勇者付きメイド付き執事
少し長めの散歩から部屋に戻ると、朝食の支度が出来ていた。
「あらユウキ様、お帰りなさいませ」
そういってふわりと微笑んだのは部屋好付きメイドのジョゼットだ。
吟遊詩人の歌う勇者の偉業にいたく感動して勇希の世話係を買って出た彼女は、どこだかの公爵……男爵……、とにかく爵が付くような家柄の娘らしい。
金色の髪を正当派立て巻ロールにしている彼女は、窓際のソファーで優雅に朝の紅茶を楽しんでいた。
その姿は大層様になっていて、彼女こそがこの部屋の主であると言った方が相応しいほどの板の付き具合である。
「ただいまジョゼット。今日は早いね、いいことでもあった?」
食卓に着きながら挨拶をすると、ジョゼットはふふ、と薔薇が綻んだような豪奢な笑みを浮かべた。
「シデニア産の茶葉が手に入りましたの。セバスチャン、ユウキ様にもお茶を入れて差し上げて」
手入れの行き届いた白い手がちりんと呼び鈴を鳴らすと、白髪の老紳士がきびきびとお茶の支度を始める。
「あ、お気になさらず」
茶葉を用意する老紳士を止めようとするが、勇希の言葉は華麗にスルーされて紅茶が差し出された。
「どうぞ」
「……ありがと」
老執事は会釈を一つすると、音もなく隣室に消えていった。
勇希付きのメイドとして王都にやってきたジョゼットに付き従うかたちで王都にやってきた彼は、あくまでジョゼットの執事であって勇希の執事ではない。
そしてメイドであるとはいえ高位貴族の令嬢であるジョゼットが労働をすることはありえない。
彼女の仕事は、勇希のためにセバスチャンに命令する事だった。
そこの所が面倒くさいところでもあるのだが、彼の煎れる紅茶の美味しさは定評があるので素直に頂いておくことにする。
「今までは魔物のせいで通れなかった海路が使えるようになったおかげですわね。これもひとえに、ユウキ様のおかげですわ」
柑橘系の瑞々しい香りに眼を細めながら紅茶を啜っていると、ジョゼットが得意げな様子でふふん、と笑った。
褒められているはずなのになぜか自慢されているような気がする不思議な口調にへえすごいと適当に返すと、実に満足そうに頷かれた。
「……シデニアって、東の方の国?」
「ユウキ様は行かれたことがあるのですよね、吟遊詩人が歌っておりましたわ。シデニアの王獣を跪かせたと」
「そんなことしてないよ、普通に会っただけ」
「でも、吟遊詩人のバラッドはそう伝えておりましたわ」
「それは物語だから面白く脚色しただけだよ。普通に謁見したし、跪いたのはむしろこっち」
苦笑しながらそういうと、ジョゼットは面白く無さそうな顔をした。
「……でも、それでは格好良くありません」
「かもね」
「そんな謁見、どこの王宮でもやっていることだわ。勇者様の冒険譚としては相応しくありません」
「そうかなあ」
「ユウキ様の発する聖なる気に気圧された王獣が、凄まじい雄叫びとともにユウキ様に回転しながら襲いかかって……」
「そんなことないから!むしろ大人しかったから王獣!地面なんか歩いたら蹄が折れちゃうとか抜かす超インドア獣だったし!……って言うか何で回転!?」
「ひとしきり戦った後、オルガナ教会の鐘をバックに友情を誓い合ったと……」
「それは、ない」
嘘ですわっ、と叫ぶジョゼットの悲鳴を聞きながら、こっちが悲鳴を上げたいと頭を押さえた。
あまりに酷い捏造ぶりにくらくらしながら、ふと嫌な予感がしてジョゼットに向き直った。
「ジョゼットは確か、私の活躍に憧れて……王宮に来たんだっけ」
「ええ、吟遊詩人が伝えるユウキ様のご活躍、素晴らしいものでしたわ! 神の一番の愛し子としてお生まれになったのに、ユウキ様を恐れた悪い神の謀略でこの世界に堕とされ、この世界を浄化するまで天界に帰れないという重い枷を付けられてしまったのでしょう。お可哀想なユウキ様!」
熱っぽく語るジョゼットに、何というか、物凄く、何て言うか、何というか、何て言ったらいいのだろうかと分からなくなってしまった勇希は、取りあえず。
「…………どうも」
逃げることにした。
お貴族様って、よく分からない。