4/2 Splash!その4
試合開始。ボールを保持する俺のもとに、栗谷先輩が圧をかけてくる。左足を出して、腰の右側にボールを避難させる。左右に散った猿田先輩とコタ先輩にちらりと視線をやると、二人ともこちらを見ていた。
「……」
「かかってきなさい後輩君!」
猿田先輩には紬先輩がマークについている。彼女が実力者だと話を聞いたからか、その立ち姿に威圧感のようなオーラを感じる。正直言って怖い。なぜか先輩よりも俺の方を見ている気がする。パスカットを狙っているのだろうか、普段だったら一度通るかどうか試してみてもいいと考えるところだが、めちゃくちゃカットされそうなので一旦やめておく。
コタ先輩は鹿又先輩となにやら話している。両者ともこちらに視線を向けてはにやにやと笑っている。嫌な先輩だ。パスを出したくなくなった。
こうなったら、一度正面突破を試みよう。目の前の栗谷先輩に目を向ける。うん、右に行こう。
「ふっ」
一息にドライブして横を抜ける。一拍遅れてついてきた栗谷先輩を押しやるように腕を張る。ペイントエリア手前まで走ったところで、コタ先輩についていた馬原先輩が進路を塞いできた。背がでかい。これ以上は進めない。
「ヘイ!」
マークから外れたコタ先輩が、右後ろから声を出した。パスを出す——
「え」
「おお、やる!」
ふりをして、ゴール下に切り込んできていた猿田先輩にパスを出した。シュートを防ごうと腕を上気味に構えていた鹿又先輩と、フリーになったコタ先輩を気にしてそちらに一歩寄っていた栗谷先輩の間に隙間ができていた。猿田先輩を追いかけてきていた紬先輩の指先をかすめたボールは、しかし無事に猿田先輩の手中に収まった。
受け取った猿田先輩はそのままゴールを決めた。
「ナイスっす」
「いや、ナイスパス!つむ対策の忍び足が刺さったわ」
「おまえら、やるじゃん!ほら、ディフェンスだぞ!」
バック走で下がる。オールコートでの試合なので、ハーフライン辺りまで。速攻はしてこなかった。
ボール運びは栗谷先輩だ。マークマンなので、そのままディフェンス。ドリブルはそこそこに、パスが出される。紬先輩の元にボールが渡った。
「ちょっと寄ってくれ!」
猿田先輩の表情は、今まで見たことのないくらい真剣だった。もしかしたら、中学で最後の試合よりも真剣かもしれない。視界の端に栗毛色が映るようにしながら、体を寄せた。
紬先輩がドリブルをした。一回。ダムと弾んだボールがその手に戻ると急加速して切り込んできた。進路を塞ぐように……駄目だ、間に合わない!
真横からプレッシャーをかける。猿田先輩と挟み込む形でディフェンスするも、そのままゴール下へ。紬先輩は両手でボールを持ち、跳躍。それに続くが、届かない。それどころか、なんだこの体幹は!逆にはじき返される形で、尻もちをつく。ボールはもちろん、リングを通った。
完璧なダンクだった。
「大丈夫……?」
倒れている俺に、紬先輩が手を差し出した。ちょっと躊躇した後に、その手を借りて立ち上がる。
「ありがとうございます」
「おおい、俺より昂輝か、つむ!」
同じように吹き飛ばされた猿田先輩が、一人で立ち上がりながら言った。紬先輩は、その愚痴を聞き流してディフェンスに戻る。ぶつぶつと文句を言いながら、猿田先輩がボールを出した。受け取ってドリブルで前に出る。
これは、先輩の言っていた通り点の取り合いになるな。あの動きを見てすぐに分かった。圧倒的な速さのドリブルと、ゴール下で絶対的なパワーを持ったダンクは、止められない。彼女にパスを回されるだけで、二点が確定しているようなものだ。U18は伊達じゃなかった。
「昂輝!」
猿田先輩が手を挙げて声を出す。しかし、パスは出せない。紬先輩は先ほどのワンプレーで気を引き締めたのか、厳しくマークについていた。パスを通せるような隙は無い。それは、猿田先輩もわかっているだろう。それでも声を出したということは。
「スクリーン!」
「!」
コタ先輩が、栗谷先輩の斜め後ろに迫っていた。猿田先輩の声に反応していた栗谷先輩は、そのスクリーンアウトに気づくのが遅れたようだ。味方の声を聞いて、はっと横に注意を向けたものの、時すでに遅し。スクリーンをかけてくれた右側へドライブすると、マークを変えた鹿又先輩が立ちふさがる。
バックステップで距離をとると、ゴール下めがけて高めにパスを出す。スクリーンをかけてすぐに反転し走り込んでいたコタ先輩がジャンプしてボールをキャッチすると、そのままゴールへ押し込んだ。黄金パターンともいえる、王道の展開で四点目を獲得した。
「ナイス!」
「ナイスです」
戻ってきたコタ先輩とハイタッチ。先輩のポニーテールが揺れた。
「ごめーん!」
「ドンマイ」
やっぱり先輩達は基礎が出来ている。その上で、ちょっとした小細工ができるというのはとても助かる。猿田先輩なんか、特にそうだ。中学の時から小細工で成り上がってきた人だった。その影響で、俺も小細工人間になってしまったが。
「来るぞーディフェンスー」
問題はやはりディフェンスだ。とにかく、紬先輩にボールが渡るとまずいことが分かった。少々リスクもあるが、栗谷先輩にピッタリつくのではなく、パスが出しづらいようにちょっと距離をとってディフェンスにつく。当然、栗谷先輩はスリーポイントのライン際で駆け引きをしに来る。スリーは切って、ドライブとパスに絞って反応できるようにしよう。
「あ、やばい!」
猿田先輩の叫びが聞こえたと同時に、栗谷先輩はふわっとボールを高く上げた。先ほどの俺と似たような軌道を描き、ボールはゴール付近へ。少々高めか、リングの少し上にボールがさしかかったところで、突然影が。
紬先輩だった。まるで飛翔するように高く跳躍した先輩は、空中でボールを掴みそのまま叩き込む。
アリウープだった。
「四対四だね!」
「ぎゃー!お前らマジ、大人げねぇぞ!つむにばっか回しやがって!」
「だって、ジュース欲しいもん!」
うーん、あの人を止める方法が無い。これは本格的にまずい。猿田先輩もそれほど足が足りないわけではないはずだが、今のところ振りきられている。紬先輩へのラインをカットするというのは、難しそうだ。反省。次は栗谷先輩に厳しめにつくか。
「くそう、どうにかなんねぇかな、あれ。俺じゃどうしようもねぇ」
「俺らだって無理だ。幸い先攻だし、決め続ければ勝てる」
そう。先攻というアドバンテージがあり、有利なはずなのに、なぜだろうか圧倒的不利に感じる。一回でも外したら、そのまま負けるという焦燥感が精神を蝕んでいた。
「あとはスリーだな。つむはスリー下手だし。でも、怖えぇなあスリー打つの」
「まじ頼んだコタ」
「頼んます先輩」
コタ先輩は、めちゃくちゃ嫌そうな顔をしていた。
ディフェンスではどす黒く重い暗雲が立ち込めているが、オフェンスには比較的希望がある。
3on3が始まってまだ三分も経っていないが、すでにわかったことがある。それはずばり、この人たちは優しい人たちということだ。これはどういうことか。カバーが早いということだ。中に入られたときのカバーも、スクリーンの時のスイッチも早かった。互いにあだ名で呼び合うような、良好な友人関係にあることも相まっているだろうか。しかし、だからこそ、動きを読みやすい。
「ナイッシュ!」
「スリーポイントー!」
再びスクリーンアウトをしに寄ってきたコタ先輩。ディフェンスがスイッチし、先輩のマークに栗谷先輩がついたことを確認して、普通にパスを出した。このマッチアップは、身長差が最も大きいマッチアップだった。栗谷先輩の上から、スリーポイントシュートを放ったコタ先輩。ボールは綺麗な回転で放物線を描き、ぱすんと小気味良い音を鳴らしてネットを揺らした。
七対四。
「うげー、これまずい?」
「一点なら状況は変わんない。落ち着いてつむにパスを出そう」
「やめろ!」
三十点先取というゲームの仕様上、一点差はあまり関係が無い。相手にスリーを取られても大丈夫というくらいだ。ただ、もう一本スリーを決めれば話は変わる。紬先輩が十五回ダンクを決める前に、俺たちが決めるべきシュートが一本減るからだ。
紬先輩がレイアップで難なく二点を獲得し、七対六。
「もう一本お願いします」
「まあ、いけるときにな。後輩、お前も打てそうなときは……お?」
「えっ」
それでも光明が見えてきたと思った時。目の前に立ちはだかる影。
ハーフライン前で俺を待ち構えていたのは、栗谷先輩ではなく、紬先輩だった。
「やっちゃえ、つむ!」
怪物が、ぴたりと張り付くほど近くまで接近した。




