4/2 Splash!その2
鍋から粘性体が生み出される可能性を排除し一安心。スーパーの開く時間になったので、出かける準備をする。天気は晴れ。今日は暑いほどの快晴だった。外でバスケするにはいい天気だ。小さめの黒いリュックにタオルとバスケットボールを詰め込んだところでふと思った。
「バスケしてから買い物に行くか、買い物してからバスケしにいくか……一回帰ってくるのも面倒だからなー」
パンパンに詰まったリュックの隣に、買い物用のエコバッグを並べて見比べる。
「汗まみれで買い物に行くわけにもいかないし、この暑い中食べ物を放置するわけにもいかないし。どっちにしろ戻ってくるしかないかぁ」
幸い公園はこの家からそれほど遠くない。となると考えるべきはその順序だが、これがまた悩ましい。俺としては早くバスケをしたいところだが、客人が来るのだ。材料が足りなくて昼食を作れなくなる事態は避けたい。
「先に買い物行って、スポドリの粉でも買っとくか。飛鳥ー」
「なに?」
ふすま越しに声を掛けると、飛鳥はすぐにそれを開けて顔を見せた。ちょっと近い。
「おお。買い物行くけど、お菓子とか買ってこようか?」
「あー……リョウは食事管理してて、そういうのあんまり食べないし、いいよ」
涼さんは、水泳で全国大会に出場していたはずだ。飛鳥がよく自慢げに話していたから覚えている。なるほど流石は全国を経験したアスリートだ。というよりも、普段から細かく気にかけていないと、全国レベルにはなれないのかもしれない。
「じゃあ、飲み物くらいにしとくか。昼食はいいの?」
「間食とか夕食で調整するから大丈夫なんだって。」
昼食に作ろうかと考えていたものがあり、気の早いことだがその口になってしまっていたので、予定を変えずに済んでほっとした。丸めたエコバックをポケットに入れ、後はスマホと鍵を持って家を出る。スーパーはセルフレジで電子決済が可能なので、これほど身軽でも問題ない。
いってきますと声に出す。扉を閉める前に、いってらっしゃいと弾むような声が聞こえた。
「食事管理かぁ……。した方が良いんだろうけど……」
俺も、まがりなりにも全国を目指している身だ。食事についても考えていかなければいけないのだろう。しかし、栄養素やカロリーなどの知識は家庭科の授業でやった程度しかない。自分からもっと調べなければいけないだろう。物事は己で考えて実行してこそ意味があると思っているのだが、栄養士という職業があるくらいだ。専門的な知識がある人に任せた方が、時間などの面でよっぽど利点があるということなのだろうか。
影響されやすい性分で、成分表示に目を奪われながら、昼食の材料をスーパーで購入した。あと、保険のグミ。ブドウ味。借家に戻ったのは九時ごろだった。冷蔵庫に食材を詰め込み、荷物を持ってまた家を出た。
「どのプロテインが良いとか、あるんだろうなぁ。先輩に聞こうかな」
考え事をするときは、少し上に視線を向けると心地いい。考え事をしながら歩くのは少々危険だが、歩きスマホよりはよっぽどいい。こうやって前も見れているし……ん?なんだ、あれ……?前方の景色が少し揺らいでいた。
「危ない!」
「嫌な予感が……」
もはや聞きなれた声が背後から聞こえてくた。振り向くと、海パンにサングラスをしたドワーフが、その背丈ほどあるサーフボードを小脇に抱えて走ってきていた。
「波乗り!」
ヘッドスライディングするように、ドワーフは身を投げた。何をやっているのだと思う前に、全身に衝撃が走る。
バシャン!!
意味不明なことに、大きな波が打ち寄せてきていたようだった。本当に理解できない。頭のてっぺんからつま先までびしょ濡れになってしまった。ドワーフはサーフボードを悠々と乗りこなしていた。絶対にこいつの仕業だ。
俺の近くでサーフボードから降りたドワーフは、サングラスを外して髪をかき上げた。パイナップル柄の海パンがすごく嫌だ。
「水も滴るいい男とはワシのことじゃ」
「何を馬鹿なこと!道のど真ん中でサーフィンなんてしやがって……!」
俺の怒声をまったく気にしていないように、ドワーフは顔を近づけてきた。なにやら相を見ているらしいが、信頼度はかなり低い。災難に遭うなどと言われ続けているが、今のところこの爺さんが原因の災難にしか見舞われていない。本当は悪魔なんじゃないだろうか。
「おぬし、いつにもまして酷い相じゃ。水難の相まででておるぞ」
「だから、あんたのせいだろうが!」
ドワーフが腕を振るうと、波は嘘だったかのように消えた。これほどの不思議現象を魅せられたら、魔法使いというのは、まあ疑うことができない。
「波に乗りたくなったのでな」
「海に行け!」
サングラスをかけなおした爺さんは、海パンのポケットをごそごそと探り、何かを取り出した。青く光る、スーパーボールのような球体だった。
「すまんかったな。詫びといってはなんじゃが、これをやろう」
「ん?なんだこれ」
「魔法石じゃ。貴重な石じゃ魔法が使えるようになるぞ。」
「魔法ぅ?」
渡されたそれを、手のひらに乗せて観察する。どうみてもスーパーボールにしか見えなかった。夏祭りの屋台で流されて回っているあれにしか見えない。指でつまんでみる。ぐいぐいと押すと、硬いが弾力がある。スーパーボールとしか思えない。太陽の光に透かして見る。特別な何かがあるとは思えない。
「……いらない。返すよ」
「む?本当に良いのか?魔法は万能、どんな願いも叶えることができのじゃぞ?」
「いいよ。俺が欲しいのは、そういうので手に入るモノじゃないと思うし」
バスケで全国優勝、ついでに億万長者になりたいと願って、それが叶ったとしても。うん。やっぱり、それで手に入ったものは、俺が本当に欲しいものじゃないと思う。それに、もう取り返しのつかない事だってあるだろう。それまでの過程とか。それがわかっているから、この爺さんはこんなくだらないことばっかりしているのではないのか。
「あと怪しすぎる」
「むぅ……最近の若者は、わからんのう……。もうひと波乗っていくとするか。ハイヤー!」
青いスーパーボールが光ると、なんの変哲もない道路に水流が出現する。……これでよかったのだと、自分に言い聞かせた。
バスケットコートまで行くと、全面を使ってバスケをしている集団を見つけた。六人……いや、五人か。リングに弾かれた黒いバスケットボールが、こちらへ転がってきた。そうそう、このコート、なぜかここら辺によく転がってくるんだよな。ドワーフの住処近くに。
足下のボールを拾う。こっちに走ってきた人物は、俺もよく知る男の人だった。
「すんませーん、って、昂輝じゃん!どうした?水遊びでもしてたんか?」
「猿田先輩。いや、ちょっと、変な爺さんに水掛けられました」
「おん?よくわからんけど。大丈夫か?タオル、いるか?」
「持ってるんで大丈夫です。あざます」
背負っていたリュックからタオルを出す。案の定、びしょ濡れだった。立ち尽くしていると、見かねた猿田先輩がタオルを渡してくれた。
猿田先輩は、俺を星峰高校のバスケ部に誘ってくれた先輩だ。中学の時から良くしてもらっている。二か月前に見た時よりも、少し背が高くなっているような気がした。お久しぶりっす、なんて話し込んでいると、なかなか戻ってこない先輩を見かねたのか、一緒にバスケをしていた四人もこちらに来た。一人、知っている顔があった。真っすぐな黒髪。昨日の不思議な女の人だ。その赤い瞳と目が合った。
猿田先輩にポンと肩を叩かれた。顔を見ると、先輩は笑みを浮かべて言った。
「ちょうど良い、3on3に一人足りないんだ。入ってくれ!」




