絵本 ※心臓の弱い方は読まないでください。
奇妙な本を拾った。
大きさは文庫と変わらなかったが表紙と裏表紙が分厚い型紙でできていて本体と一体になった作りになっている。
装丁は無地でただ「わたしのともだち」という題があるだけだ。
きちんと製本されてはいたが出版社名も値段の表記もないところを見ると手作りなのだろう。
中身を開いてみると、左のページにイラストが書いてあってーそれはおそらく猫か犬だろうー拳で掴むようにしか鉛筆を扱えない小さな子供が書き殴ったようなタッチで、四つ足の動物が描かれている。
右側のページへ目を移すと、そこには横書きの一行だけある。大きめの文字で全てひらがなで、こう表記されていた。
『わたしのことをおぼえていますか?』
次のページをめくると、また左側に同じ動物がいる。
先程と違うのは顔の下半分あたりに、胴体が骨になった魚が描かれているところ。口にくわえている描写だろう。
『なまえはミイです。
たいせつにかわれていました』
右側には二行のそういう文が書かれている。
その動物は誰かのペットだったようだ。ミイという名前と魚の絵から察するにおそらく猫だろう。
問題は次のページにあった。
左側にはやはり動物のイラスト、ミイが描かれている。
だがこれまでと違いその絵は逆さまになっていた。それまで四足で立っていたのだが、今回は四まるでころんと仰向けに寝ているかのように足を天に向け、背中を地面につけている。
そして胴体の真ん中から一本の棒のようなものを生やしていた。それの先端には小さな逆三角がついており、前ページの魚から尻尾と背骨以外を取り除いた絵に見えないでもなかったが、そうでないことが右側にある文を読んでみて分かった。
『へいせい19ねんの9がつ7にちに、このろじょうで、やにうたれて、しんでしまいました』
『平成19年9月7日に、この路上で、矢に撃たれて、死んでしまいました』。ひらがなばかりで読みづらいその文を頭の中で漢字に変換し直し、その意味を理解した瞬間、私はなんとも言えない気味の悪さを感じた。
あまりにも拙い絵なので分かりにくかったがイラストは文にあるとおり、動物が矢に射殺されているようにも見えた。
何故、具体的な日付を入れる必要があるのだろうか。そして「この路上」という言葉も気になる。これがただの絵本ならば「猫が道端で矢に撃たれました」でもいいはずだ。
気味の悪いものを拾ってしまった。道の真ん中に置いてあったからといって興味半分に手にとるものではなかった。
ページはまだ残っているようだった。拾ったりしなければよかった、と後悔しつつも私は何故か続きが気になってめくってしまう。
次のページを見ると、もうそこに動物の姿はなくなっていた。代わりに十に似た記号みたいなものがぽつんと描かれている。
少し考えてから死体の絵の次にくるものが、墓標だということを気がつく。
『はんにんをさがしています。
これをよんでどうようしたひとがはんにんです』
ひらがなばかりのせいで文の意味が頭に入ってこない。再び読み直そうとしたがふと止めて本から顔を離した。
さっきから誰だろうか。どこからか呟くような声がしている。
辺りを見回してみる。すると前方のすこし離れた場所で目が止まる。
私はぎょっとした。
電信柱の後ろで半身だけを晒して人間が立っている。
女だった。異様に長く、膝に届くくらいまである黒髪をしている。こちらを覗いているようだったが、その目は虚ろで何も映してなかった。
手に包丁が握られていた。口だけが絶えず動いている。
早口でうまく聞き取れなかったがおそらくは「動揺したな」と同じ言葉を何度も繰り返しているようだった。