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不思議な人。  作者: 薄桜
5/20

音楽を聴いて思う事は人それぞれだ

5話目です。

・・・ではどうぞ

扉を開けると上部のベルがカラランと鳴った。

「あ、美晴ちゃんいらしゃい。」

客の居ない店内で、文紘さんはグラスを磨いていた。

「約束通り来ましたよ。」

ふと違和感に気付く。今日は何か違う。

「あ、サティ。」

カウンターの席に座ると、すぐにおしぼりと水が置かれた。

「当たり、ジムノペディ。よく分かったね?」

少し意外そうだ。

「曲自体は有名じゃないですか、色々BGMで使われてるし、これ幻想的でいいですよね。」

愁いを帯びたピアノの音が、店内に漂う。

澄んだ音に耳を傾けていると、水の隣に注文していないミルクセーキが置かれた。

「はい、美晴ちゃんスペシャル。」

「あ、どもです。」

温かいカップが冷えた体に嬉しい。口に含むと甘さが広がる。

マスターが入れてくれるものと変わらない味だ。

「そういえば、マスターは?」

「昔馴染みのとこに出前。」

「マスターが?」

「店に来れなくなった人のとこで、お見舞いも兼ねてるからしばらく帰ってこないよ。

 ちょっとお願い事もしたしね。」

「はぁ、つまりは友達のとこって事ですか、」

文紘さんは、一つのカップにサーバーからコーヒーを注ぎ口に運ぶ。

私もつられてミルクセーキを口にする。

その間も、曲は流れていた。


「知ってる?」

文紘さんが口を開く。

「この曲は、ギリシャ神話の神々を称える祭りの絵を見て創作されたらしいよ。」

「そうなんですか?」

私の中のギリシャの神のイメージは、もっと荒々しくて、人間くさくて、滑稽で、

こんなゆったりしたものじゃない。抱くイメージは人それぞれなんだな、

「夢のイメージみたいな曲だと思ってました。」

そんな風に思っていた。

「そっか、でも全裸で踊る様子を描いた壷の絵らしいんだな、」

むせた。

「大丈夫?」

「・・・はい、ものすごくイメージとかけ離れてただけです。」

「美晴ちゃん、変な想像した?」

「はい、過分に・・・。」

そっか、と二人して大笑いした。そして、一息ついたところで、文紘さんが口を開く。

「昔の壷を見て遥か古に思いを馳せる、そのサティの物思う部分なんじゃないかなって、」

カップの中のコーヒーを見つめて語る。

「もう信仰する人のいない、物語として伝わるだけの神々。

 そして信仰している人々を閉じ込めた絵・・・ロマンを感じない?」

こちらを見て優しく微笑む。

「全然視点が違うんですね。」

カップを掴む手に力が入る。

「俺も解説聞いて、頭抱えたんだよ。」

思い出し笑いをして、目を閉じる。

「それで、もう一度考えてみた感想。当たってるかどうかは、

 サティに聞いてみないと分かんないけどね。」

そこで、曲は終わった。

「次何がいい?」

文紘さんはカウンターから出て、年季の入ったレコードプレイヤーの前に立つ。

横に置かれたラックに、大量のレコードが納められている。

私も側に行き、曲を探す。

もともとあったジャズに加え、クラシックのレコードが増えていた。

「クラシック好きなんですか?」

一枚づつパッケージを眺め、タイトルを確認しながらスーパーでされた質問を返す。

「まあまあかな? 母が好きでさ、昔は家にいると何かしら流れてて、色々と聞かされたな、

 最近はCDにとって換わられてるから、勝手に持って来たんだ。」

「いいんですか?」

「気付いてないんじゃないかな? これどう?」

ブラームスのハンガリー舞曲 第5番。『チャップリンの独裁者』で使われた曲だ。

「好きですけど、喫茶店のBGMじゃないですよね?」

「まあそうかな、俺もこれ好き。じゃぁ無難にピアノ・ソナタ?」

何故か残念そうだ。

「でも、他にお客さんいないから好きなの流そうよ。」

そういう事か・・・

手にとって選んでいるのは、交響曲ばかりだ。

あれ?

「よく見たら、カラヤンの指揮ばっかですね、」

「ファンだったらしいよ、彼が亡くなった時は、うちの食糧事情が大変な事になってさ、

 部屋閉じこもって出てこなくて、俺は小さかったからあんまり覚えてないけど、

 親父が必死に料理してたのは覚えてるなぁ。」

いかにもおかしそうに笑っている。そんなレコードを勝手に持ち出してるのか?

本当は大事に保管してしてあった物じゃないんだろうか?

複雑な思いでレコードを取り出す。

汚したり傷を付けたら大変な事になるような気がして、妙に緊張する。

「あ、マ・メール・ロア。」

モーリス・ラベルのマザー・グースを題材にした、ピアノ連弾の組曲。

もちろんカラヤンではない。

テレビで所々聞いた事はあるけれど、全部を通して聞いた事はなかった。

「それ聞く?」

「はい。」

そう返事をして、レコードを渡した。


慣れた手つきで、パッケージから取り出し盤に乗せる。

回転するレコードに針を置くと特有のプツプツという音がし、

緩やかにピアノの旋律が流れ始めた。

最初の曲は『眠れる森の美女のパヴァーヌ』。

美しくも儚さを感じるメロディーが空気に溶け込んでいく。

これもBGMには向かないかもしれない。

引き込まれてしまい、聞き流せる曲ではない。

カウンターに戻り、二杯目のコーヒーを注ぎながら文紘さんが言う。

「最近、ここで色々クラシック流してるんだ。」

私はそのままレコードを物色しながら返事をする。

「何か理由あるんですか?」

普段ジャズばかりだから、何となくだと思っていた。

「うん、予習のためにね。」

「予習? コンサートにでも行くんですか?」

「はずれ。」

彼は、悪戯っぽく笑う。

「ここで生演奏やってもらう事になってね、お客さんに予習させてんの。」

そっか、私が予習させられてたんだ。

「音大生につてがあってさ、食事で釣って週末にやってもらうんだ。

 来週の金曜から始めるから、よかったら来てね、ぜひお友達と一緒に。」

後半の部分に力がこもっている。

曲が『親指小僧』に変わった。

湧き上がる水のように、螺旋構造のようなメロディーが流れ出る。

「わかりました。声掛けてみますよ、文紘さんのお給料のために。」

私も後半の部分に力をこめる。

顔を見合わせて、大笑いした。

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