ふんわり ふわふわ
夕焼けの空の色が、えっちゃんが通う保育園を赤く染めています。
えっちゃんは、ぷっと頬っぺたを膨らませるほど怒っていました。あきちゃんも、ひろしクンも、てるクンも、ママが迎えに来てくれたのに、えっちゃんのママだけはまだでした。
ひとり、ふたり、さんにん。ママに連れられて帰るお友達を見送りながら、とうとう、えっちゃんは一人ぼっちになりました。
帽子もかぶって、かばんも下げて、えっちゃんの帰り支度はとうにすんでいるのに・・・
ガラスのドアに顔をくっつけるように、外の空を見上げると、空はにわかに曇って、雨が降り出しそうでした。寂しくって、えっちゃんの涙も溢れ出しそうです。
そのときです。
『ふんわり、ふわふわ』
そんな言葉が、えっちゃんに楽しく聞こえました。
えっちゃんは不思議そうに辺りを見回しました。えっちゃんのお友達はとうに帰っています。先生の姿はありません。えっちゃんはこの玄関で一人ぼっちで、誰も声をかけてくれる人はいないはずでした。
ふと、えっちゃんが見つけたのは、玄関にいる犬のジョンでした。
ジョンはヌイグルミの犬でした。
えっちゃんぐらいの大きさがあって、やわらかい詰め物の体で、えっちゃんの遊び相手でした。
「ジョン?」
えっちゃんは、さっきの声はあなたなのと聞いたのです。
ヌイグルミのジョンは返事をしません。でも、その目は優しく微笑んでいるようで
した。
きっと、ジョンは遊びたがってるんだわ。
えっちゃんはそう思いました。
でも、どんな遊びでしょう。
えっちゃんは首をかしげてジョンをみつめました。ジョンは毛並みの長いふわふわのヌイグルミでした。
そうっ、きっと、『ふんわりふわふわ』を探せばいいのね。
えっちゃんは、そう考えました。ジョンは優しい目で笑っています。
『ふんわりふわふわ』
やわらかくて暖かい、そんな感じがします。
そういうものをさがせばいいのね。
えっちゃんは、お部屋にもどりました。ここなら、『ふんわりふわふわ』がいっぱいあるに違いありません。
えっちゃんは部屋の中を見回しました。積み木は硬そうですね。すべり台、これはやわらかそうな形や色をしていますが、叩いてみると、こんこん固い音がします。
窓際の赤い金魚が、えっちゃんの目に入りました。ふわふわ大きな尾びれを振ってゆっくり泳いでいます。
「これかな?」
えっちゃんが水槽に手を触れてみると、つめたい感触が伝わってきました。
やわらかいけれど冷たい。ジョンの言う『ふんわりふわふわ』は金魚ではなさそうです。
「あっ……、雲かな。」
えっちゃんは窓辺で、白くてふわふわの雲があったかいお日様に暖められた景色を思い出しました。
そのとたん、えっちゃんの考えを打ち消すように、ざあっと強い雨が窓ガラスを叩き始めました。
空をみあげると、じっとり黒くて重い雲から、雨があふれ出してきているようでした。
雲でもないようです。
えっちゃんは、もうしょんぼりしていません。すっかりこの遊びが気に入っていました。
「あっ、毛布。」
お昼寝用の毛布が目に入ったのです。
えっちゃんは毛布を抱えてジョンに見せに行きました。
ジョンは微笑んでいるだけです。
「違うの?」
えっちゃんが毛布を抱えてお部屋に戻ろうとしたとき、
ぽふんっ……。
それは柔らかな感触でした。
毛布をはさんで、先生とぶつかったのでした。
一人ぼっちになったえっちゃんを心配して、様子を見に来てくれた先生でした。
先生は、えっちゃんの笑顔をみて、安心したように戻っていきました。
えっちゃんは首を傾げました。
先生とぶつかった、ぼふんっという感じが何かを思い出しそうになったのです。
でも、えっちゃんは、まだ『ふんわりふわふわ』を見つけることができません。
えっちゃんは首をかしげて、ジョンと向き合って時間が過ぎました。
この時、ぱしゃっ、ぱしゃっ、ばしゃっ
長靴で水溜りを踏んで歩く足音がしました。
姿を現したのは、えっちゃんのママでした。
えっちゃんの小さな黄色い傘を下げているのが恥ずかしそうです。
途中、雨が振りそうだったのでえっちゃんの傘を取りに帰ったんです。
でもね、えっちゃんが気付くと、夕立はとおにやんでいました。傘を持ったママが恥ずかしそうだったのはそのせい。
えっちゃんはママの腕に飛び込みました。
「あっ……、これ。」
えっちゃんは思いました。
えっちゃんを抱くママの暖かい優しい腕が、『ふんわりふわふわ』でしょうか
ママの肩越しに見えるジョンが「うん。そうだよ。」と言っているようでした。
結局、ジョンは何もしゃべりませんでしたが、ママと手をつないで帰るえっちゃんを見送りながら、ヌイグルミのジョンは優しい目をしていましたよ。
以前、雨の日に歩いていると、夕日が差した幼稚園の窓から外を眺めている寂しそうな女の子が一人・・・・
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