~ プロローグ ~
~プロローグ~
赤羽根梨央――私立旗森高校二年生は、その日、学校をサボっていた。
「んぐっ……ぐぐ……」
ガムテープで塞がれた口の中で、梨央はくぐもった声を出した。青い瞳におびえた色を浮かべ、自分を狙う銃口を見つめている。
身じろぎするが、身動きが取れない。動くほどロープが食い込み、ブレザーの制服が皺になるばかりだ。
彼女はリビングの柱に、腕と胴体をぐるぐる巻きに縛られている。部屋には他に誰もいない。
二メートル先には、イスにタイラップで固定されたサブマシンガンが、梨央の胸の辺りに狙いを定めている。
トリガーには細いワイヤーが結ばれており、その先はテーブルを跨いで下に垂れ、三キログラムの鉄アレイに結ばれている。
そうしてその鉄アレイは、バケツに入った氷のブロックの上に置かれている。氷が溶けると銃の引き金が引かれる――古典的な仕掛けだ。
「ぐっ……んん……」
ワイヤーは既にピンと張りつめている。梨央は懸命に身を捩るが、ポニーテイルにした金髪が揺れるばかりで、ロープから逃れることはできない。
ギリッと音がして、一度に五ミリほどトリガーが後退した。サブマシンガンが弾丸を吐き出すまで、あとわずかだ。
セレクターはフルオートにセットされている。身動きできない梨央には、全く避けようがない。
「んーっ! ぐぐっ……んーっ!」
頭を振り、足をばたつかせるが、無駄なあがきだった。
また、ギッ、と嫌な音を立ててトリガーが引かれる。梨央は声にならない叫びを上げて、きつく眼を閉じた。
トリガーが一気に最後端まで後退した。シパパパパと軽快な音を立て、サブマシンガンが弾丸を連射する。
「んがががががっ! んがぁっ!」
三十発のBB弾を身体に浴び、梨央が悲鳴を上げる。全ての弾を吐きだしたサブマシンガンは、トリガーが引きっぱなしのため空打ちの音をガガガガと響かせた。
「んー……んん……」
梨央は、本当に実弾に撃たれたようにぐったりとした。ロープの端を引いて、結び目をほどく。蝶結びなので、引けば容易に解けた。
パラリとロープが床に落ちる。口のガムテープも自分でペリペリと剥がす。
「痛てててて……」
最後は思い切ってベリッとテープを剥がすと、日本人と北欧系のいいとこ取りした美顔が現れる。非の打ち所のない整った顔立ちだが、ちょっとだけ吊り目で、小生意気な印象を与える。
「ああ、痛かった……ちぇっ、やっぱこんな自作自演の危機状況じゃダメね、痛い思いした分だけ損だわ」
空打ちを続けるサブマシンガンを止め、丸い弾が散らばる床に目を落とし、梨央は溜息をついた。がりがりと頭を掻く。
「もっと絶体絶命って状況じゃないと、テレポーテーションなんてできないわね。マジで電車にでも飛び込んでやろうか……でも死んじゃったら元も子もないしなあ」
腕を組み首をかしげ、うーむ、と考え込む。
「あたしには無理なのかなあ……いやいや! 弱気になっちゃダメだ! あいつにできるんだから、あたしにも絶対できる! 待っててママ! 必ず連れ戻してみせるからね!」
梨央は胸の前でこぶしを握り、決意を固めた。そのポーズのまま、壁の時計を見上げる。
「十時か……今日は学校行こうと思ってたのに、朝っぱらから無駄なこと思いついたせいで遅くなってしまったわ。出席日数そろそろヤバいし、いまさらだけど学校行くか……ヨシ、行こう!」
身なりを整えるため、彼女は脱衣所の洗面台に向かった。鏡を見るなり、大声を上げる。
「んぎゃーっ! ガ、ガムテの跡ついてんじゃん! うわ、真っ赤……猿ぐつわにしときゃよかった……あーもー! 今日はサボりだ、サボり!」
皺になった制服をランドリーバッグに放り込み、下着姿になった梨央は乱暴な足取りで脱衣所を出て、階段を登った。
自室に戻り、服を着る。ショートパンツを足に通したところで、不意にピタリと動きを止めた。なにか思いついたような顔をしている。
「海で危機一髪か……うん! いいかも!」
梨央はニカッと楽しげに笑い、着替えをすませると勢いよく部屋を飛び出した。
主のいなくなった部屋が、静寂に包まれる。カーテンを開け放っているので、部屋には朝の光が満ちている。
机の上には、小さな写真立て。梨央と、梨央によく似た銀髪の女性が、寄り添って写っていた。