龍神地蔵
龍神の戯れは罰より恐ろしい。
和歌山の山深く、田辺市本宮町の古道を歩いていたときのこと――
夏の木漏れ日が古びた石畳を斑に照らし、苔の香りが湿った風に溶けていた。
急な用を催し、人気のない曲がり角で道を少し外れた。木陰の奥、半ば土に埋もれた古い石像に気づかぬまま、私は用を足した。
終わりに安堵の息をつき、足元に目を落とした瞬間、背筋が凍りついた。それは崩れながらも、紛れもない地蔵の姿だった。
苔むした台座に、かすかに「龍神地蔵」と刻まれている。私は慌てて手を合わせ、深く頭を垂れた。
持っていたペットボトルの水をすべて注ぎ、丁寧に石の表面を洗い清めた。申し訳ないという思いだけを胸に、その場を後にした。
その夜、私は夢を見た。体の中に、冷たくも熱いものが滑り込む。鱗の感触、龍の息吹。暗闇の中で青白い光が渦を巻き、私の中心を貫いた。
龍神は私の血潮に溶け込むように入り込み、静かに微笑んだような気がした。
翌朝、目覚めたとき、下半身に異様な熱があった。それは日に日に強くなり、形を変え、意思を持ったかのように私の内側で蠢き始めた。
触れると鱗のような感触さえあり、夜ごと疼いては私を眠らせなかった。十日目の夜。それはついに私の体から離れた。
自ら動き、宙に浮かび上がり、暗い天井を突き破って星空へと昇っていった。
青い光の尾を引きながら、まるで龍が天に還るかのように――今、私の体には静かな虚空が残っている。
山の古道で、龍神地蔵に詫びたあの瞬間から、私の内なる一部はもう、私のものではなくなっていた。
龍は私の体をほとんど残し、戯れに、ほんの一欠片だけを望まれたのだろう。
私は毎夜、窓を開け、闇を見つめながら待っている。いつか、あの熱い龍が、再び私のもとに還ってくる日を――
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