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いずれ神話の異世界英雄譚  作者: 那瀬斗 赫
第一章 始まり
8/21

俺はいいから、先に行け!〜ベヘモット〜



 橋の両サイドに現れた臙脂色(えんじいろ)の光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣は二十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートル位の大きさだが、その数がおびただしい。


 小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えたヒトガタの魔獣〝スカルソルジャー〟が溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ臙脂色の光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っている。しかしまだ、増え続けるようだ。


 しかし、数百体のガイコツ戦士より、反対の通路側の方がヤバイとセトは感じていた。


 二十メートル級の魔法陣からは体長十七メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔獣が出現したからだ。もっとも近い既存の生物に例えるならノドサウルスだろうか。ただし、瞳は臙脂色の光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から蒼い炎を放っているという付加要素が付くが……


 オネス団長が呟いた〝ベヘモット〟という魔獣は、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。


「グルァァァァァアアアアア!!」

「ッ!?」


 その咆哮で正気に戻ったのか、オネス団長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。


「ベイル! 生徒達を率いてスカルソルジャーを突破しろ! ルカ、アラン、ビスタ! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 煌唏、お前達は早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、オネスさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も……」

「馬鹿野郎! あれが本当にベヘモットなら、今のお前達では無理だ! ヤツは七十階層の魔獣。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった怪物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」


 オネス団長の鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる煌唏。


 どうにか撤退させようと、再度団長が煌唏に話そうとした瞬間、ベヘモットが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。


 そうはさせるかと、シンセアル神聖王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。


「「「望むは壁、ここは聖域なり、全ての神敵を阻み、子らに護りを──〝天隔〟!!」」」


 二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回こっきり一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。純白に輝く半球状の障壁がベヘモットの突進を防ぐ!


 衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヘモットの足元が粉砕される。橋全体が石造りにもかかわらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。


 スカルソルジャーは三十八階層に現れる魔獣だ。今までの魔獣とは一線を画す戦闘能力を持っている。前方に立ちはだかる不気味な骸骨のヒトガタの魔獣と、後ろから迫る恐ろしい気配に生徒達は半ばパニック状態だ。


 隊列など無視して我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく。騎士団員の一人、ベイルが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。


 その内、一人の女子生徒が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げると、眼前で一体のスカルソルジャーが剣を振りかぶっていた。


「あ」


 そんな一言と同時に彼女の頭部目掛けて剣が振り下ろされた。


 死ぬ──女子生徒がそう感じた次の瞬間、スカルソルジャーの足元が突然隆起した。


 バランスを崩したスカルソルジャーの剣は彼女から逸れてカンッという音と共に地面を叩くに終わる。更に、地面の隆起は数体のスカルソルジャーを巻き込んで橋の端へと向かって波打つように移動していき、遂に奈落へと落とすことに成功した。


 橋の縁から二メートルほど手前には、座り込みながら荒い息を吐くセトの姿があった。セトは連続で地面を錬成し、滑り台の要領で魔物達を橋の外へ滑らせて落としたのである。いつの間にか、錬成の練度が上がっており、連続で錬成が出来るようになっていたおかげだ。錬成範囲も少し広がったようだ。


 もっとも、錬成は触れた場所から一定範囲にしか効果が発揮されないので、スカルソルジャーの剣の間合いで地面にしゃがまなければならず、緊張と恐怖でセトの内心は一杯一杯だったが。


 魔力回復薬を飲みながら一旦翔一に場を預けて、倒れたままの女子生徒のもとへ駆け寄るセト。錬成用の魔法陣が組み込まれた手袋越しに女子生徒の手を引っ張り立ち上がらせる。


 呆然としながら為されるがままの彼女に、セトが笑顔で声をかけた。


「早く前へ。大丈夫、冷静になればあんな骨どうってことない。うちのクラスは僕と翔一を除いて全員チートなんだから。」


 自信満々で背中をバシッと叩くセトをマジマジと見る女子生徒は、次の瞬間には「うん!ありがとう!」と元気に返事をして駆け出した。


 セトは翔一と一緒に周囲のスカルソルジャーの足元を崩して固定し、足止めをしながら周囲を見渡す。


 誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器や魔法を振り回している。このままでは、いずれ死者が出る可能性が高い。ベイルさんが必死に纏めようとしているが上手くいっていない。そうしている間にも魔法陣から続々と増援が送られてくる。


「なんとかしないと……必要なのは強力なリーダー……道を切り開く火力…………緋之河くん!」


 セトは走り出した。煌唏達のいるベヘモットの方へ向かって。





 ベヘモットは依然、障壁に向かって突進を繰り返していた。


 障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。既にオネス団長も障壁の展開に加わっているが焼け石に水だった。


「ええい、くそ!もうもたん!煌唏、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」


「嫌です!オネスさん達を置いていくわけには行きません!絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時にわがままを……」


 オネス団長は苦虫を噛み潰したような表情になる。


 この限定された空間ではベヘモットの突進を回避するのは難しい。それ故、逃げ切るためには障壁を張り、押し出されるように撤退するのがベストだ。


 しかし、その微妙なさじ加減は戦闘のベテランだからこそ出来るのであって、今の煌唏達には難しい注文だ。


 その辺の事情を掻い摘んで説明し撤退を促しているのだが、煌唏は〝置いていく〟ということがどうしても納得できないらしく、また、自分ならベヘモットをどうにかできると思っているのか目の輝きが明らかに攻撃色を放っている。


 まだ、若いから仕方ないとは言え、少し自分の力を過信してしまっているようである。戦闘素人の煌唏達に自信を持たせようと、まずは褒めて伸ばす方針が裏目に出たようだった。


「煌唏! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」


 望愛は状況がわかっているようで煌唏を諌めようと腕を掴む。


「へっ、煌唏の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、煌唏!」

「廉太郎……ありがとな」


 しかし、廉太郎の言葉に更にやる気を見せる煌唏。それに望愛は舌打ちする。


「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

「望愛ちゃん……」


 苛立つ望愛に心配そうな雅。


 その時、一人の男子が煌唏の前に飛び込んできた。


「緋之河くん!」

「てっ、天童時!?」

「セトくん!?」


 驚く一同にセトは必死の形相でまくし立てる。


「早く撤退を!皆のところに!君がいないとムリだ!早く!」

「いきなりなんだ?それより、なんでこんな所にいるんだ!ここは君がいていい場所じゃない!ここは俺達に任せて天童時は……」

「そんなこと言っている場合じゃないっ!」


 セトを言外に戦力外だと告げて撤退するように促そうとした煌唏の言葉を遮って、セトは今までにない乱暴な口調で怒鳴り返した。


 いつも苦笑いしながら物事を流す大人しいイメージとのギャップに思わず硬直する煌唏。


「あれが見えないのか!?みんなパニックになってる!リーダーがいないからだ!」


 煌唏の胸ぐらを掴みながら指を差すセト。


 その方向にはスカルソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達がいた。


 訓練のことなど頭から抜け落ちたように誰も彼もが好き勝手に戦っている。効率的に倒せていないから敵の増援により未だ突破できないでいた。スペックの高さが命を守っているが、それも時間の問題だろう。


「一撃で切り抜ける力が必要なんだ!皆の恐怖を吹き飛ばす力が!それが出来るのはリーダーの緋之河くんだけでしょ!前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」


 呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見る煌唏は、ぶんぶんと頭を振るとセトに頷いた。


「ああ、わかった。直ぐに行く!オネス団長!すいませ──」

「下がれぇーー!」


 〝すいません、先に撤退します〟──そう言おうとしてオネス団長の方へ振り返った瞬間、その団長の悲鳴と同時に、遂に障壁が砕け散った。


 暴風のように荒れ狂う衝撃波がセト達を襲う。咄嗟に、セトが前に出て錬成により石壁を作り出すがあっさり砕かれ吹き飛ばされる。多少は威力を殺せたようだが……


 舞い上がる埃がベヘモットの咆哮で吹き払われた。


 そこには、倒れ伏し呻き声を上げる団長と騎士が三人。衝撃波の影響で身動きが取れないようだ。煌唏達も倒れていたがすぐに起き上がる。オネス団長達の背後にいたことと、セトの石壁が功を奏したようだ。


「ぐっ……廉太郎、望愛、時間を稼げるか?」


 煌唏が問う。それに苦しそうではあるが確かな足取りで前へ出る二人。団長たちが倒れている以上自分達がなんとかする他ない。


「やるしかねぇだろ!」

「……なんとかしてみるわ!」


 二人がベヘモットに突貫する。


「雅はオネスさん達の治癒を!」

「うん!」


 煌唏の指示で雅が走り出す。セトは翔一と合流して既に団長達のもとだ。戦いの余波が届かないよう石壁を作り出している。気休めだが無いよりマシだろう。


 煌唏は、今の自分が出せる最大の技を放つための詠唱を開始した。


「絶対なる創世の神よ!我に神の子らを護る力を与え給え!我に不屈の勇気と消えぬ希望を与え給え!祈りは聞き入れられた!与えられし御力により!聖剣を振り下ろし、この一撃をもって邪悪を打ち砕く!──〝神威〟!」


 詠唱と共にまっすぐ突き出した聖剣から極光が迸る。


 先の飛閃と同系統だが威力が段違いだ。橋を震動させ石畳を抉り飛ばしながらベヘモットへと直進する。


 廉太郎と望愛は、詠唱の終わりと同時に既に離脱してた。ギリギリだったようで二人共ボロボロだ。この短い時間だけで相当ダメージを受けたようだ。


 放たれた光属性の砲撃は、轟音と共にベヘモットに直撃した。光が辺りを満たし白く塗りつぶす。激震する橋に大きく亀裂が入っていく。


「これなら……はぁはぁ」

「はぁはぁ、流石にやったよな?」

「だといいけど……」


 廉太郎と望愛が煌唏の傍に戻ってくる。煌唏は莫大な魔力を使用したようで肩で息をしている。


 先ほどの攻撃は文字通り、煌唏の切り札だ。残存魔力を全て使って放つ大技だ。背後では、治療が終わったのか、オネス団長が起き上がろうとしている。


 そんな中、徐々に光が収まり、舞う埃が吹き払われる。


 その先には……


 無傷でピンピンしているベヘモットがいた。


 低い唸り声を上げ、光輝を射殺さんばかりに睨んでいる。と、思ったら、直後、スッと頭を掲げた。頭の角がキィーーーという甲高い音を立てながら熱化していく。赤を超えて青白くなってきている。そして、遂に頭部の兜全体がマグマのように燃えたぎった。角から外周に向けて、蒼から赤へと変わる綺麗なグラデーションだ。っと、そんな場合ではない。


「ボケッとするな!逃げるぞ!」


 オネス団長の叫びに、ようやく無傷というショックから正気に戻った煌唏達が身構えた瞬間、ベヘモットが突進を始める。そして、煌唏達のかなり手前で跳躍し、超熱化した頭部を下に向けて隕石のように落下した。


 煌唏達は、咄嗟に横っ飛びで回避するも、着弾時の衝撃波をモロに浴びて吹き飛ぶ。ゴロゴロと地面を転がりようやく止まった頃には、満身創痍の状態だった。


 どうにか動けるようになったオネス団長が駆け寄ってくる。他の騎士団員は、まだ雅による治療の最中だ。ベヘモットはめり込んだ頭を抜き出そうと踏ん張っている。


「お前等、動けるか!」


 オネス団長が叫ぶように尋ねるも返事は呻き声だ。先ほどの団長達と同じく衝撃波で体が麻痺しているのだろう。内臓へのダメージも相当のようだ。


 オネス団長が雅を呼ぼうと振り返る。その視界に、駆け込んでくるセトと翔一の姿を捉えた。


「坊主共! 雅を連れて、煌唏を担いで下がれ!」


 二人にそう指示する団長。


 煌唏を、煌唏だけを担いで下がれ。その指示の示す所は、それすなわち、もう一人くらいしか逃げることも敵わないということなのだろう。


 オネス団長は唇を噛み切るほど食いしばり盾を構えた。ここを死地と定め、命を賭けて食い止めるつもりだ。


 そんな団長に、翔一が必死の形相で、とある提案をする。それは、この場の全員が助かるかもしれない唯一の方法。ただし、あまりに馬鹿げている上に成功の可能性も少なく、二人が一番危険を請け負う方法だ。


 団長は逡巡するが、ベヘモットが既に戦闘態勢を整えている。再び頭部の兜が赤熱化を開始する。時間がない。


「……やれるんだな?」

「やります」

「お任せを団長」


 決然とした眼差しを真っ直ぐ向けてくる二人に、オネス団長は「くっ」と笑みを浮かべる。


「まさか、お前さんに命を預けることになるとはな。……必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」

「「はい!」」


 オネス団長はそう言うとベヘモットの前に出た。そして、簡易の魔法を放ち挑発する。ベヘモットは、先ほど煌唏を狙ったように自分に歯向かう者を標的にする習性があるようだ。しっかりとその視線がオネス団長に向いている。


 そして、超熱化を果たした兜を掲げ、突撃、跳躍する。オネス団長は、ギリギリまで引き付けるつもりなのか目を見開いて構えている。そして、小さく詠唱をした。


「風よ!──〝風壁〟」


 詠唱と共にバックステップで離脱する。


 その直後、ベヘモットの頭部が一瞬前までオネス団長がいた場所に着弾した。発生した衝撃波や石礫は〝風壁〟でどうにか逸らす。大雑把な攻撃なので避けるだけならなんとかなる。倒れたままの煌唏達を守りながらでは全滅していただろうが。


 再び、頭部をめり込ませるベヘモットに、セトと翔一が飛びついた。超熱化の影響が残っており二人の肌を焼く。しかし、そんな痛みは無視して二人も詠唱した。名称だけの詠唱。最も簡易的な魔法。


「──〝錬成〟!」


 石中に埋まっていた頭部を抜こうとしたベヘモットの動きが止まる。周囲の石を砕いて頭部を抜こうとしても、二人が錬成して直してしまうからだ。


 ベヘモットは足を踏ん張り力づくで頭部を抜こうとするが、今度はその足元が錬成される。ずぶりと一メートル以上沈み込む。更にダメ押しと、セトが、その埋まった周囲一メートル弱を錬金変成で地球で最も硬い金属であるタングステンに変成させ、それを周りの地面と癒着させて固定する。


 ベヘモットのパワーは凄まじく、油断すると直ぐ周囲のタングステンを変形させ、石畳に亀裂を入れて抜け出そうとするが、その度に錬成をし直して抜け出すことを許さない。ベヘモットは頭部を地面に埋めたままもがいている。中々に間抜けな格好だ。


 その間に、オネスは回復した騎士団員と雅を呼び集め、煌唏達を担ぎ離脱しようとする。


 スカルソルジャーの方は、どうやら幾人かの生徒が冷静さを取り戻したようで、周囲に声を掛け連携を取って対応し始めているようだ。立ち直りの原因が、実は先ほどセトが助けた女子生徒だったりする。地味に貢献しているセトである。


「待って下さい! まだ、二人がっ」

 撤退を促すオネス団長に雅が猛抗議した。


「坊主達の作戦だ! ソルジャーどもを突破して安全地帯を作ったら魔法で一斉攻撃を開始する! もちろん坊主達がある程度離脱してからだ! 魔法で足止めしている間に坊主達が帰還したら、上階に撤退する!」

「なら私も残ります!」

「ダメだ! 撤退しながら、雅には煌唏を治癒してもらわにゃならん!」

「でも!」


 なお、言い募る雅にオネス団長の怒鳴り声が叩きつけられる。


「坊主達の思いを無駄にする気か!」


「ッ──」


 オネス団長を含めて、メンバーの中で最大の攻撃力を持っているのは間違いなく煌唏である。少しでも早く治癒魔法を掛け回復させなければ、ベヘモットを足止めするには火力不足に陥るかもしれない。そんな事態を避けるには、雅が移動しながら煌唏を回復させる必要があるのだ。ベヘモットは二人の魔力が尽きて錬成ができなくなった時点で動き出す。


「天の光、満ち満ちて癒しをもたらせ──〝回天〟」


 雅は泣きそうな顔で、それでもしっかりと詠唱を紡ぎ、淡い光で煌唏を包む。体の傷と同時に魔力をも回復させる治癒魔法だ。


 オネス団長は、雅の肩をグッと掴み頷く。雅も頷き、もう一度、必死の形相で錬成を続ける二人へと振り返った。そして、煌唏を担いだオネス団長と、望愛と廉太郎を担いだ騎士団員達と共に撤退を開始した。


 スカルソルジャーは依然、数を増やし続けていた。既にその数は三百体近くはいるだろう。階段側へと続く橋を埋め尽くしている。


 だが、ある意味それでよかったのかもしれない。もし、もっと隙間だらけだったなら、突貫した生徒が包囲され惨殺されていただろう。実際、最初の百体くらいの時に、それで窮地に陥っていた生徒は結構な数いたのだ。


 それでも、未だ死人が出ていないのは、ひとえに騎士団員達のおかげだろう。彼等の必死のカバーが生徒達を生かしていたといっても過言ではない。代償に、既に彼等は満身創痍だったが。


 騎士団員達のサポートがなくなり、続々と増え続ける魔獣にパニックを起こし、魔法を使いもせずに剣やら槍やら武器を振り回す生徒がほとんどである以上、もう数分もすれば完全に瓦解するだろう。


 生徒達もそれをなんとなく悟っているのか表情には絶望が張り付いている。先ほどセトが助けた女子生徒の呼びかけで少ないながらも連携をとり奮戦していた者達も限界が近いようで泣きそうな表情だ。


 誰もが、もうダメかもしれない、そう思ったとき……


「──〝飛閃〟!」


 純白の斬撃がスカルソルジャー達のド真ん中を切り裂き吹き飛ばしながら炸裂した。


 橋の両側にいたソルジャー達も押し出されて奈落へと落ちていく。斬撃の後は、直ぐに雪崩れ込むように集まったスカルソルジャー達で埋まってしまったが、生徒達は確かに、一瞬空いた隙間から上階へと続く階段を見た。今まで渇望し、どれだけ剣を振るっても見えなかった希望が見えたのだ。


「皆! 諦めるな! 道は俺が切り開く!」


 そんなセリフと共に、再び〝飛閃〟が敵を切り裂いていく。煌唏が発するカリスマに生徒達が活気づいていく。


「お前達! 今まで何をやってきた! 訓練を思い出せ! さっさと連携をとらんか! 馬鹿者共が!」


 皆の頼れる団長が〝飛閃〟に勝るとも劣らない一撃を放ち、敵を次々と打ち倒す。


 いつも通りの頼もしい声に、沈んでいた気持ちが復活する。手足に力が漲り、頭がクリアになっていく。実は、雅の魔法の効果も加わっている。精神を鎮める魔法だ。リラックスできる程度の魔法だが、煌唏達の活躍と相まって効果は抜群だ。


 治癒魔法に適性のある者がこぞって負傷者を癒し、魔法適性の高い者が後衛に下がって強力な魔法の詠唱を開始する。前衛職はしっかり隊列を組み、倒すことより後衛の守りを重視し堅実な動きを心がける。


 治癒が終わり復活した騎士団員達も加わり、反撃の狼煙が上がった。チートどもの強力な魔法と武技の波状攻撃が、怒涛の如く敵目掛けて襲いかかる。凄まじい速度で殲滅していき、その速度は、遂に魔法陣による魔獣の召喚速度を超えた。


 そして、階段への道が開ける。


「皆! 続け! 階段前を確保するぞ!」


 煌唏が掛け声と同時に走り出す。


 ある程度回復した廉太郎と望愛がそれに続き、バターを切り取るようにスカルソルジャーの包囲網を切り裂いていく


 そうして、遂に全員が包囲網を突破した。背後で再び橋との通路が肉壁ならぬ骨壁により閉じようとするが、そうはさせじと煌唏が魔法を放ち蹴散らす。


 クラスメイトが訝しそうな表情をする。それもそうだろう。目の前に階段があるのだ。さっさと安全地帯に行きたいと思うのは当然である。


「皆、待って! 天童時くんと鬼灯くんを助けなきゃ! 二人であの怪物を抑えてるの!」


 雅のその言葉に何を言っているんだという顔をするクラスメイト達。そう思うのも仕方ない。なにせ、二人共〝無能〟で通っているのだから。


 だが、困惑するクラスメイト達が、数の減ったスカルソルジャー越しに橋の方を見ると、そこには確かにセトと翔一の姿があった。


「なんだよあれ、何してんだ?」

「あの魔獣、上半身が埋まってる?」


 次々と疑問の声を漏らす生徒達にオネス団長が指示を飛ばす。


「そうだ! 坊主達がたった一人であの化け物を抑えているから撤退できたんだ! 前衛組! ソルジャーどもを寄せ付けるな! 後衛組は遠距離魔法準備! もうすぐ坊主達の魔力が尽きる。アイツ等が離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」


 ビリビリと腹の底まで響くような声に気を引き締め直す生徒達。中には階段の方向を未練に満ちた表情で見ている者もいる。


 無理もない。ついさっき死にかけたのだ。一秒でも早く安全を確保したいと思うのは当然だろう。しかし、団長の「早くしろ!」という怒声に未練を断ち切るように戦場へと戻った。


 その中には小林草太もいた。自分の仕出かした事とはいえ、本気で恐怖を感じていた小林は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかった。


 しかし、ふと脳裏にあの日の情景が浮かび上がる。


 それは、迷宮に入る前日、ローディンの町で宿泊していたときのこと。


 緊張のせいか中々寝付けずにいた小林は、トイレついでに外の風を浴びに行った。涼やかな風に気持ちが落ち着いたのを感じ部屋に戻ろうとしたのだが、その途中、ネグリジェ姿の雅を見かけたのだ。


 初めて見る雅の姿に思わず物陰に隠れて息を詰めていると、雅は小林に気がつかずに通り過ぎて行った。


 気になって後を追うと、雅は、とある部屋の前で立ち止まりノックをした。その扉から出てきたのは……セトだった。


 小林は頭が真っ白になった。小林は雅に好意を持っている。しかし、自分とでは釣り合わないと思っており、煌唏のような相手なら、所詮住む世界が違うと諦められた。


 しかし、セトは違う。自分より劣った存在(小林はそう思っている)が、ゴミ(翔一)を庇い、構うゴミ(セト)が雅の傍にいるのはおかしい。それなら自分でもいいじゃないか、と端から聞けば頭大丈夫?脳神経外科行く? と言われそうな考えを小林は本気で持っていた。コレは、美馬や山本も然りである。


 ただでさえ溜まっていた不満は、すでに憎悪にまで膨れ上がっていた。雅が見蕩れていたフロルライト鉱石を手に入れようとしたのも、その気持ちが焦りとなってあらわれたからだろう。


 その時のことを思い出した小林は、たった二人でベヘモットを抑えるセトと翔一を見て、今も祈るように二人を案じる雅を視界に捉え……


 ほの暗い笑みを浮かべた。








 その頃、セトと翔一はもう直ぐ自分の魔力が尽きるのを感じていた。既に回復薬は使い切っている。チラリと後ろを見るとどうやら全員撤退できたようである。隊列を組んで詠唱の準備に入っているのがわかる。


 ベヘモットは相変わらずもがいているが、この分なら錬成を止めても数秒は時間を稼げるだろう。その間に少しでも距離を取らなければならない。


 額の汗が目に入る。極度の緊張で心臓がバクバクと今まで聞いたことがないくらい大きな音を立てているのがわかる。


 二人はタイミングを見計らった。


 そして、数十度目の亀裂が走ると同時に最後の錬成でベヘモットを拘束する。同時に、一気に駆け出した。


 二人が猛然と逃げ出した五秒後、地面が破裂するように粉砕されベヒモスが咆哮と共に起き上がる。その眼に、憤怒の色が宿っていると感じるのは勘違いではないだろう。鋭い眼光が己に無様を晒させた怨敵を探し……


 二人を捉えた。


 再度、怒りの咆哮を上げるベヘモット。二人を追いかけようと四肢に力を溜めた。


 だが、次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。


 夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヘモットを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めにはなっている。


 いける! と確信し、転ばないよう注意しながら頭を下げて全力で走る二人。すぐ頭上を致死性の魔法が次々と通っていく感覚は正直生きた心地がしないが、チート集団がそんなミスをするはずないと信じて駆ける。ベヒモスとの距離は既に三十メートルは広がった。


 思わず、頬が緩む。


 しかし、その直後、セトの表情は凍りついた。


 また、幻視したのだ。魔法が自分の方にクイッと曲って直撃する光景を。


 その数秒後、やはり無数に飛び交う魔法の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ。


 ……セトの方に向かって。


 明らかにセトを狙い誘導されたものだ。


(やっぱりか!?)


 疑問や困惑、驚愕が一瞬で脳内を駆け巡り、セトは愕然とする。


 咄嗟にスライディングの姿勢になり、火球を避ける。が、その避けた火球ともう一つクイッと翔一に向けて曲った火球が両方翔一に直撃した。セトが咄嗟に振り返るが、その後飛んできた尖った石の杭に腹部を貫かれる。


「ッッ!………ゴフッ」


 翔一は、来た道を戻るように吹き飛ばされ、骨を数カ所折った。三半規管がやられた。フラフラしながらも少しでも前に進もうと立ち上がるが……


 ベヘモットも、いつまでも一方的にやられっぱなしではなかった。翔一が立ち上がった直後、背後で咆哮が鳴り響く。思わず振り返ると三度目の超熱化をしたベヘモットの眼光がしっかり翔一を捉えていた。


 そして、超熱化した頭部を盾のようにかざしながら翔一に向かって突進する!


 フラつく頭、霞む視界、迫り来るベヘモット、遠くで焦りの表情を浮かべ悲鳴と怒号を上げるクラスメート達。


 翔一は、なけなしの力を振り絞り、必死にその場を飛び退いた。直後、怒りの全てを集束したような激烈な衝撃が橋全体を襲った。ベヘモットの攻撃で橋全体が震動する。着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキメキッと橋が悲鳴を上げる。


 そして遂に……橋が崩壊を始めた。


 度重なる強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂に耐久限界を超えたのだ。


「グウァアアア!?」


 悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヘモット。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヘモットの断末魔が木霊する。


 翔一もなんとか脱出しようと這いずるが、しがみつく場所も次々と崩壊していく。


(ああ、これは、ダメだな……)


 そう思いながら対岸のクラスメート達の方へ視線を向けると、セトが腹部を貫かれ這いずりながらも手を伸ばし、雅が飛び出そうとして望愛や煌唏に羽交い締めにされているのが見えた。他のクラスメートは青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。オネス達騎士団の面々も悔しそうな表情で翔一を見ていた。


 そして、翔一の足場も完全に崩壊し、翔一は仰向けになりながら奈落へと落ちていった。徐々に小さくなる光に手を伸ばしながら……








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