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不思議な人。  作者: 薄桜
15/20

やられた事はやり返す主義だ

15話目です。

・・・ではどうぞ

パシャ

ファインダー越しの史稀は興味深い。

嫌がる彼を、目の前で撮ってやる時の反応はもちろんだが、

外で見かける、『見えない何かを見ている』史稀。

その彼の後姿と、彼の見るものを一緒にフィルムに焼き付けていく。

そして、その後史稀が描くものと見比べるてみる。


雲を見て、歩き続ける人々を描き。

冬の木を見て、春を待ち眠る花を描く。

揺れる水面を見て、音を奏でる者を描く。


見て、心に感じた事を描こうとしているのはわかった。

・・・だが、何か違う。


ここ最近の定位置。

眉間に皺を寄せてキャンバスに向かう史稀と、彼を臨む位置に陣取る私。

「ねぇ、史稀?」

砂に埋まる時計を描く彼を、ファインダー越しに見つめながら声をかける。

筆も止めずに

「何だ?」

と返ってくる。

「本当はどうしたいの?」

筆が止まった。


心に感じた事とは、つまり直感だ。

描きたいものを思いつくのではなく、

これを違う表現にしたらどうなるか?

真正面からではなく、斜めから物事を見たらどうなるか?

きっとそれを、延々と考えているのだろう。


自分の名前を不釣合いと言い、自分で考えた名を名乗る。

不自然に広い部屋に一人で暮らし、それでいて、特定の部屋にしかいない。

裕福そうな姉が、心配して様子を見に来る。

学校に行ってる様子も無く、働いている感じでもない。

つまりは大人になりきれていない部分がある。

そんな感じだろうか?


「親と何かあったの?」

不思議なものを見るような目つきで私を見た後、目を逸らしながら呟く。

「ある・・・のはあるけど、何でそんな事を?」

明らかに動揺している。

「何か史稀は中途半端だ。」

彼から目を逸らさず、そうきっぱりと言った。

何かを言おうとして口を開きかけるが、声は出てこない。

目を逸らし、何かを考えているのか黙り込んだ。

そしてその後、口から出た言葉は、

「・・・そうだよ、俺は中途半端だよ。」

これは、ひょっとして開き直ったか?

「ずーっと、不満ばっかだったよ。俺だって頑張ってたんだ・・・

 やりたい事我慢して、成績落とさないようにしてさ、

 でも、いくら頑張ってもできて当たり前、ずっと兄貴と比較されて、

 母親の希望の大学入ったのに、当然だって言って喜んでもくれやしない。

 俺の事はどうだっていいんだろうよ。だから中途半端なんだろ?

 これで満足か?」

そうまくし立てると、そっぽを向いて黙り込んだ。

そこには、思い通りにならない事に苛立つ、拗ねた子供が居た。

あぁ、本当に子供っぽい事で逃げてたんだな。

カメラを置いて彼に近付く。

それをどこか警戒した面持ちで、こちらを見ている。

ゆっくりと手を伸ばし、頭を撫でながら静かに言った。

「ったく、図体はでかいくせに、いつまで子供のつもりだ?」

「どうせお前みたいにしっかりしてないよ、」

手を退けられた。

「そんなにお子様だと、あんたの前で2回も泣いた私の方が情けないじゃないか。」

「知るか。」

再び頭を撫でる。

「・・・ちゃんと乗り越えないと、いい男になれないぞ。」

「うるさい。」

今度は、退けられるより前に手を引っ込めた。

「もう放っといてくれ、お前には関係ないだろ!?」

今の挑発が効いたのか、激昂する。

「嫌だ。」

「何で?」

「わかんないけど、もう逃げるな!」

彼は黙った。

「あんたはそれを親に言ったのか? 言ってないんだろ?

 言いたい事は早く言わなきゃ、いつの間にか手遅れになるんだ。

 時間は無限にあるわけじゃないし、その時間を我慢や後悔で消費していくのは、

 勿体無いって思わないか?」

彼は黙ったまま下を向いた。

彼の手の上に、私の手を重ねた。

ったく、こんなにでかい手してるくせに。

「史稀は私に無理するなって言ったけど、あんたは無理しろ。」

肩が震えている。

仕方ない、そろそろ勘弁してやるか、

彼から離れて、カメラを掴む。

「じゃぁ、後は頑張って。」

部屋を出て行きながらそういい残した。もちろん後ろは振り返らない。

いい男になれよ。


4月に入った。

7階を通り抜ける風が、今日はきつい。

妹と二人で干している洗濯物がはためく。

手すりの向こうの景色には、随分とピンク色が混じってきた。

今年もこの季節がやって来た。

何年か先には、楽しめなくなるのかもしれないが、

今はまだワクワク感の方が勝っている。

この季節に生まれて、本当に良かったと思う。

桜を見ると、心がじんわりとしてくる。

そんな物思いを、妹が破った。

「おねぇちゃん、最近お弁当持って行かないね?」

「あー、そういえばそうだね。」

和歌奈のソックスを干しながら返事をした。

あれから史稀には会っていない。あの時点の彼には正直会う気になれない。

彼は今、自分自身で動いて成長しなければならない時だ。

あのままだと、多分ただのニートまっしぐらだろう。

「・・・そういえばって、」

タオルを干しながら、探るような目付きを向けてくる。

「邪魔すると悪いから、放っといてんの。」

そう言って、母のストッキングを洗濯バサミで挟む。

「何が邪魔なの?」

次のタオルを手に聞き返す。

「知ってる? 大人の階段は一人で昇らなきゃいけないんだよ。」

「そうだっけ? 二人で昇る階段もあるじゃん。」

妹は、タオルを掛けながらさらりと言う。

自分のブラを落としそうになった。

「・・・いや、そっちの階段じゃないから。」

喩えが悪かったな、こっちが照れるじゃないか。



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