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不思議な人。  作者: 薄桜
10/20

人は本当の事を言い当てられると腹が立つ

10話目です。

・・・ではどうぞ


モデルをやらないかと言われてから、1ヶ月が過ぎ年も明けた。

が、いくら待っても、モデルに誘われる事は無かった。

あの話は無かった事になったんだろうか?

やきもきしてきた頃、彼が待っていた。

学校の帰りの夕方。

最初に出会ったマンションの入口に、黒いコート姿の史稀がいた。

「絵が出来たから、来い。」

そう言うと、返事も待たずに歩き出した。

マンションの中に向かって。

「ちょっと、何処行くの?」

「俺の家。」

「家って、史稀ここに住んでんの?」

「ああ。」

・・・確かに、マンションの入り口にいたけど。

ここに住んでるとは思いもしなかった。

ここで最初に会った以外は、全て外だったせいか、

いやそもそも、どこに住んでるのかとか特に考えもしなかった。

そんなイメージが無い。

路上生活とか言われた方が、シックリきたかもしれない。

・・・いや、でもいいコート着てるな。

前を行く背中は、さわり心地の良さそうな生地で、

縫い目もきれいで、仕立てが良さそうに見える

グレーのコートも、感触が良かった。

彼は、エレベーターには乗らず階段に向かう。

そしてそのまま6階まで登らされた。

息が上がって、足が棒だ。

もちろん自分のペースで上がっていくのなら、6階くらい問題ない。

だが、『1つ飛ばしで上って行く大の男の後を追う』なんて事は、もうやりたくない。

先導するなら、ついて行く者の事を考えろっての。

・・・帰宅部の女子高生の体力を、過大評価しないでくれ。

って、6階? しかもうちの真下の部屋じゃないか。

「ここ。」

表札は出ていない。

鍵を開けて、中に招かれる。

人の家は、馴染みのない匂いがするものだが、ここはオイルのような匂いがする。

年頃の娘が、こんな簡単に男の家に入って良いものだろうか?

少し躊躇するものの、いやしかし・・・好奇心には抗えない。

結局中に入ってしまった。

「お邪魔します。」


そこはうちと大して変わらない間取りで、綺麗に片付いている。

・・・というか、生活感が希薄だ。

ファミリー層を想定した物件だと思うのだが、ここはその家族の気配がない。

家具付きの部屋にとりあえず入りました。といった感じで、細かなものが無い。

写真であるとか、些細なメモ書き、そしてインテリアの小物なんてものは一切無い。

粋にセッティングされたモデルルームの方が、よほど生活感がある。

・・・絶対に一人暮らしだ。

少し、自分の浅はかさを呪う。

「こっち。」

示された部屋は、絵を描く場所にしか見えなかった。

キャンパスの載ったイーゼルが真ん中に置かれ、その前に椅子。

その右側に置かれた長テーブルに、画材が置かれ、

左側の壁にラックがあり、キャンバスが詰め込まれている。

後ろには壁に寄せたソファがあり、タオルや脱いだ上着が適当に置かれている。

そして、その前に低いテーブルがあり、コップやパンの袋、ペットボトル等が置いてあった。

食事をする場所になっているのだろう。

これを見る限り、まともな食事をしてないように見える。

他の部屋とは違い、ここは雑然としていて、家にいる時間のほとんどを

ここで過ごしているのだろう。

そこだけに生活感がある。

アトリエなのに生活感というのは、何か違う気がするが、

「ほら、これだ。」

イーゼルには、1枚の油絵が立てかけられていて、彼はそれを指していた。

この部屋に漂う匂いの正体は、油絵の具や、洗筆用のオイルらしい、

描かれているのは、荒野に建つ城の楼閣に咲く、黄色い花。

・・・これは?

見た感じはきれいな絵だ。

だが、ダリやマグリットのようなシュルレアリスムのそれは、正確に理解する事は難しい。

振り返って、史稀を窺う。

「これが、お前の絵。」

「は?」

もちろん人物など全く描かれていない。

穴が開くほど見てみるが、ピンとこない。

「まだ乾いてないから、触るなよ。」

触ろうとした矢先に注意が飛ぶ。

そうか、だから家に呼んだのか。

彼は、私の少し後ろに来ると、立ち尽くしている私に向かって口を開いた。

「一見人を寄せ付けようとせず、一歩退いた場所で偉そうにしてるが、

 そうやって距離を置く事で、弱い部分を隠してる。

 傍若無人な振る舞いで、人を煙に撒いてはいるが、

 結構お人よしで、実は人のためにあれこれ世話焼いたりするのが好きで。

 ・・・お前、そんな感じだろ?」

反論したかったが、言葉が出てこなかった。

「見ず知らずの俺にこんだけ構ってんだから、お前相当な世話好きだろ?」

絵に視線を戻す。

自分を守る城壁に、花が私か。

黄色は確かコミュニケーションの色。

私が観察してたはずだったんだが、逆に観察されてたか・・・。

人に弱味なんか見せたくもない。

世話好きは、否定出来ない。

何だ、単純な発想じゃないか。

納得がいった所で、史稀が言った。

「無理して意地張って強がってばっかだと、そのうち潰れるぞ?」

何を言っているんだ?

振り替えって史稀を見ると、何故か優しい顔をして私を見ていた。

無理? 無理って何だ・・・無理なんて・・・別に

ふいに、目頭が熱くなってきた。

「ほら、そうやって無理すんな。」

頭に手が置かれた。

その手が頭を撫でる。

何度も。

「お前は、全部一人でやろうとせず、もう少し人を頼る事を覚えた方がいい。」

温かいものが頬を流れて、落ちた。

違う、無理なんかしてない・・・私は強いんだ!

「・・・お前じゃない、美晴だっ!」

私は、その手を振り払って、外に出た。

足は棒のままだが、エレベーターを待つのは嫌で、1階分のために呼ぶのも癪で、

再び階段を上り、そのまま家に飛び込んだ。

「何!?」

物音に驚いた妹が、取り込んだ洗濯物を持ったまま顔を覗かせたが、

返事もせず自分の部屋に閉じ篭った。、

「どしたの、ねぇおねぇちゃん!?」

珍しい出来事に対して、動揺しているらしいが、・・・動揺してるのはこっちだ。

布団を被って、考える。

何だ、あいつは?

こんなに悔しかったのは、たぶん生まれて初めてだ。

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