第18話
「あの坊やが『木精霊の蜜』を手に入れたって本当なの?」
しばらくギルドで待っていると、連絡を受けたアナスタシアさんが半信半疑の顔で現れた。
「ええ、本当ですよ」
「本当に本当? オッパイに誓える?」
「そんなバカな誓いはたてたくありませんが、今回は保障できるので大丈夫です」
そう言ってカレンさんが指差す先にはオレが持ってきた樽が、で~んと鎮座している。それを見て、?マークを大量にうかべるアナスタシアさん。
「何よ、この樽は?」
「ですから『木精霊の蜜』ですよ」
「ハァ!? これ全部!? ウソでしょ!?」
「私だって未だに信じられないですけど、事実です」
「ちょっと坊や!」
「なんです?」
アナスタシアさんに呼ばれて会話に入る。
「あなた今冒険者のランクは? 装備を見る限りEより上とは思えなかったんだけど」
「Fですけど」
「…………信じられないけど、本当みたいね」
答えを聞いても疑わしそうな目を向けてきたのでギルドカードを見せると、アナスタシアさんは疲れたように首を振りつつも認めてくれた。
「でも、こんな量の蜜なんて一体どうやって? 討伐した木精霊から採取するとしたら100体は必要だと思うわよ」
「え~と……。そこは企業秘密で」
今日あった事は秘密にするとウルザリーナさん達と約束している。蜜が保存してある事が知られて、彼らの隠れ里が心無い冒険者に荒らされる事になったり、蜜を取るために木精霊が生け捕られ、監禁されたりしたら困るからだ。
「まあ、冒険者なんだし、他人に言いたくないスキルやら知識があってもおかしくはないわね。いいわ。約束だし、坊や達に魔導師の修行をつけてあげる」
微妙に理由が違うけど、納得してくれたアナスタシアさんはため息を一つつきながら約束してくれた。ありがたいけど、オレ達が他の冒険者に依頼したんじゃないか、とか疑わないのかな?
「疑わないわよ。だってこんな量依頼したらいくらかかると思ってんのよ」
「その言い方だと、コレって結構高価なんですか?」
「そんな事も知らずによくあの条件を受けたわね。呆れた坊だわ。『木精霊の蜜』って小瓶一つで銀貨5枚くらいなのよ?」
マジで!? じゃあ、またウルザリーナさんに頼めば大儲けできるんじゃ……。
と、思ったのだが、供給量が少ないから高価だけど、珍しい魔法薬の材料になるだけで需要自体もそんなにあるわけではないらしいので、大量に持ち込んでも値崩れするだけだそうだ。
だったら別の場所に輸出すればと食い下がったが、蜜を手に入れた森から離れると木精霊の加護を失い、蜜がダメになってしまうらしい。どうやら左団扇な生活はできないようだ。
それでも、アナスタシアさんが必要な分を渡して、余った分をギルドに引き取ってもらったらなんと金貨50枚になった。
こ、これだけあれば兎人族の奴隷のお姉さんが買えるんじゃ……!
「ご主人様」
「は、はひっ!」
思わず返事をする声が裏返ってしまった。マイカの後にリノとリビーも尋問を重ねてくる。
「そのお金は何に使うの?」
「伺ってもよろしいでしょうか?」
「え、え~っと……。特にまだ決めてませんが」
「そうですか。いずれにせよ、よくお考えの上でご使用してくださいね」
「モ、モチロンデス」
よく考えますとも、オレの命のためにも。作戦は「命を大事に」で。
そんなやり取りをアナスタシアさんはニヤニヤと眺めていたが、「さてと」と帰り支度を始める。
「それじゃ、あたしはそろそろ帰るわ。目当ての物も手に入ったし。ちょっと今は実験している魔法薬で手一杯だけど、それがひと段落したらギルドに連絡をしておくから、その時に修行に来なさい」
「わかりました。ちなみに、その魔法薬ってこの『木精霊の蜜』を使った物なんですよね。どんな魔法薬を作ってるんです?」
「ウフフ。知りたい?」
「その言い方だとまた碌な物じゃなさそうですけど……」
妖艶に微笑むアナスタシアさんを見て、カレンさんが呆れたように首を振る。
「あ~、今回のお薬は確かにカレンちゃんには必要ないものね」
「前回の薬も要りませんでした!」
「で、今回作ろうとしている魔法薬はね――」
拗ねたようにそっぽを向くカレンさんに強引に抱きつきながら、アナスタシアさんが続ける魔法薬の説明は耳を疑うものだった。
「女の子のオッパイを大きくする魔法薬よ」
ナンデスト!?
そんな夢の魔法薬が!?
「それは――」
「それは本当なの!?」
だが、オレの驚きの声をも遮って、後ろから飛び込んできたのはリノである。
「オッパイを大きくするお薬があるの? アナスタシアさん――いえ、お姉様!」
おいおい、お姉様って……。
リノの奴、胸にコンプレックス抱えてたけどさ。
「ええ。といってもまだ完成には遠いんだけどね」
「絶対頑張って欲しいの。応援してるの!」
「アラ、ありがと。完成したら一番にあなたの所に持っていくわね」
アナスタシアさんの言葉にリノは舞い上がる。喜びのあまり、ブンブン振られている尻尾がちぎれそうだ。
でも、なんだってそんな薬を? アナスタシアさんだって充分にスタイルいいと思うんだけど。
「だって、好きなんだもの」
「好きって何がです?」
「女の子のオッパイが」
疑問に思ったオレが聞いてみると、そんな答えが返ってきた。
………………この人バカなの?
「この薬を完成させれば、あの娘みたいに胸に悩みを抱えている子の悩みを解決してあげられるでしょう。そうすれば、その恩に着せる形でその娘のオッパイを揉み放題!」
「…………………」
どこから突っ込めばいいのかわからず、何も言えなくなってしまう。
その情熱をもっと違う方向に向けろよ……。
「それは最もな指摘なんですけどね……。全く、本当に才能の無駄遣いとしかいいようがありません」
カレンさんが疲れたような表情で言う。
「一体何者なんです? アナスタシアさんって」
「アラ、坊や。カレンちゃんからあたしの事聞いてないの?」
「アナスタシアさんが口止めしたんでしょうが」
そうだったかしら、と楽しそうにカラカラ笑うアナスタシアさん。
「じゃぁ、改めて自己紹介を。あたしはアナスタシア。一応ランクアドバンスの冒険者よ」
…………ハイ?
アドバンスって、Sランクより上のエクストラランクの?
目線でカレンさんに確認を取ると、カレンさんは複雑な表情を浮かべながらも、肯定するように首を縦に振った。




