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3 まさか!

『押入れの右側、奥の方にある茶色い紙袋の中を見てください』


 ネコパーティーに言われた通り、私は押入れの右側を漁っていた。もちろん、ヤツには外で待機させている。お母さんに見つかったら面倒だからね。


「茶色の紙袋……あ、これ?」


 年季の入っているであろうそれは、しわくちゃだし埃っぽい。私がこの年になるまで存在を知らなかったんだから当たり前か。


「どれどれ、中身は……」


 恐る恐る中身を覗いてみる。そこにあったのは数冊の古びた本。そしてこの表紙は……。


「は!? 噓でしょ!?」


 私たちが血眼になって探していた漫画、『ときめきシンデレラ・マリィ』だった。


「どうしたの?」


 私の大きな声に、お母さんはキッチンで首を傾げていた。


 これってやっぱりお母さんのだよね。この漫画が発売されたときってお母さんはティーンだし。てかなんでもっと早く気づかなかったんだろう。灯台下暗しもいいとこだ。


「……お母さんさ」

「うん?」

「その、『ときめきシンデレラ・マリィ』って漫画……好きだったの?」


 お母さんは一瞬目を見開いて、そして少女のような顔で笑った。


「懐かしい! それ中学生くらいのとき大好きだったの!」


 それからお母さんは語り出した。今の子からしたら王道ド真ん中すぎてつまらないかもしれないけど当時は皆読んでただの、俺様ツンデレな西園寺くんに半分くらい本気で恋してただの……別に聞いてないし。


「それでね、すっごいきゅんきゅんするんだけど、途中で悲しいことに作者さんが……」

「はいはい、もうわかったから」

「なによぅ。最後まで聞いてよー」


 柄にもなく唇を尖らせるお母さんは、本当に若返ったみたいだ。


「詩織もそれ興味あるならあげるよ! 私、娘とこういう話するの夢だったんだよね」

「はあ……」


 もらえるのは非常に都合がいい。でもそんな夢とか聞かされても「そうですか」以外に感想なんて出てこなかった。だってお母さんは昔、私のこと生まなきゃよかったって……。


「やっぱり私たちって親子ね!」


 底抜けに明るく笑うお母さんに、私は大きく息を吐いた。


 もういいか。

 あれは「ごめんなさい」の代わりってことにしておこう。あのヘンテコ宇宙人に免じて。


「じゃあこれ、もらうね」

「うん! 読み終わったら感想教えてね!」


 私は紙袋を引っ掴んで押し入れの戸を閉める。あとでこっそりネコパーティーに貸しに行こう。あ、もしかしてヤツにあげちゃってもバレないんじゃないか?

 お母さんはどうせ仕事ばっかりだし、私とこんな話したことだってすぐ忘れるに決まってる。


「あ、詩織」


 廊下へと続く扉に手をかけたところで、またお母さんは話し出す。


「今カレー作ってるからね。好きだったでしょ?」


 ドアノブに触れた指が、ほんの少しだけ震えた。



*



 次の日。ネコパーティーの宇宙船内で、私たちは新たな事実を発見した。いや、発見したというよりかは、突き付けられていた、とういう方が正しいか。


「これは由々しき事態です。まさか……」


 そう。そのまさかだ。


 『ときめきシンデレラ・マリィ』の作者は連載中、若くして亡くなっていたのだ。


「嫌です嫌です嫌です! せっかく西園寺くゆと麻里てゃの気持ちが通じ合ったのに! 二人の結婚式を見届けられないだなんて!」

「落ち着いてよ。しょうがないじゃん」

「ネコパーティー生きていけないよおおおお」

「うるさ」


 この数日でネコパーティーは随分と人間らしくなった。それがいいことなのか悪いことなのかはわからないけど、一緒にいるならこっちのほうがいい。


「続きが気になって夜しか眠れません」

「眠れるならいいじゃん」


 操縦席の丸椅子に座るネコパーティーは俯いて、銀色のてかてかした耳をしょぼんと垂れさせている。……可愛いって思ってしまったことが悔しい。


「そんなに気になるんなら、自分で描けば?」


 私の言葉に、ネコパーティーは緩く首を振った。


「私は作者ではありません。勝手に描くなど……それは死者への冒涜なのではないですか」


 ああ、そっか。ネコパーティーはオタク初心者だから二次創作の概念を知らないんだ。


「ネコパーティー、いいこと教えてあげる」


 私はネコパーティーに教えてあげた。二次創作という文化のこと。マナーや常識の範囲内で、好きに創作してよいということ。

 話しているうちにネコパーティーの耳はどんどん立ち上がり、少しずつ背筋が伸びてゆく。黒くて大きな瞳が、嬉しそうに私を映した。


「当初の計画とは大きく違う形になってしまいます。……ですが、今よりかは少しだけ楽になれそうです」


 ネコパーティーはそう言って、操縦席にある緑色のボタンを押した。すぐに機械音がして、難しそうな小さなボタンやレバーが格納されていく。あっと言う間にまっさらな机になってしまった。


「詩織さん」


 振り返ったネコパーティーは私を見上げて、こう言った。


「漫画の執筆を、手伝っていただけませんか」



*



「ネコパーティー、買って来たよ!」


 宇宙船の扉をドンドンと叩く。普通の人間には見えないようになってるらしいから、傍から見たら私は変質者だろうか。脳にチップ埋め込まれてるおかげで私は見えてるらしいけど。


「ありがとうございます。どうぞおあがりください」


 扉を開けたネコパーティーはそう言って、私から荷物を受けとった。


「そっちはペンとか原稿用紙とかの道具。こっちは漫画の描き方が書いてある本。図書館で借りてきたから汚さないようにね」

「かしこまりました」


 ネコパーティーから軍資金と言って渡されたお金で買ってきたけど、よかったのだろうか。よくよく考えたら、あれって出所不明では? 私犯罪者になったりしないよね。


「あのお金は私の同胞が正規のルートで稼いだものなので、ご心配なさらず」

「え、働いてるってこと? 宇宙人なのに?」

「はい。我々は変装も得意です」


 なにそれ怖っ。地球人になりすました宇宙人が紛れてるのかよ。


 ネコパーティーと一緒にいるようになってわかったんだけど、ここ十数年の間で地球に来る宇宙人は少し増えたらしい。技術が発展したからってのもあるけど、その目的の大半は漫画なんだって。

 宇宙人だけど、言ってることは外国からくる旅行客と大差ない。侵略とかじゃなくてよかった。


「詩織さんが買い出しに行っている間にぷろっととやらを練ってみたのですが、このような物語はどうでしょうか」

「どれどれ」


 私の主な仕事はネコパーティーのサポート。感情の機微に疎いネコパーティーに助言したり、地球の文化を教えたり。そういうことをしてほしいらしい。あと、アシスタント的な役割もある。


「ふーん……まあ、初心者の割にはいい方なんじゃない?」

「ありがとうございます」


 ネコパーティーはそう言って、後頭部のあたりを掻いた。


 それにしてもこのプロット、起承転結もしっかりしてるし、無駄がない。それでいてしっかりと少女漫画の王道を踏んでいる。私のスマホで勝手に漫画読んだおかげだろうな。


 気持ちは通じたのに付き合ってるのか自信ない主人公、付き合ってるつもりのヒーロー。不器用な二人はすれ違いながらも絆を深めて、最後は結婚エンドか。

 ありきたりと言ってしまえばそれまでだけど、ここからどう面白くするかがネコパーティーの腕にかかっている。


「……不思議ですね」


 ポツリと、ネコパーティーは呟く。


「非現実を思い描き、それを形にするだなんて。考えたこともありませんでした」


 ネコパーティーはどこか遠い一点を見つめていた。

 そうか、向こうの星では本来こういうことに否定的だったもんね。少しずつ漫画が受け入れられているとは言え、古い価値観に固執する個体もいるんだろう。地球みたいに。


「生まれてきてよかったって、思う?」


 私の問いに、ネコパーティーの耳がピクリと動いた。

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