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1 出会い

頭のネジを緩めてご覧いただければと思います。

 宇宙人だ。


 ぱっと出てきた感想がそれだった。

 灰色のつるつるした肌、大きな黒目、ドラム缶みたいにずんぐりした胴体。頭の上の方にはネコ耳らしきものが生えている。服はもちろん着ていない。


 いつもと同じ帰り道。膝上まで伸びる草に覆われた空き地にそんなものが佇んでいたら、誰だって足を止めるだろう。


「○▼※□÷Ψ?」

「わっ!? 喋った!」


 彼? 彼女? どっちかわからないそれは、何か言葉のようなものを発しながらこちらに近づいてくる。

 もしかしてやばいやつかもしれないな、これ。()られる?


「%€〒○☆」

「ひっ!?」


 よくわからない何かは、背中から細い腕をウネウネと伸ばして……え、やばい腰抜けた。

 ぎゅっと目を瞑る私のおでこに、冷たいものが触れる。


「うわっ……な、なに……?」

「失礼いたしました。読み書きはできるのですが、これをしないと会話はできないもので」

「うわあ何!? 誰!?」


 ギョッと目を見開くと、そこに広がるのはさっきまでと同じ光景。一つだけ違うとしたら、それは。


「初めまして、地球のお方。SUJ-1007より参りました、フィョグメチョルィ・ネコパティ・ニュニネヌーレと申します」

「う、宇宙人が……喋った!?」


 そう、こいつ、日本語喋るようになったのだ。


「正確に言いますと、私が話す言葉をあなたの脳が自動的に翻訳しているのです」

「な、なるほど?」

「はい。先ほどチップを入れさせていただきました」

「へえ……ホンヤクコンニャクみたい……」


 さすが宇宙人だ。この短時間で私に高性能チップを埋め込むなんて。


 ……え、待って、こいつ恐ろしいこと言わなかった?


「いやチップ入れるって何!? 何勝手なことしてくれてんの!? 早く取って!」

「もしや、これが地球の『ノリツッコミ』というものなのでしょうか?」


 そいつはネコ耳をピクピクと動かして首を傾げている。そういえば、なんでこいつネコ耳なんて生えてるんだろう。宇宙人のくせに。まあ今はそんな場合じゃないけど。


「早く取ってよ! 怖いんだけど!」


 額を掻きむしって叫ぶ。チップらしきものはそこにはなくて、本当に埋められたのかわからない。けど、怖いものは怖い。なんだか背中がぞわぞわする。


「しかしチップがなければ話せませんし、そもそも人体に悪影響はありませんが」

「うそだ!」

「嘘ではありません。……家を出るとき、毎回『そんな装備で大丈夫か?』という幻聴が聞こえるようになりますが」


 大嘘じゃないか!


「以前インストールした文化資料にそのような記述がありまして。その弊害なのです」


 ()()の喋り方は無機質で抑揚がない。ロボットなのか生き物なのかすらも私にはよくわからなかった。


「我々は地球人に害をなすつもりはありませんし、むしろ友好的な関係を築きたいと考えています」


 真っ暗な目を光らせて、そいつは言う。いや普通に意味わかんないけど。


 初対面の人の頭に異物埋め込んでおいて仲良くしたいって何。礼儀ってものを知らないの?


「チップとってくれないならあんたのこと売るよ? あんたみたいなの政府に見つかったら解剖されるんだからね!」

「はあ、そうですか」


 やっぱり表情を変えないこいつは、解剖される危険性っていうものが理解できないんだろうか。ちょっと拍子抜けだ。


「そうだよ! 漫画とかではそうだもん!」

「まんが? まんがとは何です?」


 瞬間、パンクしそうな頭の中で、死ぬほどどうでもいいことが浮かぶ。


 えー、宇宙人って漫画知らないんだ。


 嫌悪感より、そんな驚きが勝った。なんだかちょっとだけ誇らしい。ここより文明進んでそうなのに漫画はないなんて。日本人すごい。鳥獣戯画万歳。


「漫画ってのはね、枠で区切られたところに絵とか文字とか書いて物語を伝えるやつだよ。読み物。書物なワケ」

「ああ、でしたら知っています」

「知ってんのかい」


 ずっこける私に背を向けて、それ(・・)は宇宙船らしきものをいじる。プシューっと音を立てて開かれた扉の向こうには、馴染み深い文字で書かれた何かがあった。


「これって……もしかして」

「はい。これが、まんが……というものではないでしょうか」


 操縦席の隣にある小さな本棚に入っていたのは、紛れもない漫画だった。絵柄は古いし知らない漫画だ。だけど日本語で題名書かれてるし中身も日本語。作者も日本人っぽい名前。

 どうしてこれがこんなところに。


「以前我が同胞が偵察に訪れた際、拾ったと言うのです」


 なるほどね。拾ったなら納得。宇宙人が本屋で少女漫画を買う絵面は想像しにくいもん。


「私が今回地球を訪れた理由も、これなのです」


 え、どういうこと?


「幾度と無く眠れない夜を過ごしました。生まれて初めてやるせなさを感じました」


 なんの話?


「我々は理性的な種族です。故に感情的になることなどありません。……それなのに、どうしてか胸が痛むのです」


 状況を呑み込めない私に、それ(・・) は俯きがちに言った。


「だから、お願いです。初めて出会った地球人であるあなたに、どうしても頼みたいことがあるのです」


 あー、なんか嫌な予感がする。


「私に協力してくださいませんか?」



*



 それ(・・)の話をまとめると、要点はこうだ。


 同胞が地球から持って帰ってきた書物で、彼らはこっちの言葉を研究しようとしたらしい。最近、こいつの星では地球の研究が進められてるんだって。


 エリートたちが必死に書物を解析した結果、ある程度は解読されたそう。

 そしてその書物は絵のついた恋愛物語だった。俗に言う、少女漫画である。


 彼らは驚愕した。何にかって、「恋愛」というものに対してだ。


 彼らは感情が薄い生き物のようだ。恋愛感情なんてものは認識しない。ただ種の繁栄のためだけに繁殖を繰り返す生物らしい。

 そんな彼らにとって「恋愛」とは未知の領域であり、大きな驚きと激しい混乱をもたらすものであった。

 きっと、胸がキュンとする感覚に戸惑いを覚えたのだろう。可愛いところもあるじゃないか。


 しかし、一つだけ困ったことがあった。


「我が同胞が持ち帰ってきたのは三巻まで。しかし物語は完結していませんでした。ですが我々はこの感情をもっと知るべきです。地球の文化を理解するために……いや、それ以上に」


 それ(・・)は言った。とんでもない早口で。


「西園寺くゆと麻里てゃのもどかしい恋愛の終着点をどうしても見届けなければと思いまして。一途で健気な麻里てゃに西園寺くゆも素直になればいいものを、思ってもないことばかり言ってすれ違うのが切なくて切なくて。しかも西園寺くゆの幼馴染を名乗る由佳ちが現れて麻里てゃの恋路が__」


 ……長くなりそうなので一言でまとめると、つまりは続きが気になって仕方がないってこと。


 それにしても、西園寺「くゆ」とか麻里「てゃ」とかどこで知ったんだその呼び方。理性的な種族を自称するわりにはもう立派な限界オタクじゃないか。


「こんなに気になってるのに最後『四巻へ続く!』で終わってて横転しました」


 ツイ廃かよ。


「とにかく、あなたには手伝って欲しいのです。私はこの続きを読みたいのですが、ショテンやトショカンを探しても見つけることができませんでした」


 見ず知らずの不気味な宇宙人を手伝うなんて、ちょっと怖いしごめんだ。第一、書店にも図書館にもないならもうお手上げじゃないか。


「手伝っていただけたら、埋め込んだチップを回収いたします」


 まあでも、そういうことなら仕方ない。ほっといたら他の人にもチップ埋めちゃうかもしれないし。被害者は私だけでいい。私にできることをやろう。

 それにちょっとだけ面白いって思ってしまった。私たち人間より遥かに理性的な生き物がたった一つの少女漫画でこうなっちゃうなんて。


「いいだろう。この私、名探偵浅野詩織が続きを見つけて進ぜようじゃないか!」

「ありがとうございます」


 言ってるうちにちょっとワクワクしてきちゃったかも。探偵ごっこ、憧れてたんだよね。


「っていうか、あんたのことはなんて呼べばいいの? 名前は?」


 そういえば聞いてなかった気がする。いや、名乗ってたような気もするけど覚えてないや。


「フィョグメチョルィ・ネコパティ・ニュニネヌーレと申します」

「ネコ……なんて?」

「フィョグメチョルィ・ネコパティ・ニュニネヌーレです」


 なんて?


「……わ、わかった。地球(ここ)ではあんたは『ネコパーティー』だよ。いいね?」

「かしこまりました。ネコパーティーとお呼びください」


 てなわけで、私とネコパーティーの本探しが始まったのだ。

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