世の中には色々な人がいる
前二作の裏で動いていた美晴さんの話です。
時間軸的には「求める者。」より前で、そこに至るまでの話になります。
今回の(自分への)課題は、「じっくり書く」だったので、
何というか、こう・・・心境の変化とか?考えながら書いていたら、
本編19話+エピローグ1話の、全20話になりました。
という事で、20日間よろしくお願いします。
1日1話の更新になります。
◆◇◆◇◆◇
おー良く撮れてる。また小遣い稼ぎが出来そうだ。
現像したばかりの写真を並べ、その出来に笑みをこぼす。
その時、ワーグナーのワルキューレの騎行の序曲が鳴り響いた。
私は堂々として、踏ん反り返りたくなるようなこの曲が好きだ。
って、聞き入ってる場合じゃない。
作業台の上に置いてあるラスベリーピンクとかいう色の携帯が、
曲に合わせて明滅し着信を訴えている。
もちろんこの携帯の持ち主は私だ。
携帯を開くと「母」と表示されている。
・・・さて、何の頼まれ事だ?
通話ボタンを押して右耳に当てる。
「何?」
「あー美晴? 今家にいる?」
「いるけど?」
「あのね、母さんの机にある写真持って来てくれない? 封筒に入ってるんだけど」
「ちょっと待って、」
携帯を耳に当てたまま、母の部屋に向かう。
母はカメラマンをやっていて、いつも忙しそうだ。
出版社と契約し、結婚式場にも出入りし、おまけに写真集まで出した事がある。
女やもめは大変なのだろうが、楽しそうに仕事をしているので、悲壮感なんてものは無い。
母がどう思っているのか本当の所は分からないけれど、母と娘二人仲良くやっている。
「部屋に来たんだけど、写真の入った封筒・・・っていっぱいあるんだけど、どれ?」
同じような封筒が積み重なっていて、さっぱり分からない。
「上原様って書いてあるから。」
肩で携帯を支えて、両手で探す。
上から3番目の位置に、『上原様』と母の字で書かれたものがあった。
「上に原っぱの原ね? あったあった。」
「ごめんねー、今日急に取りに来るって言われちゃって、
いつもの喫茶店にいるから、じゃあよろしく~」
なんだ、近いじゃないか。
昔から母の気分転換の場所らしい。
『Le sucrier』フランス語でシュガーポットという名の
シックな色使いの落ち着いた店で、コーヒーが絶品だという。
年配のマスターが一人でやっていて、行くといつもジャズが流れている。
長年の常連客の憩いの場といった感じだ。
「はいはい、了解。」
通話を終えると、部屋に戻りコートを羽織る。
携帯と小銭の入った財布、デジカメをポケットに突っ込み、届ける写真を持って外に出た。
しかし、エレベーターで1階に下りると、マンション出入口の
ど真ん中に立ち止まり、道を塞いでいるやつがいた。
おそらく180cmを超えていると思われる長身の男だ。
そんなでかいやつが行く手を阻んでいるのは、邪魔以外の何物でもない。
突っ立って何をしているんだか、私にはただ外を眺めているようにしか見えない。
ただ外にある物といえば、今はサザンカがきれいに咲いているくらいだ。
他には、冬を前に葉を散らしてほぼ裸になった木々や、花の無い常緑樹。
花壇に植えてあった花は、少し前に抜かれて今は土を晒している。
何をそんなに見るべきものがあるのか・・・
こうやって観察していても、時間が過ぎていくだけだ。
封筒を胸に抱えて息を吸い込む。
「すみません、通れないので退いて下さい。」
その男は驚いたようで、すこし肩が動いた。
ゆっくりとこちらを振り返ると、二十歳前後くらいに見えた。
染めていない髪は適度な長さで、結構いい男なのかもしれないが無精ひげが残念だ。
無表情で無口のまま、私を見下ろしている。
「えーと、聞こえてますか? 邪魔なんで退いて下さい。」
もう一度言うと、右側に三歩下がり場所を空けた。
私はどうもと声をかけ通り過ぎ、外に出た。
その間、男は一言も発しない。
振り返って窺うと、道を塞がない位置に移動し、また外を見ていた。
11月も半ばに差し掛かり、気温もぐっと下がってきたというのに、
少し厚めの白っぽい長袖Tシャツに下はジーンズという姿だ。
寒くないんだろうか?
そんな事を考えていると、目が合った。
じっと見過ぎてしまったようで、少し気まずい気分になり、
目を逸らしてその場から逃げ出した。
扉を開けると上部に付けられたベルがカラランと鳴った。
「いらっしゃい。」
そうかけられた声に覚えは無い。
二十台半ば辺りか、かなり見た目の良い茶髪の青年が、トレイを手にして
カウンターにもたれ掛かっている。
「美晴ちゃんいらっしゃい。」
カウンターの向こうのマスターは、いつもの笑顔だ。
アルバイトでも雇ったのかな?
「こんにちは。」
「こっちこっち、早かったわね。」
カウンターのいつもの席に座る母が、手招きをする。
母とマスターと知らない青年とで喋っていたのだろう。
そういう配置に見える。
近くに寄って封筒を渡す。
「近いじゃん。」
一言付け加えるのが重要だ。
「まぁいいじゃない、ありがと。何か飲む?」
私は即答する。
「ミルクセーキ。」
「聞くまでも無かったわね。」
母はそう言って笑った。
「何となく・・・。」
父も一緒に来てた頃から変わらない。きっと変えたくないのかもしれない。
「はい、お待たせ。」
マスターがカウンターに置く。
「早っ、待ってないよ?」
「美晴ちゃんが来るって言うから、先に準備して待ってたんだよ。」
そう悪戯っぽい笑顔で言う。
「うっ、なんか敵わないな。」
「あははははは、聞いてた通りの子だね。」
知らない青年が笑った。
「はい?」
何か面白くない。
そう思っていると母が解説に入った。
「この人はマスターのお孫さんの北川文紘くん。
大学出てそのまま『ここで働く』って、押しかけてきたんですって。」
「いやぁ、就職失敗しちゃって・・・。」
人事のように爽やかに笑う。
・・・それで良いのか?
ではでは、お付き合い頂ける方は宜しくお願いします。
音楽に関するの感想は「薄桜」のものなので、批判は受け付けてないです。
人それぞれって事で!