表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

悪魔が家にやってきた。

 悪魔が家にやってきた。

 昨日の晩に起きた出来事を説明するのなら、そう言うほかなかった。しかし、新しいクラスでの「昨日起こった出来事発表会」でそんなことを言えば「僕を今すぐ粛清してください」と公で言っているようなものだ。

 「昨夜、窓ガラスが突然割れました」

 そういうどうでもよい出来事を言っておけば大丈夫だろう。先生も満足したようで、僕の次の出席番号の人を当てた。

 次の人は、スミス鈴蘭だった。人とは言っても、僕のような人間とは違って、天使という類に属する。整った、かわいらしい顔の持ち主だ。背中からは白い羽が一組、控えめに生えている。胸が小さいけれど、それが似合う。今日は、特注品であろう真珠色のブラウスを着ている。人間の衣服を着ると羽が傷んでしまうから、当然特注品だ。肌から衣服、靴までが白いので、汚れが目立つのではないかと心配してしまう。

 「お父様と一緒に、工場の見学に行きました」

 先生はスミス鈴蘭すずらんのかわいらしい声に――たぶん、言った内容自体は聞いてない――微笑んだ。

 「それはよかったですね」

 「はい、まことに」と満面の笑みで受け答えする。

 「では、次の人」

 次に指されたのは、柳佳子やなぎよしこ。彼女も、端整な顔立ちをしている。ただ、スミス鈴蘭と比べると、どうしようもない。柳佳子は僕と同じく人間なのだから。したがって、柳佳子は僕と同じように制服を着ている。

 「昨日は、」――そう言って、一度ため息をふう、と挟む――「本を読んでいました」とつまらなそうな目で先生を見る。先生は何事もなかったかのように次の人を当てた。


 「ホントに驚いた、あれはいきなりだったね」

 帰りながら、ジョンソン太一たいちと話した。話題は、例の、昨日起きた出来事をクラスに発表するもののことだろう。

  「そうだね、あの先生は変わってたね」

 無難な答えを返しておく。

 「そうかもね」と顔をほころばせる。名前の通り、ジョンソン太一も天使階級の男子だ。金髪で、こちらが不安になるほど白い肌の持ち主。ただ、スミス鈴蘭とは違って服は無地の赤シャツだった。

 「思ったんだけど、その制服、窮屈じゃないの?」僕の制服を指さして尋ねる。

 「まあ、走るときとか、ボールを投げるときは少し違和感があるかな」

 「へえ」

 実際そうだった。天使階級の市民たちは、この学校では制服は着なくても良いのだ。僕らのような人間たちは制服必須なのだが。

 いつのまにか僕はジョンソン太一の家の門前にいた。無駄がなく、かつ美しい造形の豪邸が目の前で立ち構えていた。迫力だけで、おお、と感嘆してしまいそうだ。

 「じゃあ、また明日」

 「ああ、また学校で」

 彼は門を開けて、家の中へと消えていった。


 家に着くと、僕は急いで自分の部屋へ向かった。相変わらず、窓ガラスは割れたまま。まあ、入ってきそうなものはこの世で一つもない。いや、一つだけ、か。

 悪魔。

 「おい! やっと帰ってきたな。お前、ここから出せよ」ベッドの脇から、独特な、しゃがれたような声が喚く。

 僕は急いで自分のベッドの横に置いてある、鳥かごに近づいた。時々、かごのなかから黒い手足が蛇のように飛び出てきては中に消える。共に、かごの金属が揺れて音を出す。ガシャン、ガシャン、という風に。なぜか映画で一度見た、刑務所の囚人たちを思い出した。自由を求め、牢屋の鉄格子を揺らす、彼らだ。

 しゃがんで、鳥かごの中をそっと覗く。すると、その、捕らわれた黒い生物が一層激しく暴れだした。

 「おい! 出せって言ってんだろ! 俺がなにかわかってんのか!」

 僕の顔をつかもうと必死に腕を伸ばしてくる。ただ、面白みを感じたのが、その腕が赤子のそれと似ているというところだ。小さくて、無害なサイズ。

 「君は、悪魔なんだよね?」僕はにんまり顔を抑え損ねながら聞いた。

 「お前、それ何度目だよ!」かごから両腕を伸ばして、苛立っている。

 全身が黒くて、具体的な形がとらえにくい。ただわかるのが、目が赤く、こちらを怒り全開で睨んできていることだ。それと、しゃべるたびに開かれる赤い口腔内。

 「なんで、悪魔がここに用があるの?」

 「だから、俺は、悪魔じゃねえって!」

 「だけれど、そんな姿をしている。しかも、この家の、しかも僕の部屋の、窓ガラスを割って入ってきた。どう考えても、悪魔でしょ。普通なら、天使治安維持委員に連絡して、渡すんだけど、こうして秘密にしてあげているんだよ?」そうなのだ。この世界、少なくともこの国の領土内では、悪魔は絶滅したことになっている。もし見つけたらば、天使治安維持委員に連絡して、とらえに来てもらう。報酬もどっぷりもらえるわけだ。

 「ったく、うるせえ奴だな。これはただの間違いだ、間違い。しかも、俺は悪魔じゃない。どう見たって、お前ら人間の周りにいるあの羽を生やしている奴らの方がよっぽど悪魔じゃねえか! 何もしていない俺らを片っ端から殺していきやがって。それに加担しているお前ら人間も同罪だぜ?」

 「何を言っての? 僕は、君のような姿の悪魔たちが人間と天使を害してきた、したがって悪魔たちは絶滅させた、という風に教育されたけどね。天使たちが悪魔という忌まわしい存在を消し去ったから、今の世界は天使が特権階級にいるんだよ。だから、誰も文句を言わない」僕はそう冷たく言い放った。実際、僕は単純に社会の授業の受け売りをしたまで、だ。

 ……社会の授業ではこう言われていた。

 昔、悪魔と天使、人間が平和に暮らしていた。この3つの種族間には争いごとはなかった。しかし、何かしらの拍子で、悪魔の生殖能力が天使と人間のそれを突然上回った。その何かしらの拍子、というのはまだ解明されていないらしい。とにかく、生殖能力が圧倒的になったせいで、悪魔の数は見る見る増えて、天使と人間の数を上回った。それを好機とした悪魔どもは、天使と人間を制圧した。天使と人間の暗黒時代は続いたが、ある時、天使たちが反乱を試みた。すると、成功したらしく、悪魔どもから解放された。

 要するに、悪魔どもは過去の過ちのせいで、この世界からは粛清・処刑された。人間を解放してくれた天使たちは自然と崇められて、特権階級になった。

 「お前、人間のくせに、生意気だ! しかもすっかり天使に洗脳されやがって! お前ら人間と天使は俺たちを悪魔だ、悪魔だと言うけどな、こっちから見たら天使と人間どもが悪魔だ!」

 不思議と、悪魔のこの言葉が僕を揺らいでしまった。

 僕は空気中の架空の一点を見つめた。自分の耳から悪魔の罵詈をシャットダウンした。

 確かに、この悪魔の言うことには一理ある気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ