甘い物には癒しの効果があると思う
11話目です。
・・・ではどうぞ
翌日、『Le sucrier』に行った。
理由は妹だ。家に居ると視線が気になる。
でも、昨日の出来事について話す気は無い。
「こんにちは、」
「いらっしゃい、美晴ちゃん。」
店に入ると、マスターがいつもの笑顔で迎えてくれた。
それだけで、ホッとする。
窓側の席の文紘さんが、手を振っている。
美智留さんも、笑顔でこちらを向く。
二人で、何かの本を挟んで向かい合っていた。
手を振って、カウンターに座ると、
「どしたの? 少し元気が無いように見えるけど。」
磨いていたグラスを置いて、マスターが聞いてきた。
さすがだ。
感服しながらコートを脱いで、マフラーを外して隣の席に置いた。
「昨日考え事し過ぎて、疲れちゃっただけです。」
カウンターに頬杖をついて言う。
「そっか、そうだそんな時にはあれがいい。」
マスターは冷蔵庫から紙の袋を取り出す。
「これ貰い物なんだけど、サービス。」
ミルクセーキと一緒に、シュークリームが出てきた。
粉砂糖で化粧されたパリパリの皮。
切り込みの中は、カスタードと、生クリームが詰められ、
そのクリームの上に、半分に切られたイチゴとブルーベリーが2つ添えられている。
「・・・いいんですか?」
美味しそうだけど、遠慮がちに聞いた。
「どうぞ、疲れた時には甘い物が一番だよ。
それに僕は、あんまり甘いものは食べないんだ。」
マスターの笑顔と、目の前のシュークリームにつられて口角が上がる。
「じゃあ、いただきます。」
手を合わせて頭を下げた。
一口かじると、クリームの甘さが染み渡る気がした。
ブルーベリーの酸っぱさもアクセントに利いている。
「そうやって、美味しく食べてくれる人に食べてもらえる方がいいんだよ。
どうせ、そのうち文紘の腹の中に消えたんだろうしな、」
そう言って笑った。
「なんで、突然俺が出てくんの!?」
窓側の席から抗議の声が上がる。
イチゴも甘い。
ただ、シュークリームは食べにくいのが難点だ。
「お前が来てから、物を貰う事が増えた。」
「ふふーん、俺の魅力?」
皿に戻して、ミルクセーキを飲む。
こちらも甘い。
「馬鹿な事言わんでいい、客に出す店がその客から貰ってばかりでどうする?」
「んー、まぁそうだよねー。」
「だからこうやって、食べてもらえると助かるんだよ。」
あ、話が戻ってきた。
「はい、美味しいです。」
「そりゃ美味しいよー、それ『緑の庭』って店のやつだからね。」
知らない店だ。
「それどこにあるんですか?」
さも自分が買ってきたかのように言う文紘さんに聞いた。
「港の公園あるでしょ? その近くの住宅街にこっそりとあるんだ。」
・・・行く事の無い場所だな。
「さっきの袋に地図があるかな?」
マスターが袋を渡してくれた。
残念ながら、そのシンプルで簡単な地図では、はっきりとした場所は分からない。
ただここは、理沙ちゃんの家から近そうだ。
ふと視線に気付いた。
会話に参加していない美智留さんに、じーっと見られている。
「・・・あの、何かついてますか?」
思わずおしぼりで口を拭いた。
「あ、ううん、何かどっかで見た事ある格好だなって、
そのコートとマフラー。クリスマスの時じゃなくて、もっと前に。」
濃いグレーのコートに、深紅のマフラー。
目立つ配色である。
マフラーは、編み物がマイブームだった時期に妹が編んでくれた物だ。
「美智留、面識あったの?」
「うんん、無いけど・・・何か引っかかるのよ。」
私も、クリスマスの時に初めて会った。
「そうだ、ねぇファミマの反対側のとこで、男の人と長い事話してなかった?」
「はい?」
うちの近所のようなので、私なのかもしれない。
「背の高い、無精ひげの人だったけど。」
史稀だ。
「それなら覚えがありますね。」
絵のモデルをやらないかと誘われた日だ。
「コンビニの中から偶然見てたのよ。何で渡らないのかなって
その後、男の人の方はコンビニ来たから、つい見ちゃったけど。」
「はぁ、」
「あの人彼氏?」
好奇心の顔、期待に満ちた目。
そう見えるのか?
「違いますよ?」
ごく普通に否定した。
みんなそういう話好きだな・・・。
「じゃあどういう関係?」
文紘さんが口を挟んだ。
どういう?
そういえば、史稀との関係って何なんだろう?
無論彼氏ではない。
家は知っているけれど、本名は知らない。
電話番号もメアドも知らない。
会うのは偶然会った時だけ。
こういう関係では、友人とも言わないだろう。
「・・・えーと、知人?」
そっか、そんなものなのか。
「そうなの?」
「そうかなぁ?」
残念さを含む文紘さんと、疑惑を含む美智留さんの声が重なる。
「そうですよ、他に表現する言葉が無いんですよ。」
その後、何故か美智留さんに色々と質問攻めにされ、
文紘さんも、男の立場からの意見とやらを披露してくれた。
静かに耳を傾けているマスターは、口元を緩ませグラスを磨いていた。