終わった…〜フロルライトの罠〜
現在、セト達は【オルフェス大迷宮】の正面入口がある広場に集まっていた。
セトとしては薄暗い陰気な入口を想像していたのだが、まるで博物館の入場ゲートのようなしっかりとした入口があり、受付窓口まであった。制服を着たお姉さんが笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。
なんでも、ここでステータスカードをチェックして出入りを記録することで死亡者数を正確に把握するのだという。戦争を控え、多大な死者を出さない措置なのだろう。
入口付近の広場には露店なども所狭しと並び建っており、それぞれの店の店主がしのぎを削っている。まるでお祭りだ。
浅い階層の迷宮は良い稼ぎ場所として人気があるようで人も自然と集まってくる。馬鹿騒ぎした者が勢いで迷宮に挑み命を散らしたり、裏路地宜しく迷宮を犯罪の拠点とする人間も多くいたようで、戦争を控えながら国内に問題を抱えたくないと冒険者ギルドと協力して王国が設立したのだとか。入場ゲート脇の窓口でも素材の売買はしてくれるので、迷宮に潜る者は重宝しているらしい。
セト達は、お上りさん丸出しでキョロキョロ辺りを見回しながらオネス団長の後をカルガモのヒナのように付いていった。
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迷宮の内部は、外の賑やかさとは無縁だった。
縦横四メートル以上ある通路は明かりもないのに薄ぼんやり発光していて、松明や光を発する魔法具がなくてもある程度視認が可能だ。輝光石というほのかに青白い光を発する、特殊な鉱物が多数埋まっているらしく、【オルフェス大迷宮】は、巨大な輝光石の鉱脈の中に存在しているらしい。
一行は隊列を組みながらゾロゾロと進む。しばらく何事もなく進んでいると、ドーム状の大きな広間に出た。天井の高さは七、八メートル位ありそうだ。
と、その時、物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。
「よし、煌唏達が前に出ろ。他は下がれ!交代で前に出てもらうからな、準備しておけ!あれはマッスルラットという魔獣だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に対処しろ!」
その言葉通り、マッスルラットと呼ばれた魔獣が結構な速度で飛びかかってきた。
灰色の体毛に真紅の目が不気味に光る。マッスルラットという名称に相応しく外見はねずみっぽいが……二足歩行で全身がムッキムキだった。某鬼退治漫画のマッチョなネズミみたいだ。但し、可愛くない。それはもう本当に。少しSAN値が削られた。
正面に立つ煌唏達──特に前衛である望愛の頬が引き攣っている。やはり、気持ち悪いらしい。
間合いに入ったマッスルラットを煌唏、望愛、廉太郎の三人で迎撃する。その間に、雅と特に親しい女子、メガネっ娘の奥村里麗とロリ元気っ娘の松本陽奈が詠唱を始める。魔法を発動する準備に入った。訓練通りの堅実なフォーメーションだ。
煌唏は純白に輝くバスタードソードを視認が難しい程の速度で振るって数体をまとめて葬っている。
彼の持つその剣はシンセアル神聖王国が管理するアーティファクトの一つで、お約束の通り名称は〝聖剣〟。光属性の性質が付与されており、光源に入る敵対者を弱体化させると同時に、自身の身体能力を自動で数倍に強化してくれるという“聖なる”というにはかなり陰湿な性能を誇っている。正々堂々もクソもない。
廉太郎は、空手部らしく天職が〝拳士〟であることから籠手と脛当てを付けている。これもアーティファクトでソニックブームを出すことができ、また決して壊れないのだとか。廉太郎はどっしりと構え、見事な拳撃と脚撃で敵を後ろに通さない。無手でありながら、その姿は盾役の重戦士のようだ。
望愛は、サムライガールらしく〝剣士〟の天職持ちでサーベルのような剣を抜刀術の要領で抜き放ち、一瞬で敵を切り裂いていく。その動きは洗練されていて、騎士団員をして感嘆させるほどである。
セト達が煌唏達の戦いぶりに見蕩れていると、詠唱が響き渡った。
「「「望むは炎、敵を焼き払う火炎、我が口をついていずる言葉によりて、その姿を顕せ__〝渦炎旋〟」」」
三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がマッスルラット達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。「キィイイッ」という断末魔の悲鳴を上げながらパラパラと降り注ぐ灰へと変わり果て絶命する。
気がつけば、広間のマッスルラットは全滅していた。他の生徒の出番はなしである。どうやら、煌唏達召喚組の戦力では一階層の敵は弱すぎるらしい。
「ああ~、うん、よくやった! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」
生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意するオネス団長。しかし、初めての迷宮の魔獣討伐にテンションが上がるのは止められない。頬が緩む生徒達に「しょうがねぇな」とオネス団長は肩を竦める。
「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだぞ?」
オネス団長の言葉に雅達魔法支援組は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめるのだった。
そこからは特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調に階層を下げて行った。
そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着いた。
現在の迷宮最高到達階層は七十階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いだという。
セト達は戦闘経験こそ少ないものの、全員がチート持ちなので割かしあっさりと降りることができた。
もっとも、迷宮で一番恐いのはトラップである。場合によっては即死するトラップも数多くあるのだ。
この点については、トラップ対策として〝サーチグラス〟というものがある。これは魔力の流れを感知してトラップを発見することができるという優れものだ。迷宮のトラップはほとんどが魔法を用いたものであるから八割以上はサーチグラスで発見できる。ただし、索敵範囲がかなり狭いのでスムーズに進もうと思えば使用者の経験による索敵範囲の選別が必要だ。
従って、セト達が素早く階層を下げられたのは、ひとえに騎士団員達の誘導があったからだと言える。オネス団長からも、トラップの確認をしていない場所へは絶対に勝手に行ってはいけないと強く言われているのだ。
「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断しないように!今日はこの二十階層で訓練して終了だ!気合入れろよ!」
オネス団長のかけ声がよく響く。
ここまで、セトと翔一は特に何もしていない。一応、騎士団員が相手をして弱った魔物を相手に訓練したり、地面を錬成して落とし穴にはめて串刺しにしたり生き埋めにして窒息させたりして、何匹か犬のような見た目の魔獣を倒したが、それだけだ。
基本的には、どのパーティーにも入れてもらえず、騎士団員に守られながら後方で待機していただけである。なんとも情けない。それでも、実戦での度重なる錬成の多用で魔力が上がっているのだから意味はある。魔力の上昇によりレベルも二つほど上がったのだから実戦訓練はためになるようだ。
(ただ、これじゃあ完全に寄生型プレイヤーだよなぁ~)
(無力程悲しいものはないと思う。)
再び、騎士団員が弱った魔獣をセトの方へ弾き飛ばしてきたので、溜息を吐きながら接近し、手を突いて地面を錬成。万一にも動けないようにして、翔一が魔獣の腹部めがけて剣を突き出し串刺しにした。
(う〜ん、まぁ錬成の精度が徐々に上がっているし……地道に頑張るしかないか……)
魔力回復薬を口に含みながら、額の汗を拭うセト。騎士団員達が感心したように二人を見ていることには気がついていない。
実を言うと、騎士団員達も二人には全く期待していなかった。ただ、戦闘に余裕があるので所在無げに立ち尽くす二人を構ってやるかと魔物をけしかけてみたのだ。もちろん、弱らせて。
騎士団員達としては、二人が碌に使えもしない武器で戦うと思っていた。ところが実際は、錬成を利用して確実に動きを封じてから、止めを刺すという騎士団員達も見たことがない戦法で確実に倒していくのだ。二人の天職は鍛冶職とイコールに考えられている。故に、錬成師や錬金術師が実戦で錬成を利用することなどあり得なかった。
二人としては、何もない自分の唯一の武器は錬成しかないと考えていたので、鉱物を操れるなら地面も操れるのではないかと鍛錬した結果なのだが、周りが派手に強いので、一匹相手にするのに精一杯の自分はやはり無能だと思い込んでいた。
ちなみに本邦初公開である。王都郊外での実戦訓練で散々無様を晒した末、二人で徹夜で考え出した戦法だ。
小休止に入り、ふと前方を見ると雅と目が合った。彼女はセトの方を見て微笑んでいる。
昨夜の〝守る〟という宣言通りに見守られているようでなんとなく気恥ずかしくなり目を逸らすセト。翔一がニヤニヤしている。若干、雅が拗ねたような表情になった。それを横目で見ていた望愛が苦笑いし、小声で話しかけた。
「雅、なに天童時君と見つめ合っているのよ? 迷宮の中でラブコメなんて随分と余裕ね?」
からかうような口調に思わず顔を赤らめる雅。怒ったように望愛に反論する。
「もう、望愛ちゃん! 変なこと言わないで! 私はただ、セトくん大丈夫かなって、それだけだよ!」
「それがラブコメしてるって事でしょ?」と、望愛は思ったが、これ以上言うと本格的に拗ねそうなので口を閉じる。だが、目が笑っていることは隠せず、それを見た雅が「ふんっ」と呟いてやはり拗ねてしまった。
そんな様子を横目に見ていたセトは、ふと視線を感じて思わず背筋を伸ばす。ねばつくような、負の感情がたっぷりと乗った不快な視線だ。今までも教室などで感じていた類の視線だが、それとは比べ物にならないくらい深く重い。
その視線は今が初めてというわけではなかった。今朝から度々感じていたものだ。視線の主を探そうと視線を巡らせると途端に霧散する。朝から何度もそれを繰り返しており、セトはいい加減うんざりしていた。
(なんなのかな……僕、何かしたか? ……むしろ無能なりに頑張っている方だと思うんだけどなぁ……もしかしてそれが原因か? 調子乗ってんじゃねぇぞ! 的な感じかな? ……面倒臭ぇ~)
深々と溜息を吐くセト。雅の言っていた嫌な予感というものを、二人もまた感じ始めていた。
一行は二十階層を探索する。
迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層では全てを探索しマッピングするのに数十人規模で半月から一ヶ月はかかるというのが普通だ。
現在、四十七階層までは確実なマッピングがなされているので迷うことはない。トラップに引っかかる心配もないはずだった。
二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。この先を進むと二十一階層への階段があるらしい。
そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりだ。神代の転移魔法の様な便利なものは現代にはないので、また地道に徒歩で帰らなければならない。一行は、若干弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横列を組めないので縦列で進む。
すると、先頭を行く煌唏達やオネス団長が立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔獣のようだ。
「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」
オネス団長の忠告が飛ぶ。
その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は灰色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔獣のようだ。ポケ◯ンのカイ◯キーに似ている。なんなら本人ではなかろうか?
「ランドコングだ! 四本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」
オネス団長の声が響く。煌唏達が相手をするようだ。飛びかかってきたランドコングの豪腕を廉太郎が拳で弾き返す。煌唏と望愛が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。
廉太郎の人壁を抜けられないと感じたのか、ランドコングは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。
直後、
「グゥォオオオルァァァァアアアアーーーー!!」
部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。
「ぐっ!?」
「うおっ!?」
「きゃあ!?」
体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。ランドコングの固有魔法〝鬼気威圧〟だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。
まんまと食らってしまった煌唏達前衛組が一瞬硬直してしまった。
ランドコングはその隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ雅達後衛組に向かって投げつけた。見事な砲丸投げのフォームで。 咄嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、岩が雅達へと迫る。
雅達が、準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。避けるスペースが心もとないからだ。
しかし、発動しようとした瞬間、雅達は衝撃的光景に思わず硬直してしまう。
なんと、投げられた岩もランドコングだったのだ。空中で見事な一回転を決めると両腕をいっぱいに広げて雅達へと迫る。その姿は、ル○ンダイブのようだった。「み・や・び・ちゃ~ん!」という声が聞こえてきそうである。しかも、妙に目が血走っており鼻息が荒い。雅も里麗も陽奈も「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまった。
「こらこら、戦闘中に何やってる!」
慌ててオネス団長がダイブ中のランドコングを切り捨てる。
雅達は、「す、すいません!」と謝るものの相当気持ち悪かったらしい。まだ顔が青褪めている。
そんな様子を見てキレる若者が一人。正義感と思い込みの塊、我らが勇者緋之河煌唏である。
「貴様……よくも雅達を……許さない!」
どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。彼女達を怯えさせるなんて! と、なんとも微妙な点で怒りをあらわにする煌唏。それに呼応してか彼の聖剣が輝き出す。
「光輝け、天へと至れ──〝飛閃〟!」
「あっ、こら、馬鹿者!」
オネス団長の声を無視して、煌唏は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。
その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。逃げ場などない。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずランドコングを縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まった。
パラパラと部屋の壁から破片が落ちる。「ふぅ~」と息を吐きイケメンスマイルで雅達へ振り返った煌唏。雅達を怯えさせた魔獣は自分が倒した。もう大丈夫だ! と声を掛けようとして、笑顔で迫っていたオネス団長の拳骨を食らった。
「ぶべらっ!?」
「この馬鹿者が!あのなぁ、気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろう? 崩落でもしたらどうするんだ。生き埋めになるぞ」
オネス団長のお叱りに「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する煌唏。雅達が寄ってきて苦笑いしながら慰める。
その時、ふと雅が崩れた壁の方に視線を向けた。
「……あれ、何かな? キラキラしてる……」
その言葉に、全員が雅の指差す方へ目を向けた。
そこには薄い黄緑色に発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでツァボライトが内包された水晶のようである。雅を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。
「ほぉ~、あれはフロルライト鉱石だな。大きさも中々だ。珍しいな」
フロルライト鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなものだ。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとか。
「素敵……」
雅が、団長の簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとセトに視線を向けた。もっとも、望愛と翔一ともう一人だけは気がついていたが……
「だったら俺らで回収しようぜ!」
そう言って唐突に動き出したのは小林だった。フロルライト鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはオネス団長だ。
「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」
すると突然、小林が鉱石に触れた途端、魔法陣が起動しどこか広い部屋にとばされるのを幻視する。なぜか、それが少し先の未来のように思えて、セトは咄嗟に口を開いた。
「小林くん、それに触っちゃダメだ!」
しかし、小林は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。
オネス団長が、止めようと小林を追いかける。同時に騎士団員の一人がサーチグラスで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。
「団長! トラップです!」
「ッ!?」
しかし、オネス団長も、騎士団員の警告も一歩遅かった。
小林がフロルライト鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。フロルライト鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。美味しい話には裏がある。世の常だ。
魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現のようだ。
「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」
オネス団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが……間に合わなかった。
部屋の中に光が満ち、セト達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。
セト達は空気が変わったのを感じた。次いで、ドスンッという音と共に地面に叩きつけられた。
尻の痛みに「痛ぅ〜」と呻き声を上げながら、セトは周囲を見渡す。クラスメイトのほとんどはセトと同じように尻餅をついていたが、オネス団長や騎士団員達、煌唏達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。
どうやら、先程の魔法陣は転移させるものだったらしい。現代の魔法使いには不可能な事を平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外だ。
セト達が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。先程、幻視した通りになった。
橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。セト達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。
それを確認したオネス団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばした。
「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで走れ。急げ!」
雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。
しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量のヒトガタの魔獣が出現したからだ。更に、通路側にも魔法陣が出現し、そちらからは一体の巨大な魔獣が……
その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるオネス団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。
──ま、まさか……ベヘモット……なのか……?