イケメン侯爵の書類上の妻になりました
※筆者の妄想の異世界です。ゆるゆる設定。
「私が貴女を抱くことはできない」
結婚式を終えた日の特別な夜、調えられた夫婦の寝室で。今日から私の夫となった侯爵家の若き当主が言った。
これから初夜だ、と緊張していた私の耳に届いた予想外の言葉に、緊張は一瞬で吹っ飛んだ。次の瞬間、いままでに読んだ白い結婚の物語が脳裏に浮かぶ。
白い結婚の物語は、結婚初夜に「お前を愛することはない!」と言われることから始まる物語だ。私の中では流行っているどころか沼に嵌っているんじゃないかっていうくらい好きなジャンルである。気が付けば白い結婚の小説を読み漁って……といっても私は貧乏子爵家の娘。高価な本を何冊も買うなんてできないので、時間を見つけては図書館で読む程度ではあるけれど。
私の趣味に全く理解のないすぐ下の妹に「そんなに恋愛小説ばかり読んで飽きないの?みんな大体似たようなストーリーじゃない?」と言われ、
「たしかに同じようなセリフから始まるけれど、たまに似たようなストーリーもあるけれど、作品によって驚きの展開になったり、私は毎回新鮮な気持ちで楽しんでいるの!」
と力説したのを思い出す。妹には呆れられた。
ええっと頭の中で話が脱線しちゃった。いつも読んでる小説のセリフとはちょっと違うけど。私、今、あのたくさん読んだ小説のヒロインみたいな体験をしてるっていうこと?
さっきまで緊張して手汗までかいていたのに、今はちょっとワクワクしてきた。私にとって物語を読むことは現実には起こらないことを疑似体験して楽しむものなのだけれど。まさか自分があの大好きな婚約破棄の物語みたいな体験ができるなんて!
一体どんな理由で私の夫になった人は白い結婚宣言をしたのかしら!
侯爵の顔を見ると、にらみつけるような視線ではない。馬鹿にしたようなニヤニヤした顔でもない。私に対する敵意や悪意のようなものは感じない。もしかしたら、すごく緊張してるのかしら?
えっと、状況がわからないと私がどうしたらいいのか判断できないし。まずは話を聞くしかない。
「白い結婚ということでしょうか」
「そうだ」
3文字で返ってきた。その後、沈黙。侯爵の表情は真剣で、言葉を探しているように感じた。
これはワクワクしていられないやつだー、と私の心の中のテンションが少しづつ落ち着いていく。白い結婚の理由はとても言いづらいことなのかもしれない。
「侯爵家の血筋は貴方様お一人と聞いています。子を産むことが私の義務と思っておりました」
「親戚筋から養子を取るつもりだ。貴女に子を産んでもらう必要はない」
子供がいらない?じゃあ、なんで。
「なぜ結婚を?」
当然の疑問である。
やっぱ愛人?親戚筋と言いつつ愛人の子を養子にするやつかな?なんて妄想する。
「それは………」
その後、侯爵は自分の事情を話してくれた。
いやー、聞いてびっくりしたわ。
白い結婚のストーリーで1度も見たことがない話を聞くことになりました。まあ、あくまで私の観測範囲で、だけれど。
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時間を少し戻して結婚式の前段階。
私と侯爵がなぜ結婚することになったかを振り返ろうと思う。
私たちは恋愛結婚ではない。婚約を決めたのは当主である父だ。婚約者の名前を聞いた時は嬉しさよりも、え、なんで私と?という言葉が口から勝手に零れ落ちた。
侯爵家は歴史のある貴族の一族で爵位が高い。侯爵は両親を事故で一気に亡くし、急に爵位を継いだ苦労人との評判である。爵位を継いだ当時はまだ少年といわれるくらいの年齢で、若さゆえに周囲から心配されたそうだけれど、才覚を現し、現在は領地経営もうまくやっているらしい。
要するにお金持ち。整った顔立ち。性格も温厚との評判。王族の第二王子とは同年代で覚えもめでたい。貴族令嬢達にとって超優良物件の結婚相手で婚約者がいない侯爵は、多くの家から婚約の打診があったはずだ。それなのに、侯爵は20代半ばになるまで浮いた噂もなく、婚約をすることもなかった。
そんな侯爵に対して、私は平凡な顔立ち。平凡な頭脳。実家は貧乏な子爵家。ただ貧乏なだけでなく、かなりの貧乏で、婚家に資金援助をしてもらおうとしている。
結婚を決めてきたお父様は、ダメ元で釣り書きを送ってみたら了承された、なぜだ、と言っていた。釣書の条件に結納金を払う余裕はない、むしろ結婚したら親戚になるので貧乏な子爵家へ資金援助をしてほしい、と書いたらしい。結婚のメリットがない釣書を見てなぜ了承した、侯爵家。
それとお父様、ダメ元って言いました?ひどくないですか?私にはそれは隠しておいて欲しかったです。
いや、もちろん、ねえ。普通は貧乏な子爵令嬢と結婚したい人はいないでしょう。条件だけ見たら、私はモテない。それくらいは自覚ありますよ。学園に通っていた時も、同性の友達はいたけれど、異性といい感じになることはなかった。
でも私と結婚するって決めたってことは侯爵は何か私に魅力を感じたってことなんじゃないの?
もしかして。もしかして自分が知らない間に一方的に惚れられているなんていうロマンス小説のようなことがあったんじゃない?なんてほんのすこーしだけ心のすみっこで期待していたのだけれど顔合わせの時に初対面だと侯爵ご本人から言われました。
ロマンスなんて私には起きていなかった。しばらく気分が落ち込んだわ…。
という事情があったので。
なぜ結婚相手に私を選んだ?というもともとあった疑問のほかに、
結婚したのにどうして、血筋が絶えそうな侯爵家の子を産む必要はないの?養子を取るより妻に子を産ませた方が色々面倒ごとがなくていいのに。って、疑問が上乗せされたのでした。
侯爵は誠実に自分の事情を話してくれた。そして私はその事情を聞いて納得した。仕方ないねって。
それに今までの侯爵の人生、大変だったねって同情した。
侯爵の事情を知るのは、侯爵の右腕の執事や侍女長など、屋敷の中でも信頼できる一部の者のみ。今日からは私もその1人に仲間入りした。
体の関係はない書類上の夫婦になるけれど、私は侯爵の友人になりたいと思った。話をして侯爵は素敵な人だってわかったから。
今までが大変だったならこれから幸せにならなきゃ。
これからの侯爵の人生を幸せにするぞ、と書類上の妻は決意したのだった。
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結婚後、私が新しい生活に慣れた頃合いを見て、侯爵は、侯爵の叔父の家から養子を取ることを決めた。
跡継ぎのための養子というと赤ん坊をもらうことも多いけれど、義息子は成人まで後数ヶ月という青年だった。
侯爵は侯爵位を早く手放して自分は表舞台を退きたいという希望があって、そのために早く跡を継いでくれる養子を望んだ。その事を叔父に相談したら自分の次男を推薦したという。義息子自身も爵位を継げない次男でいるより、養子になって侯爵家を継ぐ事を選んでくれた。
養子が決まった日の夜、侯爵と2人きりになったときに私は疑問に思っていたことを口にした。
「成人間近の次男を養子に出す事を義叔父様はよく了承してくださいましたね」
子供を一人前の貴族に育てるにはお金がかかる。跡継ぎの長男ではないと言っても成人間近まで育てた息子をほぼ対価なしで養子として送り出してくれた。
「もしかして義叔父様は侯爵の事情をご存知なのですか」
「私から話したことはないが気づいておられるようだね。もしかして父が話したかもしれない。こんなにいい条件で息子を養子に出してくれるなんて普通はありえないからね」
縁もゆかりもなかった私と結婚したくらいだから孤独な方なのかと思っていたけれど、ちゃんと愛されている人だった。
「味方がいるって、心強いものですね」
「貴女も私の味方でしょう?心強く思っているよ」
うわぁ。書類上の夫婦なんだけど。夫婦ののろけみたいなこと言われた!嬉しい!
侯爵は心もイケメンだわぁ。
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義息子はすごくいい子だった。頭も良いし、性格も良い。私より少し年下なだけなのに、けじめだからと義母様と呼んで敬意を持って接してくれる。侯爵の事情を説明すると、では1日も早く侯爵を継げるように頑張ります、と気合いを入れていた。なんていい子!
義息子は侯爵の右腕として働いている執事にも懐いて、侯爵家を管理するための仕事をどんどん覚えている。
順調なら来年には侯爵の仕事をすべて義息子が引き継げるようになるだろうとのこと。その前に義息子の婚約を調えるのが義親にできることかしら。と考えていた矢先、かねてから侯爵と交流があるという第二王子から夫婦で呼び出された。
「侯爵!どういうことだ!こんな素敵な女性を妻にしたのに結婚早々養子を取るなど!差し出がましい事かもしれないがまだ2人とも若い、子供を諦めるには早すぎるのではないか!奥方、貴女は納得しておられるのか!大体侯爵、お前はいつも……」
第二王子が怒っている。怒っているけれど私は初対面の第二王子の好感度は上がる一方です。ねぇ聞こえてました?私のこと、素敵な女性ですって!素敵な女性!素敵な女性!大事なところなので強調してしまいました。まあリップサービスでしょうけれど。でも王子様に褒められたら嬉しいわぁ。
怒っていると言っても第二王子は自分のイライラをぶつけてるのではなく、私たちの心配してくれている。侯爵によるとお2人は親友と言ってもいい間柄だそうだ。侯爵だけでなく私も一緒に呼び出したのは私を気遣ってくださっているからでしょう。
ひととおり言いたい事を言ったのか、第二王子の言葉が途切れたタイミングで私は発言をする。
「第二王子殿下、この度養子を迎えたのは2人で話し合って双方が納得して決めた事なのです。私は侯爵家で幸福に暮らしております。心からのお気遣いに深く感謝申し上げます」
私の言葉に第二王子は納得しない。
「しかし奥方……貴女は本当にそれで良いのか」
「はい」
第二王子の表情を見ていると王族の仮面を脱ぎ捨てて素で親友夫婦の心配をしてくれているかのようだ。
私は侯爵にこっそり耳打ちをした。これだけ親身になって心配してくれる第二王子様にならば事情を話しても良いのでは?と。権力のある人を味方にすると心強いという打算もある。
「しかし……」
と、侯爵はためらっている。王家に知られてしまえば取り返しがつかないかもしれない、と思っているのかもしれない。でも。
「きっと大丈夫ですよ」
この第二王子なら、たぶん大丈夫だと思う。私を素敵な女性と褒めてくれたこと……はとりあえず置いておいて。なんとなく、大丈夫だという勘が働いている。
侯爵は私の提案を汲んで第二王子に人払いを頼んだ。第二王子は応じて侍従や侍女、近衛まで部屋から出す。
部屋に残ったのは第二王子と侯爵と私の3人。
さあ、侯爵の秘密を打ち明けましょう。
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「私は女なのです」
侯爵が話を切り出すと第二王子が固まった。目を見開き、口も開いたまま。たっぷり1分は過ぎた頃、掠れた声で「冗談を申すな」と言った。
びっくりしますよねー。わかりますわかります。私も結婚式の夜、同じ衝撃を味わいましたから。付き合いが長い分王子の方が衝撃が大きいかもしれません。侯爵の言葉だけでは足りないようなので私も補足します。
「本当のことです。私も驚きましたが、その、体を確認しております。侯爵は間違いなく女性です」
最近は一緒に風呂に入って、湯に浸かりながらまったりとおしゃべりをしたりする。書類上の夫婦の仲はとても良い。友人として。
「……いつから女だったのだ!」
第二王子はこんらんしている!
生まれたときからですよー。
侯爵が第二王子に生い立ちを説明する。
侯爵が生まれる前から侯爵のお母様は跡継ぎを産むプレッシャーにさらされていた。何度か流産してやっと生まれた子供は女の子だった。
侯爵のお母様は待望の子が女だったと認められなかったようで、侯爵は子供の頃から男として育てられた。物心ついた頃には侯爵本人もおかしいと気づき始めたけれど、お母様や事情を知らない周囲も男として扱うし、侯爵もお淑やかな女の子の遊びよりも男の子の遊びが好きだったから幼い頃は思いっきり遊べて好都合とすら思っていた。
いずれ成長すれば女性として振る舞わなくてはいけなくなる日が来るし、それまでは男性として振る舞おう、と侯爵は考えていたけれど結局その「女性として振る舞わなくてはいけなくなる日」は来なかった。
ご両親が突然事故で亡くなった。
1人息子として育てられていた侯爵は当然跡継ぎと見られていた。この国では女性の爵位継承は認められていない。しかし両親が急にいなくなった悲しみと混乱の中、若いからと気を回した周囲の人がいつのまにか手続きをしていて侯爵は侯爵家当主となってしまった。
さらに幸か不幸か侯爵は身長が伸び、スラリとした男性的な体つきに成長した。成人してからも女と疑われることもなかった。
身近にいた第二王子も気がついてなかったものね。
腰が大きくて女性らしい体型の私とは違い、非常にスレンダーな体つきで、身長は女性にしては高い侯爵。男として振る舞うために意識的に身体を鍛えているそうで、筋肉も程よくついて引き締まった侯爵はかっこいい。時々見惚れてしまう私である。
結婚を急かされるようになり、持ち込まれる釣書の量や娘はどうかと紹介して来る貴族たちに辟易していたところ、侯爵の執事が推薦したのが私だった。
実は私と侯爵とは面識がなかったんだけど、執事とは面識があった。執事が困っているところを偶然通りかかった私が助けたのだ。執事は普段にこりとも笑わないポーカーフェイスの男なので、助けたことを喜んでいたことも私は気づかなかったのだけれど。執事は内心で「使用人にまで優しい令嬢……!」と、すごく感動していたらしい。
執事は侯爵に送りつけられる大量の釣書に混じっていた、お父様がダメ元で出した私の釣書(まだ根に持ってます)を見つけて、私なら侯爵を助けてくれるんじゃないかと。賭けてみてはどうかと推薦したそう。
執事は侯爵を今の立場から解放してあげたいと思っていた。結婚しない限り釣書は送られて来るだろうし、侯爵が侯爵を穏便に辞めるには跡継ぎが必要になる。しかしこの国では独身で養子を取るのは難しいことが調査の結果判明した。だから結婚して養子を取るのが問題が解決する一番良い方法だと考えた。けれど、万が一にも侯爵が女であることを言いふらすような妻を迎えてしまうと面倒なことになるし、最悪、侯爵が法を破ったと罰せられてしまうかもしれない。
それで侯爵は穏便に書類上の結婚がしたかった。
結果的に白い結婚になってしまう。それを怒らない、養子を取ることを認めてくれる令嬢を選ぶ必要があった。
侯爵と執事の賭けは成功した。
私は侯爵が女性として生きたいという目標を応援しているし、そのために必要な跡継ぎの養子も快く受け入れている。侯爵や執事に混じって義息子の教育にも関わっている。
あの日、侯爵は「愛することはない」ではなく、「抱けない」と言ったけれど、これは侯爵の誠実さと願望が同居した言葉だった。
夫婦としては「抱けない」けれども、「愛すること」はあるかもしれないと希望を持っていたんだって。結婚前、侯爵はできれば私と友人になりたいと望んでいた。そして今は幸せになる手伝いをすると言った私に友としての愛情を持っている、だから愛さないと言わなくてよかった、と綺麗な顔で笑って教えてくれた。侯爵は私に対していつも誠実だ。そんなちょっと不器用でカッコイイ侯爵を私も愛さずにはいられない。
「女性として生きるとは、どうするつもりだ」
ずっと話を聞いていた第二王子が侯爵に質問をする。
「まずは侯爵家を義息子が継げるように引継ぎをしっかりします。その後、頃合いを見て私は死んだと対外的に発表しようと思っています」
「そこまでしなくてはいけないのか……」と、第二王子が唸る。
「爵位の継げぬ女が侯爵だと知られたらどうなるでしょう。私は注目されることを望みませんし、元々侯爵家には跡継ぎの男などいなかったのです。死んだことにするのが1番いいと考えました」
侯爵は自分の死をいずれ発表するのは決めたことだとキッパリ言った。反論してこないところを見ると第二王子もほかに良いアイデアはないのだろう。
「……そうか。その後はどうする」
「まだ決めかねています。今はまだ余裕がなくて。時間ができてからゆっくり考えます」
第二王子は大きく息を吐いてしばらく考え込んでいたけれど。
「……この話は私の内に留めておく。今日は急に呼び出して悪かった」
そう言って私たちに退出を促した。
部屋を退出する前、私の耳は第二王子のひとりごとを拾ってしまった。小さな声だったけれど私、耳がいいのよ。
「私は男色ではなかったのだな」って。
急いで侯爵の顔を見たけれど、第二王子の声は聞こえていないようだ。
第二王子を振り返るとちょっと耳が赤くなっている気がする。
これは…もしかして…
第二王子は自分はスペアだから、第一王子が立太子して、跡継ぎが生まれるまでは自分は結婚しないって宣言していて、未だ独身なのよね。
もし、女として生きることができるようになった侯爵が第二王子とともに生きる選択をしたら。
侯爵は少なくとも友人としては第二王子を好いていると思うのよね。
これって、もしかして、もしかするかも?
たくさんの小説を読んで鍛えられた妄想力が爆発してしまった。
帰りの馬車の中で私は何度もニマニマと笑っていたらしい。侯爵は私が悪いものでも食べたのかもしれないと本気で心配して家に帰ったら医者を手配してくれた。優しい。
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その後。今後の後始末を考えると侯爵の叔父様や私の両親にも話をしておこうということになった。
侯爵の叔父様のお屋敷を訪ねると、侯爵の亡くなったお父様から聞いて侯爵が女と知っていたけれど叔父様自身もどうにもできず結局侯爵に苦労をかけることになってしまって申し訳ないと謝罪してくださった。さらに今後も協力を惜しまないと言う。侯爵(男)を書類上死亡させたら、叔父様の家で親戚の女性として迎え入れるのはどうかと提案してくださった。
侯爵はそこまでしていただくわけには、と遠慮していたけれど、私は第二王子のひとりごとを聞いてしまったので、それはお願いしたほうがいいのではないか、と心に留める。
私の両親は侯爵家の方まで出向いてきた。侯爵様に足を運んでいただくなんてとんでもない、こちらから伺います。と手紙が届いたのだけれど、これは表向きのこと。内実はボロい子爵家にお招きするのは気が引ける、もてなす金もないと言う身もふたもない理由である。
実際おもてなしするのにもお金がかかるのもわかる。実家の貧乏具合も知っている。それで私は美味しいお茶とお菓子を用意して待っていると言ったら妹たちもついてきた。
妹たちにまで話はしなくていいだろうと、気の利く義息子が妹たちの相手をしてくれている間に、私の両親に侯爵の事情と今後の計画を話した。
私の両親は驚いていたけれど受け入れてくれた。特にお母様は侯爵の亡くなられたお母様に同情的で、ハンカチをびしょびしょにしていた。私の実家の子爵家は私を筆頭に女5人。さらにその下に私とは10以上歳の離れた長男がいる。跡継ぎを生むまでのお母様も大変だったんでしょうね。
書類上のこととはいえ、侯爵が死ぬと私は未亡人になる。侯爵は希望するなら実家に戻ってもらってもいいし、そうなったら子爵家へ資金援助を追加するよう義息子に話してあると約束してくださった。両親も私の好きなようにしたらいいと言ってくれた。
両親との話し合いを終え、妹たちと合流する。そこには私のすぐ下の妹と意気投合した義息子がいた。随分と仲睦まじい様子。
これは……
義母として義息子の結婚相手を探す仕事、なくなってしまったのでは……?
あとで義息子に、白い結婚の小説に理解のない娘が妻になってもいいのか、探りを入れておこう。将来の夫婦円満のためのリサーチです。ほら、価値観が違うと大変だから。ね。
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私が書類上の結婚してからあっという間に2年経過。義息子は私の妹と結婚し、侯爵の実務を引き継いだ。
侯爵は1人で旅行に出かけ、そこで身を隠し、失踪した。旅行先の人たちが侯爵が消えたと侯爵家に連絡をしてきたのでその情報を王家に報告し、侯爵は行方不明の届が出た状態のまま今に至る。
この国では1年以上行方不明の人間は死亡したとみなして手続きをすることができるようになるけれど、そうなると葬儀をしたり来客の相手をしたりと、とにかく忙しくなってしまう。行方不明のままならとりあえずそういった繁忙を先送りできるので、先送りすることにした。
なぜなら妹は妊娠中。義息子との間の命が宿っていた。子供を無事に産んで育てるのが最優先です。
待ったなしの妊娠出産子育てに比べて、本当に亡くなったわけじゃない元侯爵の死亡手続きや葬儀などは急いで行う必然性がない。
実害があるかと考えても私が未亡人になるタイミングが遅くなるくらいかな?
でも今の生活も結構充実しているから、とりあえず今のままでもいいかな、と思っている。最近は悪阻に苦しむ妹のケアをしたり、妹の侯爵家の仕事を分担したりしていてなかなか忙しく、義息子と執事と共に侯爵家の仕事を忙しくこなしているし。妹の子が生まれて来るのがほんとに楽しみなのよね。生まれて来る子は書類上は私の孫だし。そうなると私は子供産まなくても困らないのよ。
私の書類上の夫、元侯爵は義叔父様の養女になるべく手続き中。もう行方不明の元侯爵の身分は関係なく過ごしている。
義息子夫婦は出産子育てに集中したい。
私は侯爵家で暮らして書類上の孫を見守りたい。
みんなの思惑が一致して、元侯爵の葬儀は絶賛先送り中です。
そんな感じで状況に流されつつ暮らしている私に対して、かわいい義息子は、
「せっかく義親子になったんだし、遠慮せずにずっと侯爵家で暮らしてください」と言ってくれたし、妹には、
「子供も生まれるしお姉ちゃんがいてくれると心強いな」と甘えられたし、
執事には……愛を囁かれている。
執事は侯爵の右腕だったが、今は跡を継いだ義息子の右腕として侯爵家を支えてくれている。執事は侯爵と同年代で優しくて気遣いができるいい男。私がこの侯爵家に嫁ぐきっかけをつくったのもこの男だ。
私、書類上は人妻なので後ろ指を差されるようなことはしていないけれど甘い言葉に弱いのよね。一緒に過ごしていると楽しいし。うん、流されてるなぁ。
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さらに1年経った。妹は可愛い男の子を産んだ。侯爵家の未来の跡継ぎはすくすくと成長していて嬉しい限りだ。
ある日、義息子と妹、執事と共に侯爵家の庭でお茶をしていると、来客が告げられた。
相手を聞いてすぐに通してもらうと、大切な友人が現れた。
「貴女の結婚式以来ね。なんて呼んだらいいのかしら。もう旦那様じゃないものね」
笑う私の目の前にはスラリとした長身の美女がいる。
「好きなように呼んでほしい。これからは堂々と友人として会えるしね」
元侯爵、行方不明と対外的に発表されている私の夫は問題なく義叔父様の養女となり、本人が願っていたように女性として生きることになった。そして、
「私もいるのだが……」と、隣で拗ねているのは元第二王子。
先ごろ彼は王位継承権を放棄し、臣下になり公爵を賜った。そしてかねてから懸想していた令嬢を妻に迎えた。書類上の私の夫は義叔父様の養女から公爵夫人に華麗に転身していた。
整形などはしていない。身長も体形も変わっていない。それでも髪を伸ばして化粧をしたら、もう女性にしか見えない。元第二王子の暑苦しい愛情もその変化に一役かっていると思う。愛はすごいね。
「それにしてもわざわざ訪ねて来るなんてどうしたの?何かあった?」一応元侯爵にとってここは元自宅なので、疑われるような行動は控えておこうと話をしていたはずなんだけど。
元侯爵、いや公爵夫人に尋ねれば「義娘のたっての願いとなれば来ないわけにはいかないよ」との答え。
妹の顔を見るとウインクが返ってきた。
公爵夫人は私の希望なのだけれど、と前置きして、「そろそろ私の元の身分の死亡届を正式に出さないか?」と言った。
「なんだ、そんなこと。いつでもいいじゃない?急ぎで呼び出す話ではないわ」
急ぐ話ではないと妹に言っても、
「そんなこと、じゃないわ。そうしないとお姉様は執事と結婚できないじゃない」と頬を膨らませる。
「私も貴女と執事の友人として2人には幸せになってほしい」と元侯爵、現公爵夫人。
「執事と義母上が結婚してくれたら嬉しいな」と義息子。
「執事は子爵家の出身だろう。身分も問題ないし、結婚したらどうだ。結婚はいいぞ」と、自分の妻の腰を抱きながらドヤる元第二王子。
義息子と妹はともかく、私と執事の関係を元第二王子まで知っているのにはちょっとびっくり。
こんなに祝福してもらったら、嬉しくないわけがない。隣に座る執事の顔を見ると、ポーカーフェイスの彼の顔が少し緩んでいる。私と結婚できるのがそんなに嬉しい?私も嬉しいわ。私が手を伸ばして隣に座る執事の手を握って微笑みかけると、執事は私の手を優しく握り返してきた。大事にされている力加減。庭で集まっている人たちの間で祝福の拍手が沸き起こった。
白い結婚の恋愛喜劇には色々お約束なストーリー展開がある。
私の観測範囲では白い結婚を言い渡されたヒロインのほとんどがエピローグで自分を愛してくれる素敵な男性と結ばれてハッピーエンドになる。
私の隣には私を愛してくれている素敵な男性がいる。
物語みたいな白い結婚宣言で始まった私の話。
そろそろ、私もハッピーエンドを迎えてもいいかもしれない。




