ナウルの街(後編)〜シン人類〜
現在、理華、イム、ジェゼルは町に出ている。買い物のためだ。昼ごろまで数時間といったところなので計画的に動かなければならない。目標は、食料品関係と、薬関係。それと、イムとジェゼルの個人的用事だ。武器・防具類はセトが製作しているので取り敢えずは不要である。
町の中は既に喧騒に包まれていた。露店の店主が元気に呼び込みをし、主婦や冒険者らしき人々と激しく交渉をしている。飲食関係の露店も始まっているようで、朝から濃すぎないか? と言いたくなるような肉の焼ける香ばしい匂いや、タレの焦げる濃厚な香りが漂っている。
道具類の店や食料品は時間帯的に混雑しているようなので、三人はまず、ジェゼルの用事から片付けることにした。服の調達だ。
オバチャン改めクリスさんの地図には、きちんと普段着用の店、高級な礼服等の専門店、冒険者や旅人用の店と分けてオススメの店が記載されている。やはりオb……クリスさんは出来る人だ。痒いところに手が届く。
三人は、早速、とある冒険者向きの店に足を運んだ。ある程度の普段着もまとめて買えるという点が決め手だ。
その店は、流石はクリスさんがオススメするだけあって、品揃えは豊富、品質も良質で、更に機能的で実用的、されど見た目も忘れないという期待を裏切らない良店だった。
ただ、そこには……
「あら~、いらっしゃい♡可愛い子達ねぇ。来てくれて、おねぇさん嬉しぃわぁ~、た~ぷりサービスしちゃうわよぉ〜♡」
怪物がいた。身長三メートル弱、全身に筋肉という天然の鎧を纏い、第一部のJ◯JOよりも劇画タッチの濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われており先端を黄色のリボンで纏めてある。動く度に全身の筋肉がピクピクと動きギシミシと音を立て、両手を頬の隣で組み、くねくねと動いている。服装は……いや、言うべきではないだろう。少なくとも、ゴンさ◯風の腕と足、そして腹筋が丸見えの服装とだけ言っておこう。
三人は硬直した。ジェゼルは既に意識が飛びかけており、イムは上位種の魔獣以上に思える怪物の出現に覚悟を決めた目をしている。いや、ダメだった。イムとジェゼルは気絶した。
「あらあらぁ~ん?どうしちゃったの三人共?可愛い子がそんな顔してちゃだめよぉ~ん。ほら、笑って笑って?」
どうかしているのはあなたの方だ、笑えないのはあなたのせいだ!ふざけんなっ! と盛大にツッコミたいところだったが、理華は何とか堪える。人類最高レベルのポテンシャルを持つ三人だが、この怪物には勝てる気がしなかった。
しかし、何というか物凄い笑顔で体をくねらせながら接近してくる怪物に、つい堪えきれず理華は呟いてしまった。
「……人…間?」
その瞬間、怪物が怒りの咆哮を上げた。
「だぁ~れが、伝説級の魔獣すら恥も外聞も関係なく逃げ出す、見ただけでSAN値がゼロを通り越してマイナスに突入するような怪物だゴルァァアア!!」
「ひぃっ!ご、ごめんなさいっ!」
理華がふるふると震え涙目になりながら後退る。イムとジェゼルは、先ほどの気迫でうっすら残っていた意識も完全にシャットダウンした。理華が、咄嗟に謝罪すると怪物は再び笑顔……笑顔?を取り戻し接客に勤しむ。
「いいのよ~。それでぇ?今日は、どんな商品をお求めかしらぁ~?」
二人は未だ気絶したままなので、理華が覚悟を決めてジェゼルの衣服を探しに来た旨を伝える。
いつの間にか意識を取り戻したジェゼルは、もう帰りたいと言わんばかりの潤んだ目で、理華の服の裾を掴みふるふると首を振っている。しかし、怪物は「任せてぇ~」と言うやいなやジェゼルを担いで店の奥へと入っていってしまった。その時の、理華を見つめるジェゼルの目は、まるで食肉用に売られていく豚さんのようだった。男がする顔じゃないなと理華は思ったのだった。
結論から言うと、怪物改め店長のアルーミルさんの見立ては見事の一言だった。店の奥へ連れて行ったのも、ジェゼルの採寸をササッと済ませるためという何とも有り難い気遣いだった。
理華とジェゼルは、クリミル店長にお礼を言い店を出た。その頃には、店長の笑顔も愛嬌があると思えるようになっていたのは、かr…ゴホンッ…彼女の人徳ゆえだろう。イムは未だに気絶している。
「いや~、最初はどうなることかと思ったけど。店長さん良い人だったわね。」
「はい……人は見た目によらないってことですね」
「ね~ それと、敬語使わなくていいわよ。」
「?」
「ちょくちょく口調が変なのよ。喋りにくいんでしょ?」
「! ありがとうございます」
「ん……?」
「お、起きたか」
イムが目覚めたようだ。げっそりした表情をしている。
「お前が寝てる間に用事は終わったぞ。あの店長さんいい人だったぞ。」
「ああ、そう。もう一回寝て良い?」
かなりダメージを受けてしまったようだ。まぁ問答無用で歩かせるが…
そんな風に雑談しながら、次は道具屋に回ることにした三人。しかし、この三人は唯でさえ目立つ。すんなりとは行かず、気がつけば数十人の男女達に囲まれていた。冒険者風の者が大半だが、中にはどこかの店のエプロンをしている者もいる。
その内の男女が一人ずつ前に進み出た。三人は覚えていないが、この二人、実はセト達がクリスと話しているとき冒険者ギルドにいた男女だ。
「理華ちゃんで名前あってるよな?」
「イムくんとジェゼルくんであってる?」
「? ……合ってるけど」
「? 合ってるよ?」
「? なんだ?」
何の用だと訝しそうに目を細める三人。
理華の返答を聞くと男は、後ろを振り返り他の男連中に頷くと覚悟を決めた目で理華を見つめ、女の方も同じような動きをする。他の連中も前に進み出て、理華かイム、ジェゼルの前に出る。
そして……
「「「「「「理華ちゃん、俺と付き合ってください!!」」」」」」
「「「「「「イムくん私と付き合って(のこといじめて)ください!!」」」」」」
「「「「「「ジェゼルくん私と付き合ってください!!」」」」」」
何かおかしなことも聞こえたが、つまり、まぁ、そういうことである。
で、それを受けた三人はというと……
「……イム、ジェゼル、道具屋はこっちね」
「あ、はい。一軒で全部揃うといいですね」
「そうだな」
何事もなかったように歩みを再開した。
「「ちょっ、ちょっと待って(くれ)! 返事は!? 返事を聞かせてく『『『断る(ります)』』』……ぐぅ……」」
まさに眼中にないという態度に、呻き、何人かは膝を折って四つん這い状態に崩れ落ちた。しかし、諦めが悪い奴はどこにでもいる。まして、三人の美貌は他から隔絶したレベルだ。多少、暴走するのも仕方ないといえば仕方ないかもしれない。
「…っ………かくなる上は!力づくでも俺のものにしてやるぅ!」
暴走男の雄叫びに、他の連中の目もギンッと光を宿す。理華を逃さないように取り囲み、ジリジリと迫ってくる。イムとジェゼルは引き離された。おそらく、似たような状況になっているだろう。
そして遂に、最初に声を掛けてきた男が、雄叫びを上げながら理華に飛びかかった。日本人が彼を見たらこう叫ぶだろう。「あっ、ルパ○ダイブ!」と。
理華は冷めた目付きで一言呟く。
「〝華包氷結〟」
直後、男が首だけを残して氷塊に閉じ込められ、重力に引かれて落下した。「グペッ!?」と情けない悲鳴を上げて地面に転がるル○ンダイブの男。
周囲の男連中は、氷系上級魔法に分類される〝華包氷結〟を一言で発動した理華に困惑と驚愕の表情を向けていた。ヒソヒソと「事前に詠唱を終えていた」とか「魔法陣は服の下にでも隠しているに違いない」とか勝手に解釈してくれている。
実際は理華の氷属性適性が高すぎる余り、魔法の名称のみで良いだけだが。
理華は、ツカツカと氷に包まれる男のもとへ歩み寄った。周囲には、理華の実力に驚愕の表情を見せながらも、我こそは第二の○パンである! と言わんばかりに身構えている男連中がいる。なので、理華は、見せしめをすることにした。
理華が手をかざすと男を包む氷が少しずつ溶けていく。それに解放してもらえるのかと表情を緩める男。さらに熱っぽい瞳で理華を見つめる。
「り、理華ちゃん。いきなりすまねぇ! だが、俺は本気で君のことが……」
未だ氷に包まれながら男は更に思いを告げようとするが、その言葉が途中で止まる。なぜなら、溶かされていく氷がごく一部だけだと気がついたからだ。それは……
「あ、あの、理華ちゃん? どうして、その、そんな……股間の部分だけを?」
そう、理華が溶かしたのは男の股間部分の氷だけだ。他は完全に男を拘束している。嫌な予感が全身を襲い、男が冷や汗を浮かべながら「まさか、ウソだよな? そうだよな? な?」という表情で理華を見つめる。
そんな男に、理華は僅かに口角を上げると、
「さようなら♪」
そして、風の塊が連続で男の股間に叩き込まれた。
─── アッーーー!!
─── もうやめてぇーーー
─── おかぁちゃーん!
男の悲鳴が昼前の街路に響き渡る。変な音(風の音が重複しすぎて別の音に聞こえる)を響かせながら執拗に狙い撃ちされる男の股間。きっと中身は、デン○シーロールを受けたボクサーのように翻弄されていることだろう。
周囲の男は、囲んでいた連中も、関係ない野次馬も、近くの露店の店主も関係なく崩れ落ちて自分の股間を両手で隠した。
やがて永遠に続くかと思われた集中砲火は、男の意識の喪失と同時に終わりを告げた。一撃で意識を失わせず、しかし、確実にダメージを蓄積させる風の魔法。まさに神業である。どこに技術力使ってるんだ。理華は人差し指の先をフッと吹き払い、置き土産に言葉を残した。
「……漢女になるといいわ♪」
この日、一人の男が死に、第二のアルーミル、後のベルーミルちゃんが生まれた。彼は、アルーミル店長の下で修行を積み、二号店の店長を任され、その確かな見立てで名を上げるのだが……それはまた別のお話。
理華に、〝股間スマッシャー〟やら〝風の狙撃手〟〝氷の女王〟等という二つ名が付き、後に冒険者ギルドを通して王都にまでその事件の噂が届き、男性冒険者を震え上がらせるのだが、それもまた別の話だ。
理華は、畏怖の視線を向けてくる男達の視線をさらっと無視して、女には手を出せないと翻弄されているイムとジェゼルを回収し、買い物の続きに向かった。道中、女の子達が「理華お姉様……」とか呟いて熱い視線を向けていた気がするがそれも全て無視して買い物に向かった。
何やら、イムが遠くなっていく人だかりの中の一人の少女を見つめている。その様子に気付いたジェゼルが、どうしたのか尋ねる。
「イム、どうかしたのか?」
「いや、懐かしい人に似た人がいただけだよ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
武器屋の暗殺者向けコーナーにて。
「ん-、やっぱり良い物はないなぁ。はぁ」
ため息を交えた独り言を呟いたのはイムだ。グラントルーパー戦で消費した武器の補充のために武器屋に来たのだ。理華とジェゼルは食料を買うため別行動している。
「しょうがない、駄作で我慢ですねぇ」
ナイフを1ダース手に取り、そのうちの一本を柄の方が先端になるように右の棚に向けて投擲した。
「ひゃぅっ」
可愛らしい悲鳴と共に、棚の前で先程の懐かしい顔の少女が額を押さえ、蹲る。
「あなた誰です?後を付けられると迷惑なんですが」
「うぅ、痛いよぉ。イルムがひどいよぉ」
何故かイムの本名を呟く少女。イムは訝しみながら、再度何者か問う。
「なぜ私の名前を?あなた、本当に誰です?」
「私だよぉ、ネティスだよぉ。忘れたの?」
その言葉に古い記憶を思い出す。
まだ小さかった頃、里に一度、異種族の一家が来たことがあった。確か、堕天族と呼ばれる魔人と烏族のハーフから始まった種族だ。その一家の、自分たちより一つ下の年齢の女の子がいた。毎日一緒に遊んだことを覚えている。その一家は、数ヶ月滞在した後、またどこかへ行ってしまったが。
確認してみる
「ネティス?」
「うん」
「ネティス・インクレンス?」
「そうだよ」
「私の出身は?」
「───の隠里」
「その里への行き方は?」
「ごにょごにょ」
「合言葉は?」
「無限と夢幻」
「好きなことは?」
「昼寝」
「私のフルネームは?」
「イルム・L・カエルム」
本物だ、流石にここまでわかれば本物だ。
「……久しぶりだね、ネっちゃん。何で私だと分かったんです?」
「うん………、いや、ジェゼルっぽい人がいたから。それと、ドSのオーラが漏れてたから」
なぜ、ジェゼルに気付いて私に気づかないんだと少し遠い目になるイム。それと、
「ドSのオーラって何?」
再会早々、笑顔でキレ気味のイム。それに対してネティスは…
「いやぁ、私ドMになっちゃってさぁ、そういう嗜好を持ってる人がわかるようになったんだぁ」
堂々と性癖を開示するネティス。周りに他の客が居なくて良かった。そして、昔馴染みが特殊性癖に目覚めていることにショックを覚えるイム。
「何、堂々と性癖開示してるの?ショックなんだけど?色々と」
そんなイムに対しネティスはケロッとしている。何が悪いの?と言いたげな顔だ。
なんだか面倒臭くなったイムは、ロープを一緒に購入し、ネティスをわざわざ亀甲縛りにして連行した。
これは確かにSかも知れない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
宿に戻る途中、かなり視線を集めたが気にしなかった。
理華と合流してから、ネティスの説明をした。その中で、ミィルトに連れていくかの話題になり、理華は別に構わないが最終的な事はセトに聞こうと言うことになった。
ネティスはと言うと、終始ハァハァしていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
三人+αが宿に戻ると、セトもちょうど作業を終えたところのようだった。
「お疲れs…………………………何か外が騒がしかったけど何かあった?」
どうやら、先の騒動を感知していたようである。長めの間は、スタリの所為だろう。
「いえ、問題ないわよ。」
「あ~、はい、そうですね。問題ないですよ。一応」
「大丈夫だった……ぞ?」
服飾店の店長が化け物じみていたり、一人の男が天に召されたりしたが、概ね何もなかったと流す三人。そんな三人に、セトは、少し訝しそうな表情をするも、まぁいいかと肩を竦めた。
「で、その縛られてハァハァしてる少女は何?誘拐?」
もうそろそろいいかな?と言った感じで疑問を呈すセト。それに対して、イムが説明する。
「コイツは、私の昔馴染みです。コイツ、こんなナリですけど、私と同程度に強いですよ。」
「おぅ……」
イムの昔馴染みであると言うことと、イムと同程度の強さであることに反応しにくいセト。
「旅に連れて行きません?」
唐突な提案にやはり反応しにくいセト。色々悩んだ末、
「いいんじゃない?(最悪肉壁に………………しないけど)」
許可を出した。ミィルトを探索するに当たり、人数は欲しいし、イムと同じような強さなら大歓迎だ。
しかし、ビジュアルがよろしくない。正座で亀甲縛りにされ自由を奪われている状態で、頬を赤らめてハァハァしているからだ。子供が見ると不味い。
「イム……コイツ、大丈夫か?」
するとイムは真顔で
「彼女の扱い方は一応コイツの母から聞いているので大丈夫ですよ、多分。いつの間にか重症化してましたね。ハハハ」
らしい。全部任せることにした。
「それで、必要なものは全部揃ったか?」
「ええ、大丈夫よ」
「そうですね。食料も沢山揃えましたから大丈夫です。でも荷物がちょっと嵩張りますねぇ」
確かに旅をするには荷物がすこし邪魔だ。セト、は馬でも買おうかと思案しながらジェゼルに呼びかける。
「さてと、イム、ジェゼル。これ、お前達用に作ってみた。」
そう言ってセトはイムとジェゼルに銀色の特殊な形をした物を差し出す。
セトが差し出すそれを反射的に受け取った二人は、見た目の割にかなり軽いそれに思わずこけそうになり、慌てて体勢を立て直した。
「主、なんです、これ? 見た目の割に軽い……」
「それはお前用の新しい小太刀だ。」
「え、これが……?」
イムの疑問はもっともだ。小太刀と言うには刃の部分も柄の部分も短い。それを読み取ったのかセトが説明するために口を開く。
「柄の底?の方にスイッチがあるだろ、そこを押したら刀身が伸びるはずだ。暗殺者系統の能力なら、暗器みたいに使えるほうがいいかと思ってな。素材は今まで討伐してきた魔獣の骨やら牙やらだ。魔石で〝纏風〟の魔法陣も刻んである。他にも色々あるぞ。それとジェゼル。それはメリケンサックと言ってな。こう持って相手を殴ると、痛い。以上」
セトの済ませておきたいこととは、これらの武器の作成だったのだ。午前中、三人が買い物に行っている間に、イムとジェゼルの武器を作っていたのである。
「今の俺にはこれくらいが限界だけど、腕が上がれば随時改良していくつもりだ。使いこなしてくれよ? 仲間になった以上勝手に死ぬのは許さんからな?」
「「主……はいっ!どこまでも付いて行きます!」」
二人は嬉しそうに武器を胸に抱く。とても嬉しそうでセトは苦笑いだ。自分がした事とは言え、武器のプレゼントに大喜びする少年という図は中々にシュールだったからだ。
はしゃぐイムとジェゼルを連れながら、早昼を取り宿のチェックアウトを済ませる。未だ、宿の女の子がセト達を見ると頬を染めるが無視だ。
外に出ると太陽は天頂近くに登り燦々と暖かな光を降らせている。それに手をかざしながらセトは大きく息を吸った。振り返ると、三人も息を大きく吸ってセトを見つめる。
ハァハァしている何処からどう見ても場違いな少女をガン無視し、セトは三人に頷くと、スっと前に歩みを進めた。三人も追従する。
いざ、ミィルトへ
う〜ん、武器紹介が曖昧になってしまった。
キャラによる口調が定着しない。恐らく読者の皆様には誰が言ったのか分かりにくいセリフもある。
難しいなぁ〜、きっと後の私が修正しますね。未来の俺よ、任せた!!
さて、次回からミィルトです。思ったより長くなってしまいました。すいません