4/1 嵐が来た その5
夜道には夜道の良さがある。風が涼しく、街灯と月の薄明りはどこか気分を高揚させてくれる。それに静かだ。この田舎の静けさに、一層の磨きがかかっている。車通りも少ない。
キュルキュルキュル……
「危ないっ!」
「ん?ぎゃー!?」
そんな心の安寧を見透かしたのだろうか、自転車が一直線に突っ込んできた。そのまま激突。
「む。おぬし、悪魔の相が——」
「まーたお前か!聞き飽きたわ!」
自転車に乗っていたドワーフの頭をはたく。こいつ……。
「むむむ、ワシを疑っておるな!」
「当たり前だ!」
「老人の忠告は聞くが吉だぞ。現にほれ、轢かれた!」
「おのれが轢いたんだろ!」
道路の真ん中にふてぶてしく胡坐をかいて座るドワーフの首根っこを掴み、近くに転がっていた子供用のおもちゃのような自転車に乗せる。なるほど。これだったから、特段痛みもなかったわけだ。不幸中の幸い……とは言いたくないほどふざけている。むかつくほどカラフルなそれのブレーキを握ると、ぱふとアホみたいな音が鳴った。
「あれか。エイプリルフールだからこんなこと言っているのか」
「えいぷりるふうる?」
「……ああ……」
どうやら大真面目に言っているようだ。キコキコとプラスチックの擦れる音を鳴らす自転車に乗ったドワーフの老人は、変わらず公園の茂みの中へ。もう一言くらい文句を言う権利があるだろうと、それに着いていく。
「ストーカー!」
「違う!」
茂みの中をよく見ると、映画に出てくるような小人用の家になっていた。机、椅子、ベッド、暖炉……。どうして茂みの中がこのような空間になっているのか、不思議だ。
「そりゃあ、おぬし。ワシが魔法使いだからに決まっておるじゃろう」
「魔法使い?魔術使いとは違うのか?」
「違う、違う。タヌキとアライグマ、もしくはアシカとアザラシほどの違いがある」
「わかりづらい……」
このまた近くの茂みで寝ていたピットブルが目を覚まし、俺をじろりと睨みつけた後にドワーフの方へすり寄っていった。何とも憎たらしい忠犬だろうか。
「悪魔の相とやらも、魔法でわかったのか?」
「いや。人相占いは趣味じゃ。おぬしの顔を一目見て、すぐにびびっときたのじゃ。」
「ますますわからん……」
「とにかく、おぬしにはこの先途轍もない困難が待ち受けておるぞ!ワシはそのおぬしを心配して忠告しておるのじゃ」
わしわしと番犬をなでるドワーフの老人。犬の首輪のとげとげが刺さって痛そうだ。番犬がじゃれる。ドワーフと犬は、それほど体の大きさが変わらない。押し倒されたドワーフの老人は、執拗にとげとげの首輪で攻撃され続けていた。
「可愛いやつじゃ」
「傷だらけだが……もういい、このまま話し続けてると頭がおかしくなりそうだ」
運勢なんて、どうせ俺にどうこうできるものじゃないだろう。夜は更け、暗闇はより一層深さを増していた。この茂みからでは、バスケットゴールはどこにあるかわからないほどだ。
「ん?」
ポン、ポンと音が聞こえる。コートの方からだ。
「誰かいる……」
俺と同じように、この暗い夜の中バスケをしに来た物好きがいるようだ。しかし、その姿は暗闇でよく見えない。ただボールの弾む音と、ちらりと動く影が見えるだけだった。
はっ。そうだ。俺は、ここにバスケをしに来たのだった。本来の目的を思い出した俺は、ドリブルをしながらコートへ向かった。影が一瞬止まった。
人影の近くまでくると、少しは詳細に見えるようになった。俺より少し低い背丈。キャップを目深にかぶっており、顔は良く見えなかった。髪は長い。女性のようだ。目があった気がしたので、会釈をしてゴールへ向かう。
さて、何の練習をするか……。課題は中学時代から一貫してミドルシュート、スリーポイントシュートなのだが、この公園ではシュートが打ちづらいことが今日一日でよくわかった。リングに弾かれたボールが、魔法のように茂みへ吸い込まれてしまうからである。そして、その茂みの中には自称魔法使いのドワーフが住んでいる。なんという偶然なのだろうか。
「ゴール下の反復練習でもするか……」
バスケットゴールの真下まで移動し、ネットを見上げるようにして立つ。右手でスナップをかけてボードに当て、ゴールに入れる。次は左手。また右手……。黙々とシュートを打ち続ける。
そろそろ腕が疲れてきたところで、少し休憩を取ろうとボールを地面に置いた。だるくなった腕を振っていると、じっとこちらを見つめる視線に気が付いた。反対のコートでバスケをしていた人だ。
な、なにかしちゃったかな。とりあえず、もう一度会釈をすると、その人はずんずんとこちらへ近づいてきた。
「こんばんは」
「あ、こんばんは……」
礼儀正しい人だった。先ほどの暴れん坊ドワーフとの対比で、とても礼儀正しく見えた。夜の挨拶をした後、その人は黙り込んだ。
「……」
「あの……初めまして……ですよね?」
「……嘘つきさん」
「え?」
彼女は帽子のつばをつかんで、ぐいっとあげた。そうだ、この人は朝もいた人じゃないか。わざわざ着信を教えてくれた、親切な人。黒い長髪がさらりと揺れた。昼間の感謝を伝えようとする前に、彼女は口を開いた。
「今日は、エイプリルフール……嘘をついても許される日」
「ええ、まあ。そうですね」
「あと二時間しかない。一つくらい嘘を言っておかないと、もったいない」
初対面なのに、よく喋る人だ。これがコミュ強というやつだろうか。エイプリルフールは別に嘘をつかなければいけない日ではないですよと言おうかどうか迷っていると、彼女は良いことを思いついたと言わんばかりに人差し指を立てた。
「私は、ダンクできる」
「……ええっと、すごいですね」
「……」
ゆったりとした口調で、表情は崩さず無をキープしている。この身長でダンクをするのなら、ありえないほどの跳躍力が必要だ。兎人族なら可能だろうか。しかし、彼女にウサミミは付いていない。つまり、彼女は兎人族ではない。
「信じてない……」
「え?嘘、なんですよね?」
「見ていなさい」
助走をつけて走り出した。一歩、二歩。完璧な踏み切り。ジャンプは高い。悠々とボールを片手で掴み上げた彼女は、そのままゴールに叩き込んだ。がしゃんとリングが揺れた。力強く、そして綺麗なダンクシュートだった。しかし、俺の記憶違いでなければ、嘘をつく流れではなかっただろうか?
「……嘘つかなくていいんですか?」
「そういえば、そうだった」
うーん、うーんと嘘をつくのに悩んでいる。不思議な人だ。マイペースといえばいいのか。ゆったりとした話し方なのに、引きずり込まれそうになる。組んだ両手とお腹の間にボールを挟むようにして持った彼女は、もったいぶるように口を開いた。
「私、実は……」
月光が少女を照らす。妙な緊張感。ごくりと喉が鳴った。
「ドラゴンなの」
「……」
どこからどうみても、人だ。角や尻尾といった竜人のような特徴も見当たらない。子供でもすぐ看破できるような嘘だった。
「……」
「そうは見えないですけど……」
「……やっぱり、嘘をつくのは難しい……」
彼女はくるくると帽子をいじりながら、口を尖らせて目を伏せた。それからぱっと顔を上げると、にこりと微笑んで言った。
「またね」
「ああ、はい。また……」
そういって彼女はキャップを振り、それを被って去っていった。なんというか、静かな嵐のような人だった。不思議で、面白い。彼女が帰っていく方向をじっと見つめる。俺とは真逆だった。
「やはり、ストーカー!」
「やかましい」
湧いて出たドワーフをあしらいながら、考える。しかし、あのダンク……どこかで見たことあるような……。
考えても答えは出てこなかった。帰路に就く。寝ているであろう飛鳥を起こさないよう、慎重に鍵を回す。玄関から洗面台、洋室、そして和室へと忍び足でぐるっと回りながら自分の寝床まで移動する。微かに寝息が聞こえてきた。布団の衣擦れにすら気を使って潜り込み、ようやく一息ついた。
今日は波乱の一日だった。飛鳥の押しかけから始まり、はた迷惑なドワーフ魔法使い、そして謎のバスケット女子。まだ高校生活は始まってすらいないというのに、この怒涛の展開だ。今から身が持つか心配でならない。明日はバイトに、飛鳥の友達が遊びに来て……いや。明日のことは明日考えよう。
こうして俺の四月一日は過ぎていった。




