世界救済、その後
この世界の全てが異質で、知らないものだった。
生き物も、考え方も、勇希のいた世界とはまるで違って、元居た世界との違いを見いだすたび、泣きそうになった。
それは今から四年も前。
異世界から召喚されて、訳も分からず剣を手に取った頃の事だ。
「もう四年かあ……早いなあ」
視界の果てまで果てなく続く草原を眺めて、勇希は自分がここに来てから過ぎた年月を指折り数えてみた。
一つ、二つと指を折り曲げる毎に様々な事を思い出して、勇希は感慨深げに呟いた。
この世界に来た当初は大変だった。
世界を救う予言の勇者なんてものに強制的に就任させられてしまった勇希は、今まで存在すら知らなかった世界を救う為に命がけの冒険をしたのだ。
それまで剣を持ったことも、馬に乗ったこともないような、『なりたての騎士見習いよりも酷い』状態だった勇希が、予言で選ばれた人間だからという理由で前線に立たされ、剣を振るった。
全てが終わった今だからこそ笑えるが、当時は周囲も含め、この事態に関わった全ての人間が笑えなかった話だ。
何でお前に勇者の資格があるんだ、と責められたのも一度や二度ではない。
こっちにすればたまったものじゃない。
いきなり使命を与えられ、仲間を押しつけられ、戦場に放り出されたのだ。
こんな世界を救う義理は無い、誰が勇者にしろと言ったんだと、散々ごねて、怒って、やり合った。
周囲と衝突した回数は数限りない。
思えば、自分は大層「扱いにくい」人間だったろうと苦笑する。
そんな『勇者ご一行様』も、旅の目的であった世界救済が終わり、半年ほど前に解散した。
思えば彼らとは喧嘩と言い合いばかりだったが、いなくなってしまうとなんとも寂しいものである。
祠祭であったルミナは大神殿で祈りの日々を送っているらしい。
「世界救済の勇者の偉業を伝えてゆきます」
そう言って別れた彼女は、元気にしているだろうか。
外交官であり、貿易商でもあったルーバスは世界中を飛び回っている。
たまにどこそこのお土産だと言って珍しい物が贈られてきたりするから、元気なのだろう。
今勇希がお世話になっているヴァッセ国の騎士のレイクナドは唯一、まだ勇希の身近に居る「元勇者一行」ではあるが、元々馬が合わない間柄だったし、帰国して騎士団長になってからは日々の訓練で忙しく、顔を合わせる事もない。
「暇だなあ」
くあ、と大あくびをする。
全部が済めば元の世界に帰れるかと思ったが、どうやらそうではないらしいと分かったのは、全てが終わった後だった。
予言には、勇者を呼ぶ方法はあっても勇者を帰す方法は見つからなかったという。
それでも、世界の歪みの元凶である魔王が倒されれば、それと対になる存在の勇者も元の世界に戻る事が出来るだろうと言われ、勇希はその言葉を信じた。
結果としては、見事に裏切られた事になる。けれどそれについて勇希は彼らを非難する気にはなれなかった。
魔王を倒すために旅をした世界では、人々は虐げられ、貧しい生活をしていたからだ。
勇者が来たぞ、と言うと、それまで死体のように物を言わずうずくまっていた人間に生気が戻る。
それだけで、彼らがどんな扱いを受けていたのかが分かり、勇希は彼らの目に光を灯してあげられるならなんでもしていい、と思ったのだ。
それほど生きようと必死だった彼らを責める事は出来なかった。
だって自分には、彼らほど生きることに必死になった事は無かったから。
何となく、許してしまえる気になったのだ。
世界救済の旅が終わってからかれこれ半年、勇希は暇を持て余していた。
だって、この世界における勇希の役割は、世界を救うこと。それ以外にない。
勇希のこの世界での役目はもう終わったのだ。
世界を救い終わった勇者は一体どうすればいいのだろう。
王様は、どこか良い土地を与えて領主にしてやると言っていたけれど、勇希はそれを辞退した。
土地を治めると言われても正直どうやればいいのかよく分からなかったし、自分のような異邦人よりも、その土地をよく知っている人に治めてもらった方が良いと思ったのだ。
この城のお姫様は、私が帰りたいというと悲しそうな顔をする。
高貴な人は、心を許せる人が少ないから。
別に私も勇者ってだけで、良い人ってわけじゃないんだけどなあと苦笑する。
この世界を救ったのも、家に帰りたかったから。要するに、こんな所にいたくないよって事だったのにね。
それで旅の時は周りとしょっちゅう喧嘩した。
いや、私が周りに一方的に突っかかっていって、困った周りがあたふたして、その繰り返しだった気がする。
ルミナは気が良かったし聖職者だから、人の不満を聞き慣れていたのだろう。私の愚痴に根気よく付き合ってくれた。
ルーバスは、基本的に私の機嫌が悪いときはあまり接触してこなかった。それでも、たまに見かねたときは、一番シビアなことを言って私をしょっちゅうへこませたっけ。
レイクナドは、無言で剣を差し出す。ここが嫌なら早く世界を救え。そうすれば元の世界に帰してやる。そんな、こっちの世界の人達の考えを無言で示されて、私は何度も何度も剣を捨てては手に取った。
そんな感じだった。
私は勇者様で、腫れ物扱いで、時々物凄く足手まといな異邦人で、それでも決して失われてはならない希望の光。
だからみんな、今にして思えば私の癇癪に本当に根気強く付き合ってくれたと思う。
四年間、魔王を倒す旅で世界中を旅して回った。
星が、それこそ手に取れそうなほど沢山空に溢れていておどろいた。
空気が驚くほど澄んでいた。
異世界の、初めて見る生き物達。
本当なら知るはずもなかった場所の、踏みしめるはずもなかった大地。
今は、四年前に比べて少しこの世界が好きになっている。
けれど、元の世界が嫌いになったわけでもないのだ。