4/1 嵐が来た その4
鳥人族は、厳密には鳥ではない。鳥の特性を持った人である。そのため、鶏肉を食べれないなんてことは一切ない。魚人族で好物はシーフードという人はたくさんいるし、食べ放題の焼肉では牛タンばかり食べるという牛人族もいる。竜人族がドラゴンを食べるかどうかはわからない。ドラゴンは幻の生物だ。見たことのある人類なんて、現代では数えるほどしかいないだろう。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした!」
二人分よりも多めに揚げた唐揚げは、きれいさっぱり俺たちの胃の中へしまい込まれた。市販の唐揚げ粉を使えば、それほど手間がかからず、かつ美味しくできるということが分かった。飛鳥も満足げだ。今後も定期的につくることになるだろう。
「飛鳥、風呂沸かしてくれない?」
「いいよ。そっか、コウは魔術苦手だもんね」
「うるさい」
にやりと笑った飛鳥は、そのまま風呂場へと向かった。暇なので、その後についていく。
「熱くなぁれー熱くなぁれー」
「器用だな」
「よくお手伝いしてたからね」
魔術。魔力を対価に、ちょっとした奇跡を起こす術。奇跡といっても、人の手によって再現可能な現象しか魔術は扱えない。こうやって水の温度を上げたり、逆に下げたり。夏場なんかは風を起こして涼んだり、ジュースを凍らせて楽しんだり。もちろん危険な使い方もできてしまうわけで、例えば魔術で放火をしたりといった事件もある。だからこそ、俺たちは小学校から魔術の扱い方について学んできた。飛鳥は魔術をこのように華麗に使ってしまうが、俺は昔から魔術についてはからっきしだった。というのも、魔術の適性は九割が才能によるものだからだ。どのような魔術を使えるか、どのように魔術を使えるか
「そういえば、飛鳥は魔術科に入ったの?」
「ううん、普通科だよ。コウみたいに頭良くないし、魔術だって、ちょっと便利に使える程度だし」
「じゃ、たぶんクラスは別れるな。もしかして別のクラスになるの、初めて?」
「うん……」
星峰高校には四つの科がある。理数科、普通科、林業科、そして魔術科である。俺は理数科で入学するので、きっと普通科の飛鳥とは別クラスになるだろう。小学校どころか、幼稚園のりす組から始まってずっと同じクラスだったから、ここで初めてクラスが分かれることになる。不思議な気分だ。
「よし、ありがとう」
「どういたしまして。お風呂、どっちから入る?」
「あー……どっちがいい?」
「わたし入った後、羽が散らかっちゃうかもしれないし。先に入ってよ」
彼女の羽に目を向ける。ふわふわとした煌く羽毛。手入れが大変だと話を聞いたことがある。俺に気を遣わずゆっくり風呂に入ってほしいし、確かにこの順番が良いだろう。
「じゃ、お先に」
「はーい。ゆっくりでいいからね」
「ん」
シャワーを浴びて、汚れを落とす。この時間は、色々と物事を考えるのに向いていると思っている。今日は疲れた。嵐のような一日だった。ただ飛鳥が俺の家に引っ越してきただけといえば、そうなのだけど。きっとまた、色々言われるんだろうな。中学では、男女問わずマドンナのように扱われていたからな。その幼馴染というだけでこちらにも視線が向けられるのだから、困ったものだ。俺はごく普通の、只人族なのに。
「熱っ!」
浴槽に足先をつけると、その高温に思わず声が出た。飛鳥は鳥人族で、体温が只人族よりも五度以上高いから、こういった温度の問題はよくあることだ。
「……ま、これも悪くないか」
浴槽に腰かけて、膝から下を温める。それだけでも疲れが取れるような気がした。
寝間着に着替え、飛鳥を呼びに和室へ行くと、飛鳥は敷いた布団の上で寝転がってスマホを見ていた。
「風呂空いたよ。気になるようだったらお湯張り替えてもいいから」
「気にしないよ。節約しなきゃだし」
そう言って飛鳥は、ぱたぱたと風呂場へ行った。ふぅと息を吐く。日課の柔軟をして、その後は特にやることもないので、筋トレでもするかと腹筋を始める。一、二、三……。
……。
休憩をはさみつつ、腕立て伏せやスクワットもした。これで汗をかいていたら本末転倒じゃないか?と思考がよぎったところで、浴室の方から音がした。飛鳥が出てきたようだ。桃色のパジャマ姿で、髪の毛は濡れたまま。タオルで髪を拭いている。
「ドライヤーはこれから?」
「そう。歯ブラシ取りに来たの」
飛鳥は和室で自分の荷物を漁った後、戻っていった。静寂が戻る。確かに、テレビが欲しいなと感じた。テレビっていくらするんだ?そんなに大きくなくてもいいから……げっ、高い……。
これは当分先になりそうだと、そっとスマホの電源を切った。家電は何から何まで高い。買ってくれた両親に感謝だ。あ、そういえば、聞き忘れていた。洗濯物は流石に分けた方が良いよな。いつもの癖で放り込んでそのままにしてしまっていた。洗面所の扉を開ける。
「飛鳥、洗濯物だけど……」
「わわっ、びっくりした!」
「?まだ歯を磨いてなかったのか?髪も乾かしてないし……」
飛鳥は片手に歯ブラシを、もう片手に歯磨き粉を持った状態で、鏡とにらめっこしていた。髪はまだ湿っぽい。
「風邪ひくぞ」
「う、うん。わかった」
「それで、洗濯物なんだけど……」
結局、洗濯は一日交代でするということに落ち着いた。それにしても、飛鳥、そんなに歯磨きが苦手だったのか?子供っぽいやつだ。ちょっとしてから、静かにドライヤーの音が聞こえてきた。もしかしたら、苦手なのは髪を乾かす方だったかもしれない。あれほど髪が長いと、大変そうだしなあ。
「ドライヤーも魔術でできるんだったかな。飛鳥の言ってた通り、節約大事だしなぁ。俺も使えればいいんだけど……」
温風を送るのだから、火属性と風属性か。適性は無いが、どれどれ。ちょっとぬるい風程度なら……。
ボン!!
「ちょ、ちょっと!?すごい音なったけど……あははは!」
「……げほっ……」
「あはっ、あははは!あっ、アフロになってるよ!コウ!あはは!」
大失敗だった。魔術は無理だとわかっていたのに、俺の馬鹿。
「もう魔術は使わない……」
「あはは!」
「笑いすぎだ!」
飛鳥が落ち着くまで、ちょっと時間がかかった。腹を抱えて、小鹿のようにぷるぷる震えている飛鳥の背中を見ていると、無性に苛ついてきた。
「あー、お腹痛い……」
「くそう……」
ヘアブラシで髪を梳かす。元が癖っ毛なせいか、中途半端な髪形になってしまった。それを見てもうひと笑いが起こったのは不服だ。
「ねぇねぇ。トランプとかないの?」
「修学旅行か。ないよ」
「ちぇー、つまんないの」
布団の上に寝転がって、ばたばたと足を動かしている。俺の寝ている和室と飛鳥に与えた和室はふすまで区切られているので、こうしてふすまを開けば一つの大部屋のようになる。
「なんでそんなにはしゃいで」
「だって、なんか楽しいんだもん。お泊まり会って感じ?毎日こうだと楽しそうだね」
「すぐ慣れるだろ」
「……それもいいね……」
飛鳥の返事は、眠たそうな返事だった。
「ねえ」
「なに?」
「コウは、やっぱりバスケ部?」
「そうだな」
俺の目標は、バスケでタイトルを取ることだ。インターハイ、国体、ウィンターカップ。どれでもいい。全部でもいい。優勝したい。中学の時に叶わなかった夢を、高校でも追い続ける決意をしている。
「やっぱり……あの時のあれ?」
「そうでもあるし、そうじゃないとも言えるかな。結局、自分の目標だから。今の俺の半分くらいはバスケでできてるし」
「……全国は行けそうなの?」
「ん?全然?県大会で優勝出来たら上出来って感じ。でも……」
星峰高校は、正直言って中堅高だ。県大会では、まあそれなりに勝つ。それでも県大会優勝には一歩届かないくらいの高校だ。学校の規模からすると、よくやっている方だろう。インターハイ優勝、ウィンターカップ優勝には、はっきり言って遠い。それでも、俺のことを誘ってくれた先輩は活躍している様子だし、俺と同年代でも期待の新星が入部するようだから、この二年が勝負とも言われている。
「でも?」
「目指さない理由にも、やらない理由にもならないから」
「そっかぁ……」
うぅん、と犬の唸り声のような声を出しながら、布団の上をゴロゴロと転がる飛鳥。
「マネージャーやろっかなー」
「吹奏楽はいいの?」
「うーん、悩み中……。あ、そうだ。ユウリ君も、星峰のバスケ部に入るって言ってたよ」
「ユウリか……」
ユウリは、中学でチームメートだった同級生だ。あいつ、ちょっと苦手なんだよなあ。チャラ男で、ちらちらとよく動くスモールフォワード。あとうるさい。
「飛鳥ちゃんにマネージャーやってほしいなーって言ってた。かわいいでしょ」
「どこが。惚気話はいいよ」
「の!?違うよ、もう!わたし寝るから!」
はいはいとあしらって、ふすまを閉める。文句を垂れる声は、この薄いふすま程度ではシャットアウトできないようだ。
「わたしがいるからって、寝込みを襲うオオカミにならないでね!」
「なるか!さっさと寝ろ。電気消して。節約しなきゃ」
「もう、お母さんみたいなこと言わないで!おやすみ!」
「おやすみ」
ぱちりと電気を消す。しばらくごそごそと物音がしていたが、やがて静かになった。廊下に出て、こっそりと和室を覗く。飛鳥は布団にくるまっていた。
よし、寝たな。こっそり、鍵とボールと、スマホを手に家を出る。向かう先はもちろん公園だ。




