第14話
「う~ん……」
宿の部屋に戻った後。
今回の依頼の報酬である100ゴルド、つまり銀貨1枚を眺めながら、オレは唸り声を漏らす。それを聞きとめたリノがオレの元へとやってきた。
「どうしたの、ご主人様?」
「ん、いや。今日の報酬は銀貨1枚か、と思ってな」
「?」
それがどうした、と首を傾げるリノ。ギルドのお姉さんに聞いたところ、ミニゴブリンの死骸は1体につき10ゴルドでギルドに引き取ってもらえるらしい。それを合わせても150ゴルド。
今日の感触だと、あのくらいの依頼なら午前と午後で1日に2回くらいは受けられるだろうけど、そうすると1日あたりの儲けは300ゴルドという事になる。
この宿は4人で泊まると、朝食付きで5日で1200ゴルド。つまり1日に240ゴルドである。昼食と夕食を買えば儲けはほとんど消えることになってしまう。これで、新しい装備とかを買うことになったらすぐに赤字になってしまうことになる。
「なあ、この街って賃貸住宅とかある?」
「ちんたい……?」
「一ヶ月毎とかにお金を払って借りる事ができる家のことだけど……」
「ございますよ」
リノに賃貸住宅の説明をしていると、オリヴィエラが横から答えてくれた。ちなみにマイカは身体を洗うためのお湯を取りに行ってくれていて、部屋には3人だけだ。
「いくらくらいかかるか、相場とかはわかるか?」
「申し訳ありません。そこまでは……」
「ああ、いいんだ。じゃぁ、借りるにはどこに行けばいいかわかる?」
オリヴィエラの話によると、そういった貸し出し用の物件を扱っている組合が街ごとにあるらしい。場所は宿屋の親父に聞けばわかるだろう。
そこまで話したところで、マイカが戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「おかえり、ご苦労様」
「それじゃ、ご主人様。服をお脱ぎください」
部屋に入ってくるなり、オレの服を脱がそうとするマイカ。
「いや、それくらい自分で――」
「ご主人様、観念なの!」
「失礼致します」
リノとオリヴィエラまで加わって、結局お互いの身体を洗いっこする事になった。
そのままベッドになだれ込んでもよかったが、昼に簡単なサンドイッチを食べただけのお腹がグゥと鳴り、先に夕食をとることにした。腹ごしらえをしてしっかり体力を回復した所で、改めてベッドで3人を可愛がった。
「ご主人様、起きてらっしゃいますか?」
「起きてるよ。なんだい?」
夜。行為が終わって寝静まった後、隣に寝ているオリヴィエラが小声で話しかけてきた。マイカとリノはもう一つのベッドで寝ている。オレの隣で誰が寝るかの権利をかけて、盛大な争奪戦(くじ引き)の末、オリヴィエラが当たりを引き当てたのだ。
「どうして私を買ってくれたんですか?」
「いきなりだな。なんでまたそんな事を? ひょっとしてオレの奴隷は嫌?」
さっきはちょっと頑張っちゃったからな。オリヴィエラは初日だし、ちょっと飛ばしすぎただろうか? とも思ったが、オリヴィエラは首を横に振ってオレの考えを否定する。
「そんなことはありません。奴隷の私にも優しくしてくださるし、最高のご主人様に買っていただいたと思っております。ですが、私は獣人の身でありながら聖魔導を宿した忌み子です。人族からも、同族である獣人族からも忌み嫌われる私を――」
「オリヴィエラ」
自分の事を卑下して語るオリヴィエラを少し強い口調で止める。
「人族とか、獣人族とか、オレはそんなの気にしないよ。だからオリヴィエラも気にしなくていい」
「ですが」
生まれた時からずっと種族の事で嫌われてきたからだろう。オレの言葉を信じられないと言う様にオリヴィエラは首を振って否定しようとする。
「手を出して」
「え?」
「いいから」
わけもわからないままに差し出してきたオリヴィエラの手を掴む。
「ご、ご主人様?」
「ほら、暖かいだろ? みんな一緒だ。心臓はトクントクンって脈打ってるし、息も吸うし、ご飯も食べる。何が違うっていうんだ?」
「………………」
「………………」
「――すか?」
オリヴィエラが黙っている間、オレもじっと静かにしていた。やがて長い沈黙の後、ポトリと零れ落ちる涙の様な呟きが聞こえた。
「私…………幸せに思ってもいいんですか?」
ポロポロと泣きながらオレを見つめるオリヴィエラ。彼女は生まれた時から幸せとは程遠い人生を歩んできたのだろう。人種差別の激しいセインティア聖国に獣人として生まれ、聖魔導のスキルを持っている事が判明してからは、より一層酷い差別を受けてきた。そして最後には実の両親の手によって奴隷として売り飛ばされてしまった。
人は不幸の中にずっといると、幸せに対して臆病になってしまう。幸せを掴んだ途端、そこからずっとその幸せを失ってしまう恐怖に襲われ続ける事になるのだから。
オレの手を両手で握り、包み込むように胸に抱くオリヴィエラ。そんな彼女を抱き寄せ、頭をポンポンとあやすように叩く。しばらくそうしていると、落ち着いたオリヴィエラが顔をあげた。
「申し訳ありませんでした、ご主人様。お休みのお邪魔をしてしまい――」
「いいよ、気にするな」
手を離され、少しだけ胸の柔らかさが名残惜しかったが、顔には出さず笑顔でもう一度だけ頭を撫でた。
「それより、オリヴィエラ」
「なんでございますか?」
「オリヴィエラって、ちょっと長くて言い難いからさ……う~ん、そうだな。…………オリ、いやリヴィエラ……リビー、うん。オリヴィエラの事、リビーって呼ぶことにしてもいい?」
一瞬呆けたような顔をしてから、オリヴィエラは笑顔を浮かべて「はい!」と返事をしてくれた。
「お! リビーの笑顔やっと見れた」
「…………私、そんなに無愛想だったでしょうか?」
顔を赤くしてから、窺うように聞いてくるリビーに思わず笑ってしまう。
「ひ、酷いです、ご主人様!」
「ゴメン、ゴメン。リビーが可愛かったから。許してくれ」
う~っと唸ってから、リビーは上目遣いでオレの方を見つめて、目を閉じた。
「え~っと、リビー?」
「お詫びの印をください」
目を閉じたまま唇を軽く突き出すようなリビーにキスをする。
さっきまでの会話でリビーも大分こちらに心を開いてくれたんだな、と嬉しく思いながらイチャイチャし始めた所――。
背筋が凍りついたような寒気を感じた。振り返ってみると、そこには可愛らしく頬を膨らませたリノと幽鬼の如く無表情のマイカが立っていた。……マイカさん、怖いっす。
「もうお休みになられたハズでは?」
「オリヴィエラばっかりずるいの」
「い、いや、これは……」
「私の事はリビーと呼んでください。ご主人様がくださった大切な名前です」
なんか浮気現場を発見された亭主みたいな心境になった所へ、リビーがさらに爆弾を落としてくれた。
「ご主人様?」
「なんでリビーばっかり……」
イヤイヤ、君達は別に呼び難い名前じゃないじゃん!
マイカとリノ、おまけにリビーまでがなぜか相手に回って、3人が許してくれるまで散々イチャイチャする破目になり、次の日は朝からヘロヘロで宿の親父に呆れられた。
その日の冒険者稼業は子供のお使いみたいな依頼しかこなすことができなかった。
家の事は明日でいいや……。
オリヴィエラっていちいち長いので、ニックネームにしました。




