第四章 「亜人の伯爵」
恒例の魔法説明タイム
とても書きづらいです。
色々微妙ですが……
フィオナ達に案内され、通された一室。
三又の燭台が二脚だけ灯されており、
明かりは限りある者を巻き込み闇に浮かんでいた。
その一つには伯の姿があった。
左眼を覆う蛇柄の眼帯。
それは無数の刀痕、短く太い銀髪と共に、彼の精悍な容貌を際立てていた。
「我がイヴァン・ノクトレーンである。
お前が眞也、異なる地から来た者か。
確かに見馴れぬ姿だ」
低い、が同時にまだ若さも感じさせる声。
容貌と併せると、二十代半ばほどであろうか。
「助けて頂き、ありがとうございました」
「まあそんなに畏まらなくてよい。
お前も馴れぬ地で難儀であろう。
して、この後どうする心算か?」
「実はまだ決めれてません。どうしたら戻れるか解らないですし」
「ふむ……、当てができるまでは部屋を自由に使うがよい。
最近いざこざが多くてな、
何処まで出来るか解らぬが、可能な限りフィオナにも協力させよう」
「あ、ありがとうございます。
でも、何故、そうまでして頂けるのですか?」
「……何故、とは?」
「私も共に帝国軍と戦うのかと思っていました」
「……どうしても戦いたければ止めぬがな、
我は無理強いする気は無いぞ。
それはお前が、お前の意志で決めることだ。
それに誰かを手助けするのに、いちいち理由など要らんだろう」
今日襲われた村が眞也の脳裏に浮かんだ。
檻の外の子供達の屈託なく笑う顔。
檻の中の大人達の覇気なく愁う顔。
なぜ同じ人間の顔なのにこうまで違うのだろう?
檻のせい?
本当にそれだけなのか……?
眞也の思考を遮るように伯が言葉を続ける。
「今宵は疲れたであろう、ゆっくり休むがよい。
とその前に、一応属性を訊いておこうか?」
「属性? 人とかですか?」
「はははは、そうかそうか、知らないのか。
やはり変わっておるな。
おいフィオナ、説明してやれ」
笑うと鋭い犬歯が垣間見えた。
後にジャンに聞いたところ、伯はウェアウルフ族最強と称される銀狼であった。
フィオナの説明によると――、
この世界には、火・水・風・土の四つの属性があり、
命あるものは全て、つまり植物までもが何れかに属している。
下位の階級の者は己の属性に殆ど影響を受けないが、
上位の階級になると、属性を利用した技術――つまり、魔法が使える。
階級が高くなればなるほど、強力な魔法が使え、発動条件が緩和される。
「例えば、私は火の属性で、最高階級の支配者なの。あ、これ別に自慢じゃないわよ」
右手を眞也の方に差し出し、掌を広げると突如、
人魂のような火玉が宙に現れた。
蝋燭のような只在るだけの受動的な飼われた炎ではなく、其処で苛烈な生を彩る攻撃的な焔に見えた。
「これは火魔法の基本中の基本、一番簡単なやつ。
でも下位者は発動するのにすっごく時間掛かったり、そもそも出来なかったりするの。
あと雨が降ったら使えないとか、火が無いと発動できないとか、下位者には人各々制約があるわ」
「ひ、火が無いとって?」
焼ける空気の痛みに顔をしかめながら話す眞也に気付き、彼女ははっとして火玉を掴み、滅した。
「えっと、属性エレメントは属者に力を与えるの。
例えば水属性者は海とか、陸地でも雨が降ってる時とかは、身体能力を含めた全ての技能が上がるの。
当然、魔法も発動し易くなったり威力も上がるわ。
何故なら海水とか雨には水のエレメントが多いからね。
火属性だと、そうねー。
建物にやたら火を点けたがる盗賊とかは、だいたい火属性だと思うわ。
こんな感じだけどどうかな?
ここまで解った?」
眞也はぎこちなく頷いた。
フィオナの言葉の意味はなんとなくは解る。
しかし、
日常に全くない概念、――特に受け入れたら元の世界の秩序を否定してしまうようなそれを受け入れることは、
今までの自己の否定に間接的に繋がので、本能的に躊躇われたのであった。
その意味では、まだ亜人のほうが受け入れ易かったであろう。
進化の過程で自分の世界とは異なる生存競争があったのだと納得させられなくは無かった。
だから眞也は彼女の魔法を見た今でさえ、
きっとなにかトリックが有るのだろうという淡い期待を棄てきれなかったのだった。
「ほんとは階級とか魔法原理とか他にも話すことはあるんだけど、
ふふ、今は止めときましょうか。
でね、
苦手な地形とか攻撃を隠す為に属性を明かさない人も居るんだけど、
眞也の場合、そもそも自分の属性を知らないんだから今から調べてみよっか」
彼女は部屋の隅に置かれていた、飛龍の紋様が施された箱を取り出し、静かに蓋を開けた。
中には丸い水晶が据付けのように青紫の布に埋まっており、彼女は箱ごと眞也に差しだした。
間近でよく見ると、水晶には赤・青・緑・茶、と四色の微小な粒が不規則に廻っていた。
「『精水晶』と言ってな、
触れる者に感応して属性を示すものだ。
手に取ってみるがよい」
不思議な水晶に魅入っていた眞也は伯に促され、おずおずと水晶に手を伸ばした。
すると、触れた先から四色の粒は白色に変わり、粉雪が硝子に積もって行くかの様に水晶全体に緩やかに広がっていった。
「し、白だと? なぜ四色のどれにもならない!?」
「そんなっ!エレメントが皆、反応するなんて!」
フィオナ達が驚きの声を叫んだ時には、
水晶は純白に染まりきり、控えめであるが自ずから輝き始めていた。
彼等の驚愕は、あるいは眞也が今日一日で味わったそれに肉薄するものであったかも知れない。
やがて、
「これは――光の属性」
伯爵は静かに呟いた。
「光の属性とはどのようなもので?」
どうやらフィオナも初めて耳にする属性のようであった。
「光とは、清浄の憐光。治癒を司るものだ。
その属者は限りなく少なく、魔法の存在自体を知る者すら、もはやほんの一握りに過ぎぬ。
今となっては『伝説』という言葉すら相応しくなくなったほどだ。」
「し、しかしっ、俺だって回復魔法は使えますが」
淡々と話すノクトレーン伯とは対照的に、ジャンは声を荒げる。
「お前の回復魔法はあくまで体を活性化させて、回復速度を高めているだけに過ぎぬ。
それはお前の風属性に限らず、四属性全てそうだ。
しかし、光魔法は瞬時に対象者を元在った姿に復することが出来るのだ。
口を裂かれようが、
鼻を削がれようが、
目を抉られようが、
関係なくな」
そう言うと伯は右眼を瞑り、息を吐き、再び言葉を紡ぎ始めた。
「伝説の魔法と呼ばれていた所以は二つある。
まずは、四属性には無い禁忌魔法が二つ有るということだ。
その魔法とは、『死者蘇生』、そして『浄化の光』。
両者とも、発動と引換えに法者に多大な代償を求める。
それが禁忌とされた理由だ。
残念なことに我には魔法の効果は解らぬが」
(『死者蘇生』の効果って死者の蘇生以外に何があるの?)
眞也は思ったが、
勿論言葉にはしなかった。
「もう一つは、先にも言ったが、属性者が極めて少ないということだ。
仮に居たとしても、法者は隠し通して来たのであろう。
もし、知られると、魔法を利用する者、逆に恐れる者によって法者に危害が及ぶのが目に見えていたからだ」
「で、あるならば伯はどうしてご存知で?」
伯はフィオナの問いに答えず、彼の左眼に当てられていた眼帯をゆっくりと外した。
そこには、右眼と同じく鋭い瞳が瞬いていた。
フィオナとジャンは息を呑む。
三年前、伯が失った左眼が確かに其処に在った。
「この眼は光魔法によって治癒されたものだ。
隠していたのは、我が失明したことを知る者が多過ぎてな。
光魔法の存在を誰にも悟られたくなかったからだ」
伯は蛇柄の眼帯を再び填める。
「我は一人だけ、光属性者を知っている。
……いや、知っていたと言う方が正しいか。
その方の御名前は、
シャルル・レインホールド。
フィオナもよく知っているだろう?
今は亡き王女。
そして帝国に囚われの身になられたニーナ王女の姉君だ」
「ま、まさか……、そんなことって……」
フィオナは両手で顔を覆い、崩れるように躯を折った。