第5話
サントラフォードの街の通りは結構な数の人が行き来していた。普通の人族もいればリノのように獣耳やら尻尾が見える亜人もチラホラ見かける。だが、亜人は大抵が物乞いのようなみすぼらしい格好をしており、マイカの言ったようにあまりいい扱いを受けてはいないみたいだ。リノも御者台で小さくなっている。
衛兵のおっちゃんに教えてもらった通り、街に入ってすぐの通りを右に曲がりしばらく進むと軍の支部が見えてきた。
「すいません」
「どうしました?」
建物の敷地に入り、入り口にいた男の子に声をかける。年齢は15歳くらいだが、腰には剣を佩いており服装も兵士のような格好をしている。見習い兵士かな。
「あの、討伐した盗賊の死体を運んできたんですが……」
「わかりました。すぐに係りの者を呼んで来ます」
左胸を右拳で叩くポーズをしてから見習い兵士君は奥へ駆け出していった。おそらく敬礼か何かだろう。5分ほどで、見習い君は後ろに鎧を着た人を連れて戻ってきた。格好からして騎士だろうか。
「待たせて申し訳ない。盗賊を討伐したとの事だったか」
見習い君に連れられてやってきたのは女騎士だった。流れるような長い金髪が美しい。リノの金髪は太陽に照らされた小麦畑みたいな金髪だが、この女騎士の髪は透き通るような色合いの金髪だった。
騎士の格好という雰囲気も相まって、マイカとはまた違った感じの凛とした美しさがある。
「ハイ。死体は荷車の方に積んであります」
「検分させていただこう」
荷馬車の後ろに周り、幌を開けて盗賊の死体を見せる。女騎士は近くにいた兵士達数人に声をかけ、馬車から死体を下ろさせた。
「では検分するので、少々お待ちを」
そう言って女騎士は見習い君が持ってきた観察石を盗賊一人ひとりに当てていく。その隙にオレは女騎士のステータスをこっそり覗いてみた。
NAME :キアラ・ベラトリウス
RACE :人族
JOB :騎士Lv19
HP :199/200
MP :15/15
STR :35
VIT :22
INT :14
MND :29
AGI :27
SKILL:剣術Lv3
槍術Lv2
馬術Lv2
おお! 結構ステータス良いな。門番のおっちゃんよりもさらに一回りパラメータが高いし、戦闘向きのスキルを3つも持ってる。
オレが感心してステータスを眺めていると、検分を終わらせたキアラさんがこっちに向き直った。
「討伐感謝する。6人の内、1人に懸賞がかかっていた。報償は金貨6枚だ。尚、盗賊の装備はどうする? 相場よりは少し下がるかもしれないが、希望するならばこちらで引き取るが?」
「そうですね、では引き取っていただけますか?」
相場とかもよくわからないし、店に持ってって下手に買い叩かれたりしたらイヤだしな。多少安くなってもここで売っちゃったほうがいいだろう。
「了承した。残り3人の遺体は調べて可能ならば遺族の元に届けよう。所持品の所有権はあなたにあるが、こちらはどうする?」
「では遺族の方が見つかったらそちらに返却してもらって、見つからなかったら盗賊の装備と同じように引き取ってください」
「返却の際は無償でよいのか?」
「構いませんよ。ただ、後ろの2人は引き取りたいのですが」
「問題ないだろう。普通なら他の所持品だって無償で返ってなど来ないのだからな。遺族にはこちらから伝えておく。奴隷は仮契約のままだったら早めに奴隷商のところで正式な契約を結んでおいたほうがいいぞ。それでは明日の午後もう一度こちらに出向いていただきたい。報奨金や装備の売却益はその時までに用意しておく」
「わかりました。では、そのようにお願いします」
オレが頭を下げるとキアラさんは不思議そうな顔でこちらを見た。
「あなたは不思議な人だな」
「はぁ……。ちなみにどんな所が?」
「ああ、いや。別に悪い意味で言ったんじゃないんだ。気を悪くしないでくれ。多くの男性は私のように女性が騎士をやることに好意的ではないんだ。私のような平民上がりの騎士には尚更な。それなのにあなたはキチンと礼儀をもって接してくれた。それが不思議で、うれしかったんだ」
なるほど、軍なんかでは女性蔑視の風潮があるのか。でもキアラさんはキチンとJOBにも騎士と記されてるし、実力でその地位を勝ち取ったのだろう。
「私の名はキアラだ。もしあなたが軍に志願するのなら仲介しよう。見た目によらず6人もの盗賊を討ち取る実力も持っているようだしな」
「スグルです。……志願については、その、機会があったら考えてみます」
差し出される手を握り返しながら、自己紹介を返す。軍に志願するつもりなどサラサラないが、ノーと言えない日本人の性か、曖昧に言葉を濁して誤魔化すだけになってしまったが、キアラさんは気を悪くした様子もなく「それでは」と短い挨拶を残して建物の奥へと戻っていった。
馬車やらなにやらを全部処分して身軽になったオレ達はとりあえず宿をとる事にした。軍の支部を出る際、見習い君に教えてもらった宿に向かって通りを歩く。
もう日が沈む時間帯ということもあり、ほとんどの店はすでに閉まっている。う~ん異世界の物を色々見て回りたかったのに残念だ。明日の楽しみにしよう。
「いらっしゃい」
「3人用の部屋はありますか?」
「ああ、あるよ。3人分の朝食付きで200ゴルドだがいいか?」
「はい」
オレは返事をして銀貨2枚を差し出す。宿の親父はチラッと後ろのマイカ達に目をやり、ニヤニヤとした笑顔で「302号室だ」と鍵を渡してきた。親父さん、誤解ですよ、オレはこれでも紳士なんですよと、心の中で言い訳しながら、宿屋に来るまでの道中での会話を思い出す。
「さてと、とりあえず今日は疲れたし宿に行こうか」
「わかりました」
「部屋は2つでいいかな?」
「ご主人様、何をおっしゃっているのですか?」
マイカが怪訝な表情になるので慌てて言いなおす。
「ゴメン、ゴメン。やっぱり1人1部屋は欲しいよな」
「とんでもありません、逆です。私とリノは納屋を借りていただければ十分ですよ。お部屋はご主人様の分だけで結構です」
オレはベッドでマイカ達は納屋とかどんな鬼畜だよ。
「いやいや、絶対無理」
「でしたら1人用の部屋を1つとってもらえればいいです。私達は床で寝るので」
オレはベッドでマイカ達は床の上とかどんな鬼畜だよ。
「それも絶対無理」
「ですが、奴隷の扱いなど納屋でなく部屋の床で眠らせてもらえれば、十分に上等な部類ですよ?」
「無理なものは無理。2人もオレと同じ待遇にすること。主人命令だ」
「……わかりました。それでも部屋を2つも取る必要はありません。3人部屋を1つでいいでしょう」
「ああ、そうだな――って、え?」
ソレッテ同ジ部屋ッテコト? いや、落ち着けオレ。同じ部屋でもベッドは違うはずだ。だから期待しすぎてはいかん。あくまで冷静に「油断せずいこう」ってやつだ。
そんな遣り取りがあったのだが、親父に言われた部屋の扉を開けて絶句した。
「ご主人様、どうかなさいましたか?」
「?」
部屋の入り口で固まってしまったオレにマイカが訊ねてくる。リノも言葉にこそ出さないが、不思議そうに小首を傾げながらこちらを見つめる。あ、頭の上の耳がピクピクして可愛いな。……じゃなくて!
心の中で突っ込む。
なんでベッドが1つなんだよ!
部屋にはバカみたいにデカいサイズのベッドが1つ。他には小さな棚と洋服かけがあるだけ。
しかし、突っ込みたいのはオレだけのようで、マイカもリノも何の疑問を持つこともなく、平然としている。
何コレ? 行っていいの? 大人の階段3段飛ばしくらいで駆け上がっていいの? 前世から通して初めてが3人とか、童貞には少し荷が重過ぎるんだけど。
「……ご主人様」
「ひゃい!」
突然呼びかけられ思わず声が裏返った。声をかけてきたマイカは少しだけ怪訝な表情を見せたが、すぐに表情を改めた。
「身体を拭うためのお湯がもらえるそうなので受付に取りに行ってまいります」
「ああ、わかった。お願いするよ」
マイカはオレの頼みに頷くと、部屋から出て行った。オレはふと思った疑問をリノに聞いてみる。
「身体を拭うって……。風呂とかはないの?」
「お風呂ですか? 王様とか侯爵くらいの貴族様は入るそうですが、庶民には縁がありません。宿でも一流の宿屋ならば浴室が備わってるでしょうが、そんな宿は国の王都くらいにしか無いと思います」
マジか……。元日本人にとってそれはキツいな。なんとかならないだろうか。
打開策を思いつく事もない内にマイカが戻ってきた。ここはレディーファーストでオレが紳士であることをアピールしておこう。
「それじゃ、オレは廊下に出てるから。先に2人が身体拭いちゃってくれ」
そう言って颯爽と部屋を出ようとするオレを2人が慌てて止めてきた。
「ご主人様! ご主人様を廊下で待たせるなんてできません」
「そうです。それにご主人様を置いて奴隷である私達が先にお湯を使うなんて畏れ多いです」
え~、せっかくジェントルマンにキメたのに。まあ、そんなに拒否するなら無理に順番譲ることはないか。
「わかった。それじゃ、ありがたくオレから使わせてもらうよ」
「ハイ、かしこまりました」
そう返事をすると今度は2人がなぜかオレの服を脱がしにかかってきた。
「ちょいちょいちょいちょい待ち! 何!? いきなりなんなの!?」
「何って、ご主人様の身体をお拭きしようと――」
「大丈夫! 自分でできるから!」
「そうですか……」
なぜか微妙に悲しそうなマイカ。なんでそんな表情なの? リノのほうはマイカと一緒に脱がしにきたけど、頬を紅く染めている。こっちが普通の反応だよね。
オレの言葉にマイカとリノは一端下がり、改めて服を脱ごうとするのだけれども――。
「あの……」
「ハイ、なんでしょうか? お背中をお拭きしますか?」
「いえ、あんまガン見されると恥ずかしいな~、なんて」
オレがそう言うと、2人は「わかりました」と返事をして反対側を向いた。アレ、部屋から出たりしないの? 奴隷だし命令すれば部屋から出て行くだろうけど、追い出すみたいでイヤだしまあいいか。
視線がなくなったのを確認してからオレは服を脱ぐ。ちなみに服は爺さんに拉致られた時と同じ、ジーンズにパーカーというラフスタイル。あ、考えたら着替えが無い。う~、気分は良くないが同じ服を着るしかないか……。
「……ん?」
「っ!」
ふと、視線を感じて振り返るが、2人は変わらず反対を向いたままだ。ままなんだけど……。
「リノ?」
「み、見てません!」
何を!?
盛大に自爆しちゃってるよ、この娘。
ちょっと恥ずかしかったが、リノの慌てる様子が凄く可愛いのでよしとしよう。後ろ姿しか見られてないはずだし。
あまり待たせるのも悪いので、時間をかけずパパッと全身を拭ってから着ていた服を身に纏う。
「お待たせ」
声をかけると、2人が返事をしてこっちに向き直った。
「それじゃ、オレは外で待ってる――」
「ダメです、ご主人様。奴隷の都合で主人を部屋から追い出すなんてありえません」
「いやでも、服脱ぐんだし……」
「ご主人様、私達はご主人様の奴隷ですので、どのように扱われても構いませんよ? ご主人様のモノなんですから、好きに扱ってください」
……何ソレ? 誘ってんの?
女騎士登場。
果たして彼女はヒロインの座を勝ち取ることができるのか!? (注)作者にもわかりません。