実は何かが変わったのかもしれない
4話目です。
・・・ではどうぞ
「美晴、最近楽しそうね? 何か面白い事見つけたの?」
朝食時、母の言葉に自信作の玉子焼きを口に入れ損なった。
「あ、落ちた。」
あぁ、お茶を飲む母の目が・・・いや、負けられない。
「えと、何で?」
目を逸らしたくなるのを必死に堪えて聞き返す。
「何でって、美晴が楽しそうだからよ?」
母は事も無げに言う。
見るからに楽しそうにしてた・・・のか?
「えー、おねぇちゃん、今何かの作戦やってんのー?」
諜報員1号こと、3つ離れた妹の和歌奈も、興味津々に聞いてくる。
「別に、何もやってないよ。」
作戦ではないと思う。
史稀の事を探っているのは確かに楽しいし、
文紘さんが考えてる『いい事も』気になってる・・・けど、
好奇心が刺激される事がいっぱいで、充実しているのは確かだ。
「えー、何かやる時は教えてよ~また、理佐ちゃんと一緒に協力するからね!」
理沙ちゃんは妹の親友で、私の諜報員2号として活躍してくれている。
聡太くん絡みのネタは、ほぼ全て彼女から提供される。
何故なら彼女が聡太くんの妹だからだ。
よって、彼の事は私に筒抜けである。
「はいはい、まったく立派な協力者が居て、私は幸せ者だな。」
のりの佃煮と一緒にご飯を口に運ぶ妹を見やりながら、お茶を飲む。
あ、口の端にのりが着いた。
「さて、私はもう出る準備しなきゃ、いい報告があったら教えてよ?」
母はそう言い残して、慌しく洗面所に消えた。
何と言うか、母には敵わない。これが、人生経験の差というものだろうか?
・・・って、いい報告って何だ?
その後も、彼を見かける度に声をかけ続けた。
すると今日は、史稀から思いがけない誘いを受ける事になった。
学校からの帰りに、史稀を見つけた。
彼を見るのは、いつもこのくらいの時間だ。
家の側の横断歩道で信号待ちをしている。
信号が変わる前に捕まえるべく、肩にかけた鞄を抑えて全力で走った。
「史稀!」
間に合った。
彼が着るグレーのコートの袖を掴んだ。
信号が青に変わった。
彼は驚いて振り向き、言う。
「・・・またお前か、懲りないなぁ。」
「うん、だって、見かけた、から。」
私は、弾む息を整えながら笑った。
どこか達成感があった。
信号が変わる前に、ちゃんと辿り着けたから。
「見かけても、放っとけばいいだろ?」
信号が赤に変わり、南北方向の車が動き出す。
「何か嫌だ。」
何故かそう思った。
「何で?」
歩行者用の信号機を見て、溜息を吐いている。
「面白そうだから。」
即答だ。
私の行動基準には『面白いか・面白くないか』が大いに係わってくる。
「・・・何だそれは?」
さぁ何だろう? 笑って誤魔化す。
彼は目を瞑って上を向き、しばらく黙り込んだ。
何を考えてるんだろう? 大いに呆れられただろうか?
「じゃぁお前、絵のモデルやらないか?」
信号が青に変わった。
・・・絵?
画家、いやその卵だろうか?
「・・・史稀は画家なのか?」
そう言うと、自嘲気味に薄く笑って
「なりたいとは思っている。」
と、答えた。
そうか、卵か。
ただ反応が解せない。結果が出なくて焦るような年でもないと思うのだが、
まぁ彼には彼の事情があるのだろう。
「普段物を見て描いてはいるけど、人を描いてみるのも面白いかなと思ってな。」
絵を描くためにあんなに真剣に見てたのか。
まさか、記憶するまでって事はないよな?
信号が赤に変わった。
「ふーん、いいけど? あ、ヌードでも描く気?」
後半を冗談めかして言うと、
「そんなものに興味は無い。」
間髪入れずに返された。
別に、自分の容姿に自信があるわけじゃないけど、
そんなに胸があるほうでもないし、美人だとは思ってない・・・けど、
その反応は何だか面白くない。
心の奥に仄暗い炎を宿して質問をする。
「・・・じゃぁ、どんな絵描くの?」
低いトーンの声に気付いたのか、気付いていないのか分からないが、
彼の答えは以前と変わらない。
「目には見えないもの。」
「一体何を描く気なんだ?」
疑惑の目で彼を見つめる。
信号が青に変わった。
「まぁ楽しみにしとけ。じゃ、俺コンビニ行くから。」
彼は私に笑いかけて言い、横断歩道を渡って行った。
・・・あれ?
呆然として立ち尽くす。
正面に見えている店に彼が消え、信号が赤に変わり車が動き始めた。