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夫が残した仕事

作者: minori
掲載日:2026/03/22


「じゃあ、お父さん。お願いしますね」


 最近家を整理した時に見つけた肩たたき券を1回分ビリっと手で破った。

 昔、子どもを一日中抱っこしていた頃にしんどい肩を摩っていたら、母の日に夫がくれたものだ。

 無口なこの人がこんなかわいいことをするんだ、ってあの時はよく笑ったっけ。

 日に焼けて色あせたリンゴの形のキッチンタイマーを15分に設定して、ピッとスタートさせる。


 視界の端からにゅっと無骨な手が出てきたので、その手に破った肩たたき券を一枚手渡した。

 すると、すぐに私の肩を規則的なリズムでトントントントンと叩き始める。


「あぁ、気持ち良い。ありがとうお父さん」

「ふん、久しぶりだな」

「もったいなくて、使うの。ほら、庭の梅が綺麗に咲いていますよ」

「あぁ、本当だな……」


 今年は梅が咲くのが早い。

 この家を建てた時に植えた梅も、もう立派に大きくなっている。

 どうせなら2色楽しめた方が良いだろう、と買った一つの幹から赤と白の花が咲き乱れる源平梅。毎年、枯れ木ばかりで寂しい庭を華やかにしてくれる。もうすぐ来る春を知らせるかのように。

 今年も一緒に見られて良かった。

 トントントントンと小気味よく肩が叩かれている、良い気持ちだ。


 この15分、夫と梅を見ながらゆっくりお話をするのが老後の私の楽しみ。

 意外と肩を叩くのがうまいことなんて、最近初めて知った。

 夫は肩を叩き始める頃に少し文句を言う。素直じゃないこの人は、すぐ憎まれ口を叩くのだ。肩だけ黙って叩いて居れば良いのに。

 まぁでも、こういった会話も楽しみだったりする。

 さぁ、そろそろ何か言ってくるぞ、と肩に振動を感じながら待っていると、やはり夫は憎まれ口を叩いてきた。


「仕事もしていないのに、肩なんて凝るのか?」

「あら、子どもを育てるのも立派な仕事でしたよ」

「もう子どもは育てていないじゃないか」

「あなただってもうお仕事されていないじゃないですか。それに、これはあなたがくれたものですよ。いただいた分はやっていただかないと」

「ふむ……」

「今は長年連れ添った妻に尽くすのがあなたの仕事ですよ、それくらいしたってバチは当たらないでしょ」

「……そうだな、良くしてもらったな」


 また憎まれ口が返って来るかと思えば、珍しく素直にそんな事を言ってくれる夫の言葉に、ぽっと心が優しい熱さを感じる。

 私たちにはこういう時間が足りなかったのかもしれない。もっと素直に色々な事を話せば良かったのに、言わなくてぶつかった事が沢山あった夫婦生活だった。

 もったいない。

 夫も同じようなことを考えているのか、ちょっとした後悔を口にした。


「あの時、こんなもん作らんでもやってやったら良かったな」

「ふふふ、そうですね。でも、今こうやってのんびりと話せて幸せですよ」


 トントントントン、肩はずっと叩かれている。

 話したいことは沢山あるのに、何から話そうかしら。

 沢山あるのに、あっと思いつくことは日常の些細な事だったりする。思い出したことはすぐ口をついて出てしまうのだ。

 私は肩の振動を感じながら、のんびりとお父さんに話した。


「そういえば、お隣さんからとっても立派なしいたけをいただいたの。またお父さんの好きなマヨネーズと七味とお醤油かけて焼いたの作りましょうかね」

「あぁ、楽しみだな。いつも色々といただいて申し訳ないな」

「ねぇ、うちも何かの折にお渡ししましょ」


 たくさん話したいことはあるのに、また会話が止んでしまった。

 元々私たちは会話の少ない夫婦だ。

 仲が悪い訳ではないのだけど、夫が無口だから子供が巣立ってしまってからは、今日のご飯は。お隣さんにいただきものをしたから会ったらお礼を言っておいて。町内会の集まりがいついつにあるとか、そんな用事ばかり話していた。


 この人と何かを話すということをしてこなかったから、いざ何か話そうとすると……そういえば、話しかけられたら話す程度で、私も何かこの人に話しかけていたかしら。

 そう心の中で反省していたら、夫から珍しく話題を振ってきた。


「もうあと5回分だなぁ……」

「そうですね。……今からもっと作ってくれないかしら」

「無茶言うな」


 ぶっきらぼうにそう言われて、私はころころと笑った。

 そうね、無茶ね。

 その後はまた夫は憎まれ口を叩く。

 

「年を取ったなぁ、お前……」

「お互い様ですよ」


 私が強い口調で言って黙らせようとすると、今度は夫がころころと笑った。

 私はふと、残りの時間が気になり、キッチンタイマーを見る。もう、あと3分ほどになっていた。

 思ったよりも時間が経っていて、思わず声をあげる。


「あぁ、もうすぐ15分終わっちゃう。もう、お父さんがケチってこんなに短くしたから」

「15分は長いだろ」

「私は1時間でもいいわ」

「そんなにやったら俺の方が肩たたき券が必要になるな」


 珍しく冗談を言う夫に、私は大きく声を上げて笑った。

 そんな様子に夫も小さく笑っている。振り返らなくても、50年一緒に居たのだ。どんな顔をしているかわかる。

 ……あぁ、本当にもうすぐ終わっちゃう。私は寂しそうにタイマーを見つめた。


 ――あと1分。

 そんな時、夫が言い辛そうに声を上擦らせながら話し始めた。


「あのな……」


 私はタイマーから目を離し、夫の次の言葉を待つ。


「お前が作ってくれたものはなんでもうまいが、あれだな。最近作ってくれた唐揚げ、うまかったなぁ」


 お父さんがそう言い終わると、ピピピと甲高くタイマーが鳴った。

 すると、肩を叩いていた気配がふっと無くなる。

 私はすぐそばに落ちている1回分の肩たたき券を手に取り、座ったままそっと仏壇に近づいた。


「本当、相変わらず不器用ねぇ。また食べたいって素直に言えば良いのに」


 私はお鈴をチーンと鳴らし、仏壇の前で手を合わせた。


「今日は唐揚げにしますね。とっても気持ち良かったわ、ありがとう」


 笑顔のままの写真に微笑んだ。

 お父さんが亡くなってもう久しい。

 片付けをしていて見つけたこの肩たたき券を見たら、なんだか寂しくなって千切ってみて……そうしたら、この15分だけお父さんが現れて私の肩を叩いてくれるようになった。

 なんとも不思議な現象だけど、とても幸せな15分。

 初めてこんなことが起きた時はひっくり返りそうになったっけ。


 あと5回分。あなたが残したこのお仕事、きちんとやり遂げていただきましょうね。

 

 私は少し痛みを感じるおんぼろの膝に頑張れと、ポンポンと軽く叩きながらゆっくりと立ち上がる。


「さてと、鶏肉買ってこようかしらね」


 10回分あった肩たたき券も、もうあと5回分。

 お父さん、また梅が咲く頃にお願いしますね。


読んで頂きましてありがとうございました。

お仕事、と聞いたらこんな話が思い浮かび一気に書き上げてみました。

もうすぐ桜の綺麗な季節ですね、家族とお花を沢山みて幸せな思い出を重ねたいです。


普段はラブコメのコメが長すぎて50話くらいにしてようやくラブが見えてきたラブコメ『ヒロインなんですが誰も攻略してくれません!~誰か攻略してください~』を書いていました。

そちらも気が向きましたら読んで頂ければ幸いです。

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