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第一章 「Boy Meets」

軽く叩かれる感触に眞也は意識を取り戻した。

ひんやりした滑らかな手が、左頬に当っているようだ。

それは少し締まりが悪くなった蛇口から漏れる水滴のように、ゆったりと一定のリズムを刻む。

眞也にはその感触が心地良く、このままでいたいと感じさえしたが、

十回過ぎた頃、ようやく目を開いた。


「あらあら、やっと起きたようね」


あお向けのまま声に顔を向けた。

左手を膝に掛け僅かに屈んだ女性の、眞也に触れていた右手をゆっくりと戻そうとする姿が見える。


太陽の光を思う存分浴びて輝き、肩まで届かない短さとは思えない存在感を放つ亜麻色の髪。

視る者を捉えて離そうとしない琥珀色の凛々しい瞳。

彼女は夢の続きと思わせるほど幻想的な美しさに満ちていた。


どれくらい互いを見ていたのだろうか、

たった数秒に過ぎないかもしれないが、

彼女の瞳は彼の心に焼き付き、残った。



眞也はようやく話しかけられていたことを思い出し、慌てて上半身を起こし、返事をしようとした。


すると、

「地元の方から不審な男が倒れているとの通報があってな」

眞也が口を開く前に、反対側から声を掛けられた。

悪く言えば馴れ馴れしい、良く言えば親しみのある、そんなテノールの声。

(カップルかよ……)

残念な気持ちを押し殺しつつ、そちらを振り向いてぎょっとした。



男には――、


翼が生えていた。



目覚めたてで頭にこべりついていた膜を、布団のようにひっぺがされた、そんな感覚。

(お、お前のほうが不審だろっ!)

と思いはしたのだが、

口はまったく動いてくれなかった。


黒を基調として白いストライプが二本横に入っている大きな翼は風に(なび)き、今にも飛び立ってしまいなほどの躍動感を放っていた。


よくよく見ると、男には尖った黄色の嘴も生えていた。



とってもいい顔をしていたのだろうか。

固まった眞也を、

「ひょっとして貴方、亜人見たことなかった?」

女は朗らかに声をあげて笑う。


眞也は亜人の意味がよく解らなかったが、

翼を生やした方とお知り合いになるのは初めてに違いなかったので、

勢い良く首を縦に振る。

一回だけでは絶対足りない気がしてもう二回繰り返してみた。


男は驚かれるのが心外だったのか、

「『ジャン様の羽に包まれたい』と麗しき乙女達からは絶大な支持を受けてるんだぜ」

翼を前で交差させ、誰かを抱くかのような仕草を得意げにする。


「へー、初耳。私もされた事ないし。ま、その前にぶっ飛ばすけどね」

「おいおいフィオナ、聞こえなかったのか?

俺は麗しき乙女と言ったんだぜ」

「ちょっと、それいったいどういう意味よ?」

「いや別に。そうかそうか、ずっと憧れてたんだな。

仕方ないから断腸の思いでサービスしてやらんでもないぜ」

「近寄るな、ヘンタイ!」


ジャンと名乗った男とフィオナと呼ばれた女は、

不審な男・眞也を置いてきぼりにして口論している。


放置された彼はとりあえず立ち上がり、

エキサイトしてぷるぷると尻尾を震わせるフィオナを見ていた。


(えっ! 尻尾? しっぽ?)


フィオナはゆったりとしたオレンジ色のワンピースを身に纏っていたが、

後ろの腰あたりから緋色ではあるが、爬虫類のそれを思わせる尻尾をウェーブさせていた。


彼女は眞也の熱い眼差しに気付き、

「あぁ、ごめんごめん。もうコイツほっんとバカなんだから。

私は蜥蜴族、サラマンダーのフィオナ・ローレン、宜しくね」

言い訳になっているか際どい一言を添えて自己紹介すると、ジャンが間髪入れずに続く。

「俺はジャン・グリエールだ。鳥族のヴェズルフェニフル。

気軽にジャンと呼んでくれ。まぁジャン様でも構わないぜ。

で、あんたは?」


初めて見る異人種達で混乱していたが、落ち着こうとごくんと唾を飲み込み、なんとか声を紡ぎだした。


「僕は最上眞也。人間……でいいのかな?

家に帰る途中、突然気を失って、起きたら何故か……ここで不審者になってます」



眞也はようやく異なる世界での第一歩を切ったのだった。




「ふうん、ニホンねぇ。初めて聞いたぜ」

二人から聞いたことから、

ここはリュクロン大陸・旧レインホールド王国のノクトレーン伯領であり、

目の前の二人はノクトレーン伯に仕えている騎士であることが取り敢えず解った。

(大陸とか国もまったく聞いたことないし、

単純に過去とか未来に来たんじゃなくて別次元の世界とか、別の星に来てしまったということか?

でもなんで言葉通じるんだろう?

わっけわかんね)

不思議に思ったが、通じないよりは通じた方がマシだし、

異なる世界のこととかお家への帰り方とか諸々に比べたら些細な事に思えたので、

深く考えないことにした。


まだまだ全然質問し足りない眞也であったが、

「とりあえずさ、眞也の格好とっても怪しいし、後のことはお城でゆっくり話そうよ」

とフィオナが提案した。


ここまで学ラン全否定されるこの世界の文化(カルチャー)が解らない眞也であったが、

これまでの二人の様子と肩書き(笑)から、

たぶんこの人達は付いていっても大丈夫な人達だと判断して頷いた。


「じゃあ……」

「あ、フィオナさん。

あと、もう一つだけ教えてください。

ひょっとしたら兄も一緒にこの世界にやって来たかも知れないんですが、

僕の他に誰も見ませんでしたか?」

眞也はとても重要なことを思い出し、フィオナを遮った。


ジャンは近くの木に止まっていた小鳥と、眞也には理解不能な言葉でやりとりした。

「『あんさんのほかだーれも見てへんでぇ』だとさ」


眞也は、ジャンと地元の方に礼を言った。

(涼兄はこの世界の別の所に飛ばされたか、僕みたいに巻き込まれずに家にいるかだけど、あの兄貴は間抜けじゃないから元の世界にいそうだ。それですっごく心配してるんだろうな……)


眞也がそう思いを巡らせていると、

「ジャン。ちょっとお城まで距離あるんだから、あんたこの子のっけてってあげなよ」

「な、俺は十四歳未満のぷりてぃな女の子しか乗せない主義だし」

「あれー。そんなこと言っていいのかなー?

昨日酔っ払って、下半身隠した翼を通行人の前で突然ばっーーて広げたこと○○ちゃんにいいつけちゃおっかなー」

「ちょ、それとこれとは話が全然べ……」

「○○ちゃん泣いちゃうだろうなー。かわいそう」

「……誠心誠意御案内させて頂きます」

二人は何やら話しがまとまったらしいが、

僕はご遠慮させて頂きたいと眞也は思った。


「私のこともフィオナって呼んでいいから」

そう笑って、彼女は白馬に跨がり、一足早く城に戻っていった。

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