくるんだけど、日本中津々浦々で買物してるわ。拠点はどこかに定めて、週一くらいで買出ししてるみたい。ママは予知能力以外の超能力ないから、きっとママをどこかに幽閉しておいて、アルがお使いに行ってるのよ。家にもこっそり服とか取りに来てるわ。レーコが見たのはそれよ」

「……やっぱりそうなんだ。ああ、克彦と小春には話してなかったわね。私、梨央の家に泊まったことがあって、アルの部屋で寝たんだけど、そのとき少年の幽霊を見たのよ。今聞いたとおり幽霊じゃなかったわけだけど」

 克彦が顎に手を当て、うーん、と考え込む。

「あのさ梨央、クレジットカード止めちゃダメなの? 明細が来るなら止められるでしょ?」

 梨央が克彦をキッと睨みつける。

「ママを兵糧攻めしろっての! そんなことできるわけないじゃない! アルが腹空かせたって知ったことじゃないけど、ママは何にも悪くないんだから!」

「やっぱそういうことか……ママには激甘だな、お前。となると、クレジットカードを使った現場を押さえるしかない、それでハッキングか」

 満足気に頷く梨央。

「分かってるじゃない、話が早いわ。カード会社をハッキングするんだから、相当技術が要るわよ、頼りにしてるからね」

「ハードル高えなあ! しくじったら『四分一社長の息子がカード会社の電子システムに違法侵入』って新聞の一面を飾るよ」

「毒を食らわば皿までよ。付き合ってくれるわよね、克彦?」

「エライことに足突っ込んじゃったなあ……はいはい、マリア先生を奪還するために協力しますよ」

 克彦は溜息をついた。麗子が口を挟む。

「梨央、家族の写真とか携帯に入ってない? みんなアルの顔知らないし、小春はマリア先生も見たことないから」

「あー、それもそうね。でも携帯には入ってないな……」

 梨央はそう言うと、麗子の肩にポンと手を置いた。

「「あっ」」

 小春と克彦の声が重なる。梨央が肩に手を置くなり、二人の姿が消えたのだ。


        ☆


 二人が飛んだ先は梨央の部屋だった。梨央は華麗に着地を決め、予告なしに飛ばされた麗子は尻もちをついた。

「痛っ! い、いきなり飛ぶな! このバカ!」

「あんたが写真見たいっていうからアルバム取りに来たのよ」

 文句を言う麗子に梨央は平然と答えた。

「んー、アルバム持って部室に戻ってもいいんだけど、それじゃ芸がないわね。よし、小春と克彦も連れてこよう」

 梨央の姿が消える。またすぐに梨央は二人を連れて戻って来た。昨日でテレポーテーション慣れしている克彦は順当に着地し、小春はよろけてふらふらしている。

「わっ! わっ、わっ! は、初めてテレポーテーションしちゃった! か、身体が無くなったみたいだった! す、すごいあたし!」

 初めての瞬間移動に興奮する小春。梨央が目を細めてその様子を眺めている。

「初々しいわね、その反応。さて、アルバムは~っと」

 本棚から箱に入ったアルバムを取り出す。五冊入っているうちの一冊を取り出し、パラパラとめくる。

「あいつの写真なんて最近現像してないからなあ……あ、あった。パパが撮ったのね」

 梨央がアルバムを広げてみせる。三人は首を伸ばしてそれを覗きこんだ。

「な、何!? こいつ!? 幾つなの!?」

「び、美少年だけど、不思議な体形ですね……」

「すげ……ギャグ漫画みたいな頭身だな……」

 砂浜の向こうに青い海。サンサンと降り注ぐ太陽のもと、水着姿の梨央とマリアとアルが、満面の笑みで写っている。

 いつもながらきわどいデザインのビキニでスリムな肢体を晒している梨央に、薄紫色のワンピースではちきれそうな巨乳のマリア。

 普通ならこの二人に目が行くところだが、女性陣の魅惑的なボディがパセリのように添え物に感じられてしまうほど、アルは特殊な身体的特徴を備えていた。

 梨央よりも舶来の血が色濃く出ているアルは、顔の造作が整っていて、小春が言うとおり美少年と呼べないこともない。梨央よりも明るい金色でふわふわとした巻き毛は、西洋画の天使のようだ。

 しかし、押しつぶされた頭身が、彼の姿を着ぐるみのマスコットキャラみたいにしていた。

 ありえない頭の大きさ、手足の短さ。中に小学生が入っていると言われれば、信じてしまいそうな体形である。

「頭大きいわね……スポッと抜けるんじゃないの?」

「残念ながらそれが生の頭よ。どう? なかなか痛い弟でしょ」

 アルバムを覗き込む三人後ろで、腕を組んで梨央は言った。

 海辺での写真は他にも十枚ほどあったが、アルは同じようにずんぐりむっくりな姿で写っている。

「うっわー……マジで喜ぐるみみたいだ。走ったりできるのかよ、こいつ」

「走るどころか、運動神経抜群よ。ぐるぐるバク転できるんだから、こいつ」

「この体形でバク転するのかよ! すっげえ見てえ!」

「……梨央先輩、この体形って、超能力持ってることと何か関係あるんですか?」

 小春が写真を指差しながら首を振り向けて聞いた。

「うちの家系は、ある程度遺伝子をコントロールできるからね。あたしってほら、すごい美少女じゃない? 容姿は、無意識のうちに願ったとおりになる傾向があるの。アルも望んでこの姿になったのよ。ママに甘えやすいからじゃない? アル自身は全然この身体にコンプレックス持ってないわよ」

 麗子が目を剥いて驚く。

「い、遺伝子をコントロールできるって!? あんた一体何者なのよ!? 人間じゃないの!?」

 梨央は返答に困って、んー、と言って首を傾けた。

「お察しのとおり普通の人間じゃないんだけど……これ言っていいのかなあ……えーとね、ママに聞いて。連れ戻してから」

 麗子は風船から空気を抜くような、長い溜息を吐いた。

「……あらためてとんでもない人とお知り合いになっちゃったなあって思うわよ……驚きすぎて疲れちゃったわ……」

「梨央先輩のお母さん、本当に美人ですね。胸も大きいし、いいなあ」

 ようやくアル以外にも目が向くようになったのか、小春がのんきな声を出す。

「でしょ。いつもニコニコしてるし、とっても優しいのよ。おっぱいはレーコより大っきいんだから」

 小春と克彦が、つい麗子の胸に目をやってしまう。

「ちょっ……そんな目でみないでよ! 梨央! 変なこと言うな! 私より大っきい人なんていくらでもいるわよ!」

 腕を組んで胸を隠し、赤い顔で麗子は言った。

「確かにいるけど、身体全体がボリューミーな人がほとんどでしょ。ママやレーコみたいにスリムなボディにぼんぼんと実が二つ付いてるんできゃ巨乳とは言わないわよ。単にEカップあればいいってものじゃないの」

「ここで私のサイズを発表するな!」

 克彦は横を向いて聞こえなかった振りをした。

「さて、事情は分かってもらえた? これからもあたしに協力してくれる? っていうか、あなたたちしか頼れるのいないんだから、是が非でも手伝ってほしいんだけど」

 梨央は腰に手を当て、部活の監督みたいなポーズで三人を見渡した。麗子と小春と克彦がそれぞれ顔を見合わせ、こくりと頷く。

「断わるわけないでしょ。マリア先生を連れ戻すためだもん、協力するわよ」

「あ、あたしも。あんまり役に立てないかもしれないけど……」

「オレも。面白そうだし」

 三人とも迷いなく同意する。梨央が満足そうに微笑む。

「ありがと! 言っとくけどアルは手強いから、覚悟してよ。あたし一人じゃ敵わないから」

「手強いってどういうことだよ? テレポ以外にも超能力持ってるのか?」

「サイコキネシスが使えるわ。電波も見えるよはずよ。一つひとつの能力がハンパないのよね。テレポは世界中に飛べるし、サイコキネシスは車でも持ち上げるし」

「……かなり強敵だな……マリア先生を連れ帰っても、またさらってどっか行っちゃうんじゃね?」

「そこを、アルのヤツをこてんぱんに叩きのめして、もうしませんと土下座して約束させるのよ。犬と一緒で、痛い目にあわないということ聞かないわ」

 梨央は腕を組み、ふん、と鼻息を吐いた。

「威勢はいいけど、能力全部上回っている相手に勝算あるのかよ……まあいいや、どうにかなるだろ」

「そうそう。絶対あたしたちは勝つわよ。ママが一年しか休職期間を申請してないってことは、あたしたちが連れ戻すってことの証明みたいなもんだわ。よし! 円陣組んで! 気合入れるわよ!」

 四人は輪になり、手のひらを重ね合わせた。

「ママを取り戻すぞ!」

「「「「おー!!」」」」

 マリア奪回を誓う気合の声が、元気よく響き渡る。四人の絆が、また一つ強まった。


        ☆


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ