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図書館の魔術師

 お父さん、お母さん、ユッコ、みーちゃん。

 向こうにいる、会いたい人達を指折り数えながら思い浮かべる。

 勇希にはあちらの世界に置いてきたものが多すぎる。


「いっそ孤児だったりしたら良かったのかなあ。それか、友達あんまり作らないでおくとかすれば、思い切れたのに」


 あれから四年経ったから、きっと物凄く変わってるんだろうと思う。あの頃一緒だった友達はそろそろ大学生になる頃だろうか。そう言えばこちらの世界の時間と向こうの世界の時間ってどうなってるんだろう。


 ひょっとしたら、誰もいないかも知れない。

 浦島太郎みたいになってしまったらどうしよう。

 そう思うと、前にも後ろにも、どこに進んだらいいのか分からなくなってしまう。




 目が覚めるのは、夜明けより少し前の時間。

 魔物が活動を始めるよりも早い時間に起きるようにと体が慣らされてしまったおかげで、お城住まいの現在も勇希はやたらと早起きになってしまった。

 のそのそと寝台から降りると、適当に身支度をして部屋を出る。

 いわゆる朝の散歩というやつだ。

 とはいっても、城から外に出るには色々な手続きがあって面倒なので、城内を回るだけになる。

 それでも結構な距離を歩くことが出来るのだから、さすがは王城といったところだろうか。


 朝日が差し込み始めた回廊を歩いていると、そろそろ朝の修練の時間なのだろう。城壁の向こうから城の兵士のかけ声が聞こえてきた。

 鉄のぶつかり合う音を聞くと、こちらもつい反射的に腰に手をやってしまう。

 四年間、剣がぶら下がっていた場所にやった手が空をきる。

 「そういえば、随分剣に触ってないなあ」

 役目が終わった後、聖剣を神殿に奉納してから剣と呼ばれる類のものを触っていない。

 四年間、手のひらに幾つもマメが出来て、それが潰れて、またマメが出来て、その繰り返しだったから、剣を持たない現在はなんとも手持ちぶさただ。

 けれど、城内で剣を振り回せる場所など限られている。

 屋内は言うに及ばず、見せ物になりたくないならば中庭での練習もアウト。

 気兼ねなく剣を振り回せるのは騎士団の鍛錬場しかなく、それが今の勇希にとっては気が重い。

「レイクナドがいるもんね……」

 レイクナドは、勇者一行の中で一番勇希と馬が合わなかった人間だ。

 剣の使い方を教えてくれた、と言う意味では剣の師匠と言っても良いのかも知れないが、勇希は彼を師匠だとは口が裂けても呼びたくない。

「ままならないなあ」

 勇希は腰の辺りでうろつかせていた手をぱたぱたと振って、急ぎ足で回廊を抜けた。


 

 異世界物で話の展開が煮詰まったときには、図書館に行くと良い。

 元居た世界ではそこまで切実な理由で図書館を利用した記憶がない勇希だったが、元の世界への帰還魔法が見つからない今、勇希に出来るのは図書館に通って昔の勇者の足跡を辿ることだった。

 この世界にはいつから勇者が居たのか、これまでに勇者は何人いたのか、どうやって魔王を倒したのか。

 そして、勇者のその後。


 知りたい事柄はいくらでもあるのだ。



「おはよーございまーす」

 王城の一室。日当たりの悪い、閉じこもった空気の部屋に入ると、緑色の塊がもそっと動いた。

 多分、挨拶のつもりだろう。

 目深にまでローブを被った姿は、薄暗い室内の中では緑色の布の塊にしか見えない。

 テーブルに置かれた蝋燭に目を留め、勇希は顔をしかめた。

「また徹夜ですか、ルガイアさん」

 腰に手を当て、非難の眼差しで見ると、緑色のローブが億劫そうに揺れる。

「……さっきちょっと、寝た」

 嘘だ、絶対嘘だ。


 魔術師であるルガイアは王宮付きの魔術師だ。図書館の住人、と言った方がいいかもしれない。

 一応彼の家は王都にあるらしいが、貴族ではないので中心地に居を構えることは出来ない。

 王都全体をぐるりと囲む分厚い城壁からほど近い場所、つまり王都と辺境地区のぎりぎり境目近い場所にある彼の住居から王城に辿り着くまではそれなりの距離があるらしい。

 それから更に王城の奥地の僻地の隅にある図書室までの長い長い回廊と、更に各種通用門を通過する際の身分照合、ボディーチェックにかかる果てしない待ち時間、その他諸々に嫌気が差して家に帰るのを拒否し、職場内に引きこもっているという変人である。

「今からでも寝たらどうですか、暫くしたら起こしてあげますから」

「やだ」

 首を振ったのだろうか。もそそ、とローブが動いた。

「あっ、夕飯も食べてない。これ昨日のですよね?」

「減ってない、から、いい」

「良くないですよ、大体……」

「そんな事より勇希、これ」

 これはまずいと判断したのだろう、ルガイアは傍らにあった石版を取り出して見せた。

「これは?」

「古代王国時代の記録。この部分に使われている文字列は、現代キルシャ言語の基礎になるものでかなり古い型。こっちの文字装飾は……」

「待って、講釈とかいらないから。意味だけ言ってくれない?」

 蕩々と語り出すルガイアに慌てて待ったをかけると、目に見えて不満そうな顔をした。

「これから、大事なところなのに……」

「分かったから、細かい事は後から聞くから。で、結局それには何て書いてあるんですか?」

 ルガイアは、放っておくと延々と蘊蓄を垂れ出し、やがて分析に移り、果ては論文執筆に向かってしまう危険性がある。

 だから、こちらで話の主導権を握っておかなければいけないのだ。

「闇の力が暴走して止まらなくなった時期があるらしい。それで、神の力を借りることにした、と」

「神の力……?」

「けど、神の力は誰にも使えなかった。それどころか触れることも出来なかった」

 誰も触れることが出来ない神の力、というと……。

「聖剣のことでしょうか?」

 聖剣には、この世界の人間が触れることが出来ない。

 だからこそ、勇希が異世界から召還されてきたのだ。

「多分。けれど、魔物も神の力には近付くことができなかったので、神に聖剣を賜った地を王都にした」

「はあ」

 つまり、魔物からのお守り石ということだろうか。

 適当に自分で解釈して先を促す。

「再び神の力を借りた。今度は神の力の使い手が降ってきた。使い手は神の力を操り、闇を消した」

「なるほど、それが初代の勇者だったんですね」

 ルガイアは、こっくりと頷いた。

「で、その後は何て書いてあるんですか」

 勇希が続きを促すと、ルガイアはぽつりと呟いた。

「めでたしめでたし」

「え?いや、勇者はその後何処で暮らしたとか、元の世界に帰ったとか……」

「書いてない」

「全く?」

 多分頷いたつもりなのだろう。

 もそり、と緑色のローブが動いた。

「何も?」

また、もそ、とローブが動く。

「そ……っか」

 この世界の人は、魔王を倒した人間のその後には興味がなかったのだろうか。

 そう考えると、何となく寂しいものがある。

「大丈夫」

「え?」

「これは一部。未解読の石版はまだある、探せば続きもあるかもしれない」

言って、傍らにうずたかく積まれた石版を指さした。

「各地には、手つかずの記録が沢山ある。それも調べていく。だから大丈夫」

 ルガイアの言葉は饒舌ではないが、その分勇希への気遣いがじんわり伝わってきた。

「何か分かったら知らせる。勇希は部屋に戻るといい」

「うん、ありがとうルガイア」

 勇希がぺこりとお辞儀をすると、ルガイアももそっと動いてお辞儀をした。


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