表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不思議な人。  作者: 薄桜
13/20

素直な感情は人の心を揺さぶる

13話目です。

・・・ではどうぞ

葵と一緒の下校中、史稀を見つけた。

「弟が神経質でね、受験近いからわからなくはないけど、色々面倒なのよ。」

今日は、日常の不満の話だ。

「葵、ちょっとごめん用ができた。」

そう断ると、返事も待たずに土手を下りた。

「あ、ちょっと美晴?」

途中、ポケットからデジカメを出し、背後から一枚撮る。

ピッ パシャ

彼は呆れ顔で振り向いて聞いた。

「いつ来た?」

「今。」

ピッ パシャ

もう一枚。

「ねぇ、今日は何見てんの?」

「空。」

どんより曇っているが、その雲のグラデーションは見事だ。

「ふーん、空はきれいだよね、ずーっと変化し続けて、同じ形はなくて、

 瞬間瞬間が勿体無くなる・・・。」

自然の美しさには、何ものも太刀打ちできない、空を見るとよくそう思う。

「そうだな。」

お互い空を見上げたまま、しばらく会話の無い時間が続く。

空の上の風は強いらしく、雲がどんどん流れて行く。

ふいに、彼がその沈黙を破った。

「あー、弁当ありがと、美味かった。」

「当然、私が作ったんだから。」

つい癖で強気な返事をしたが、素直な謝辞は嬉しかった。

だから、頬が緩んでしまう。

「すごい自信だな?」

「もう、何年もうちのご飯係やってるもん。」

「・・・。」

その表情は、何を考えているか分からない。

「母さんは仕事頑張ってくれてんだから、このくらいやんないとさ、」

「・・・そっか、お前は偉いな。」

「そう?」

「俺なんか、全然だ・・・。」

そう言うと、史稀は遠い目をして黙り込んでしまった。

思考の世界に入り込んでしまったらしい。

まったく、隣に人がいる事を忘れるなよ。

「お弁当、また作ろうか?」

「いいのか?」

よし、戻ってきた。

「菓子パンばっかの食生活は、何か腹立つんだよ。

 ・・・それに、どうせ世話好きですから。」

「・・・お前、根に持ってる?」

「当然。」



冷たい廊下の長いすで、母が泣いていた。

「どしたの?」

母は驚き、急いで涙を拭いて笑った。

「大丈夫よ美晴。何でもないから、」

何でも無いわけ無い。

「父さんそんなに悪いの?」

母は無言で微笑んでいる。

今なら分かる、言葉が出てこなかったんだ。

壁の向こうの病室で、父は眠っている。

突然倒れてから、一度も目を覚まさない。

色々な機械が取り付けられ、電子音が響く。

その音が何か嫌で、廊下に出たら・・・母がいた。


・・・そんなに我慢しないで。


黒い着物で、パイプ椅子に座っている。

白い花で飾られた壇上に、父の写真があった。

母はずっとそちらを向いたままだ。

私はその背中を見ていた。

傍に行くと、きっと無理して笑うから。

父が居なくなったのは悲しい。

でも、機械と繋がったケーブルや、管がいっぱい刺さったまま

眠っている父の姿を見ているのも辛かった。

本人が苦しんでいたのかどうかは、私には分からないけれど、

これできっと楽になれたんじゃないかと、そう思った。


母は無理して笑おうとする。

その顔は見たくない。

母は以前にも増して働くようになった。

生活のためという事もあるかもしれないが、動いていたいんだろう。

だから、私は母の負担を減らそうと思った。

ねぇ、だから泣きたい時は泣いて、

私、母さんが笑えるように頑張るから・・・


「ほら、そろそろ起きろ、遅くなるぞ。」

目を開けると 目の前に史稀がいた。

「お前、結構寝てたぞ。」

ソファにもたれて、持ってたはずのカメラはテーブルに置かれ、

毛布がかけられていた。

何となく視界がにじんでいる。

「また泣いたな。」

そう言うと隣に座って、頭を撫でた。

泣く?

・・・そっか、

「昔の夢見たんだ。」

自分の足を見つめたまま、そうこぼす。

「うん。」

史稀は何も聞いてこない。

相槌だけで、ただ頭を撫でている。

涙がにじんできた。

「・・・寝言、言ってた?」

何も答えない。

ただ頭を撫で続けている。

「ずるいな、史稀は・・・」

人の体温が心地良い。

「泣きたい時は、泣いたらいい。」

まるで人の夢を覗いてたかのような事を言う。

自分が母に対して思っていた事を、そのまま自分が言われてしまった。

「・・・ごめん、ついでにちょっと貸して。」

彼の腕に縋り付いて、しばらく泣いた。

頭をただ優しく撫でられるのが、こんなに心地良い事だったとは

・・・知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ