第1部 第11話 試行錯誤
僕は調香室に戻り、師匠と一緒にフランスの世界的ハイブランド──メゾン・ド・リュミエレル社、通称M・D・Rの新作リップスティックの調香コンペに向けて、試行錯誤を続けていた。
「……う〜ん。これもなんか違うね……」
「直接、鼻で感じる香りと、実際に唇に塗ったときの印象って、こんなにも変わるんですね……」
「方向性は甘めの香り、つまりグルマン系で問題ないと思うが……組み合わせが難しいね」
締切まで、もう二週間を切ってしまった。こんな大事な時期に限って呪いが発動するなんて……悔しいし情けない。
「ごめんくださぁ〜い♡」
……! げっ、この声は……!
「はい、今行きます」
師匠が返事をし、僕たちは売り場へ移動した。
「きゃぁ〜♡ スチュワート様ぁ♡ お久しぶりですぅ〜♡」
「やあ、ジュリアン。いらっしゃい」
師匠はにこやかに迎える。
「師匠、時間がありません。ジュリアンの対応は僕がやるので、師匠は工房へ──」
「ちょっと!(怒)嫉妬してるの? 見苦しいわよジョン!」
「なんで僕が君に嫉妬しなきゃいけないのさ?」
「かわいくないわねぇ〜! 一応、それなりに心配してあげてるのにっ!」
……ああ。昨日ベーカリーで会ったあと、呪いで苦しくなって早々に帰ったからか。
「ははは、ジョンとジュリアンは仲良しだね」
「仲良くありません!」
「仲良くなんてないわ!」
僕とジュリアンは、なぜか同時に声を上げてしまった。
「そうだ、せっかくだしひとつジュリアンにも協力してもらおうかな?」
「え〜♡ スチュワート様のお願いでしたら、私なんでもお手伝いしちゃいますぅ〜♡」
……はぁ。だから嫌なんだよ。
「詳しくは言えないが、ちょっとリップスティックの調香を試してみてほしいんだ」
「まあ素敵♡ ぜひ試させてください♡」
絶対に褒めるだけだろうし、参考にならない……。
そう思いつつ、師匠はサンプルをひとつずつ渡していった。
ジュリアンは丁寧に塗り、香りを確かめていく。
「どうかな?」
「……そうですぇ……」
あれ? なんか表情が険しい……?
「やはり、なんていうか……塗った瞬間に、口から感じる香りに違和感がありますね。悪くはないのですが……」
……え?ジュリアンのやつ、わりとまともな感想言ってきたな。
「やっぱり君もそう感じるんだね。ぜひ女性の意見として、今後の参考にさせてほしいのだが」
……?あれ? ジュリアンが震えてる……?
「女性の意見……女性の意見……女性の意見……フ……フフフフフ!」
げっ! 目が光ってる!
「もちろんですわぁ〜! このジュリアン、女性としてぜひ協力させていただきますぅ〜♡」
ジュリアンは、小躍りしながら目がハートになって喜んでいた。
……師匠。なんでこんな厄介なやつの意見を……。
しかし、嫌ではあったが、このコンペに勝つためだ。
師匠のためにも……我慢しよう。そう無理やり自分に言い聞かせた。




