4/1 嵐が来た その3
黒いウィンドブレーカーを着て、外に出る。運動用のシューズを履いて、背伸びをしてもう一人を待つ。中から出てきた飛鳥は、ピンクのラインが入った白いジャージを着ていた。中学時代にも見たことがあるジャージだった。家を出て、公園への路を歩く。この辺りは他の家すら少なく、荒れた道路をたまに車が通る程度だ。
「公園でも行こうかと思ってるけど」
「公園あるの?いいね」
「久しぶりにバスケやるか」
「いいの?わたしに勝ったことないでしょ」
そんなことはない。勝ったことはある。都合の悪いことはすぐに忘れる、都合のいい頭を持っているようだ。、飛鳥はいたずらっぽく笑みをうかべて、シュートのジャスチャーをした。
「はずれ」
「むう。じゃあ、ダンクシュート!」
今度はボールを両手に掴んで、ジャンプ。ダンクシュートのジェスチャーだった。ダンクにはあまりいい思い出が無い。
「そのジャンプじゃ届かないかなあ」
「コウはもうちょっと背が高ければねぇ。ジャンプ力はあるのに」
「うるさい。ダンクは一回だけしたことあるし」
「ああ、あれね!」
中学二年生の時、球技大会の一回戦。初得点をダンクで華々しく飾ったことがあった。もちろん、無理やりで危ないダンクだった。すぐに交代させられ、監督にぐちぐちと説教されたのは軽いトラウマになっている。いやあ、あの時は若かった……。
「なにおじいちゃんみたいな顔してるの。ほら、公園。ここじゃないの?」
「おお、もう着いてたか」
辺りを見回す。バスケットコートに朝見かけた女子の姿はなかった。
「へいっ、パース!」
飛鳥は軽い足取りでぴょんぴょんとバスケットゴールの近くまで行くと、ぶんぶんと手を振ってボールを求めた。両手でチェストパスを出す。思っていた通りの場所にボールが弾んだ。飛鳥はゴール下までぎこちないドリブルをすると、シュートを放った。ボードに反射して、ゴールを揺らした。
「やったー!」
「やるな。よし、1on1するか」
「わたしが勝ったら、ジュース奢ってもらうよ!」
「いいでしょう!負ける気は無いからね」
じゃんけんぽん。グーを出した。飛鳥はパーだ。
「よぉし、わたしが先攻!」
「十点先取な」
「いくぞぉー!」
だむ。一回目のドリブル。あまりにも隙だらけで浮いたドリブルだったので、反射的に弾いてしまった。
「あ……」
「……」
飛鳥のターンはすぐに終わった。しかめっ面でこちらに不満げな視線を向けている。ちょっと気まずいが、しかし負けられない戦いなのだ。
数回ボールを弾ませて、ドライブで飛鳥の左を抜ける。あっという声が聞こえた。ゴール下、ちらりと後ろを振り向く。レイアップに十分な距離。そのまま右手でボールを掲げるように持ち、ジャンプ。ボールはリングの間をくぐり、ネットを揺らした。
「二点」
「むう」
右手でピースサインをつくるようにして現在の点数を示す。腕まくりをして気合いを入れた飛鳥に、ボールを投げ渡す。やっぱり、ちょっと大人げなかったかな。いくら彼女の父親がプロバスケットプレイヤーといえども、彼女はバスケをやっていない吹奏楽部員なのだ。
「いくぞぉ!」
「わざわざ言わなくても……ああ!?」
ぐっとボールを脇に抱えたかと思うと、飛鳥は背中の翼をばさりと広げて飛び立った。そのままゴールまで飛ぶと、先ほどやったように両手でボールを押し込んだ。ダンクシュートだ。
にこりと笑って、意趣返しだと言わんばかりのピースサイン。
「おい、ずるいぞ!」
「へっへーん。悔しかったら飛んでみなー」
それからは、蹂躙だった。もう一度レイアップで二点リード。しかし、飛鳥もダンクで返す。三度目のレイアップは、それを読んでいた飛鳥が飛翔し防ぐ。飛鳥のダンクは防ぎようがない。スリーポイントに頼るしかない。しかし外れた。そのままずるずると決着。十対六で飛鳥の勝ちとなった。
「約束覚えてるよね?」
「……」
「ケーキ、ケーキ!」
「ジュースだろ!……ああ……」
口に手を当てて、ニヤニヤと笑う飛鳥。くそっ、まんまと罠に引っかかってしまった。
「ああ、わかったよ!一本だけな」
「やったー!自販機、自販機。あ、コウ!パス!」
飛鳥は脇に抱えたボールを、俺に投げてよこした。へろへろと投げ渡されたそれは、大きく左にそれてがさがさと音を立てながら茂みの中へ。
「おっ、と。あいつ、急に……げ!」
「おぬし、悪魔の相が出ておるぞ」
「な、なんだ!?」
ドワーフの顔面が間近に飛び出してきた。思わずのけぞり、尻もちをつく。
「悪魔の相が出ておる」
「悪魔……?俺は只人族で……」
「悪魔の相が出ておる!」
「それしか言えんのか!」
ドワーフの老人はぐわっと強面の形相をさらに近づけてきた。ボールを取りに行って戻ってこない俺を不思議に思ったのか、飛鳥が羽をぱたぱたはためかせながらこっちに来た。
「どうしたの?」
「ぬっ!そこのお嬢さん。おぬしにも、凶相が出ておる!」
「ええっ?」
「飛鳥、行くぞ」
ましてこんな公園に住み着いているようなドワーフだ。いや、妖精っぽいと言えば確かに妖精っぽいが、占いに傾倒しているドワーフだ。警戒するに越したことはないだろう。
「……」
飛鳥の手首を掴んで引っ張る。
「ぬう。行ってしもうた……」
俺たちの背を見つめるドワーフの老人の視線に気づかないふりをして、俺たちは公園を後にした。
ピッと自販機から音が鳴る。最近は自販機でも電子決済ができるので、やっぱりスマホは便利だ。
「ほい」
「ありがとー」
負けは負け。彼女の指定したレモンティーを渡し、自分のスポーツドリンクに口を付ける。
「ぬぬぬ……あー、無理っ!コウ、開けて!」
「ええ……そんなんで大丈夫なのか?貸してみ」
ペットボトルの蓋すら開けられない握力の持ち主に負けたのか。屈辱にまみれながら、蓋を開ける。すぐにキャップは回った。
「ほれ」
「……」
「しかし、凶相、ねぇ……。飛鳥は運だけはいいのにな」
「んぐっ、うん。そうだねぇ……まあでも、そんなに気にしてないよ?やるべきことをやるだけ、ね?」
飛鳥は強い。握力は弱いが、精神が強い。結果を残す人間のマインドだ。こういうところは見習っていきたい。
それにしても、あの怪しげなドワーフがあの公園に住み着いているのは、ちょっと具合が悪い。ボールがリングにあたって跳ねると、ちょうどあの茂み近くに飛んでいくようになっているのが、なおさら悪い。
日は山際に隠れはじめ、空は少し暗くなりかけていた。帰り道、首を傾けて空を見上げる。
「夕飯は何にするか……」
「オムライス!」
「昼に食べたばっかだろ」
鶏肉が余っているし、唐揚げでも作ろうか。一人ならまず作らない、手間のかかる揚げ物だが。こんな時くらいはいいだろう。この同居がいつまで続くかわからないが……しかし、こうして改めて同居という字面を考えると、うん。
「あんま、良くないよなぁ……」
「オムライス?」
横をちらっと見ると、飛鳥はペットボトルに口を付けていた。レモンの香りがふわと広がった。いくらこいつが能天気だと言えど。噂というものは広まるのが風邪より早い。明日は飛鳥の友人が来るというし、悩みの種は尽きないものだ。彼女に迷惑が掛かる形にならなければいいが……。




