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神与体系  作者: 金子よしふみ
第一章 祈願
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遭遇

 商店街にあるコンビニへ、佐上は年賀状を買いに行った。もしかしたら売れ切れということもあるのだが、そんな予想もせずに出かけて、歩いている途中でそこに気付いたのだが、今さら帰るわけにも行かず、一応行ってみたら、インクジェット用のものが残っており、パソコンで作らないとは思ったものの、それしかないとなれば、それを買うしかなかった、書くのは二枚だけだったが、書きミスを考慮に入れて、五枚パックで買った。

 その帰り、何とはなしに来た道とは別の海岸に近い方の道を歩くことにした。そちらはアーケードもなかったが、車も人も通らないだろうと思われるところにいたかったのだった。見上げた空にはオリオン座が輝いていた。星座に疎いとはいえ、それくらいは分かるというものだ。逆に言えば、本に載っているような形をそれとは違えずにくっきりと分かるほど、冬の夜空は明瞭だった。

 年賀状の入ったビニル袋の持ち手の輪っかに指を入れ回転させながら、一歩一歩自宅へ近づいていく。

しかし、その自分のリズムの間に佐上は気が付いた。自分のもの以外の足音があることを。しかも駆けていることを。怪訝になる。こんな時分に市民ランナーがいるとは思えない。

 ――もしかして不審者か? 

 動悸が速まる。思わず足が止まった。彼の数メートル先には街灯が数十メートルぶりに灯っていた。その明るさの円の中に、佐上の目は気味の悪い、自分よりも長身な影が立ちふさがって現れたのを捉えた。

「ひゃっ」

 奇妙な感嘆詞を述べても、その後の言動につながらなかった。思考が始まらない。逃げる、避ける、身を屈める、助けを求める、まるでできなかった。しかも、駆け足の音は止んでいない。影は佐上に接近し、覆いかぶさるように迫ってくる。佐上ができた唯一のこと。目を閉じていた。しかし、自分の身に何事かが起きる気配がまるでない。痛みや振動も感じない。恐る恐る目を開けてみた。

 影の動きが停止していた。金縛りにあったように。

 駆け足ではない足音が近づいてきていた。シルエットがもう一つ近づいてきていた。

「佐上?」

 その声に動悸が一瞬ジャンプしたかのようにも感じた。しかし、その聞き覚えのある声が、どことなく安心をさせた。まだ影が目の前にいるというのに。

「立脇か」

「何してるんだい?」

 街灯の光範囲がその姿を顕わにさせた。

「それはこっちのセリフだ……」

 言葉が詰まった。立脇がその瞼を開けていた。五角形が仄明るくなっていた。

「お前、それ……」

 ようやく動ける身体。指を差そうと伸ばした。

 瞬間。

 鈴の音がドップラー効果のように近づいたかと思うと、影の身を鈴が付いた糸が縛っていた。次の瞬間、鈴がもう一度鳴り響くと、影は砂のように力なく崩れて消えてしまった。立脇は瞼を閉じた。

 三度目の鈴音とともに鈴は闇夜に戻って見えなくなった。その代わりに

「そちらは?」

 もう一人の女性の声を佐上は聞いた。二人の傍に近寄って来た女性。佐上には見え覚えがあった。その日、神蔵神社へ参拝した時、拝殿の中で神楽を待っていた巫女。金髪ロングの髪で舞う巫女を見紛うはずはなかった。

「まつりさん」

 女性に呼びかけた立脇の言葉が神蔵神社の者であると、佐上に確信させた。その女性は袂から白い粉と透明の液体の入った小瓶を取り出すと、さっきまで影のいた地面にそれらをふりかけた。風は、その液体が日本酒であると佐上に教えた。

「佐上カイトです、立脇と同じクラスの」

 立脇からの紹介の前に自ら名乗ったのは、突発的な事件に尻餅さえも尽きそうになった動揺を隠そうとする男子たる自負がなかったと言えば嘘になるが、それよりも声にしていないと押し倒されそうな、神蔵まつりの何とも言えない威厳のような雰囲気が辺りに漂っていたからである。

「そう、斎さんの」

 神蔵は、静かに立脇に視線を送った。その立脇は無言で一つ頷いた。

「あの、これって……」

 事の次第と、あの気味の悪い影みたいなものがなんだったのかを尋ねようとした矢先、神蔵が口元に指を立てた。

「あ、退散した方がいいね」

 一台の車が近づいてくると立脇は続けた。その車体の上部には赤色灯があり……

「パトカーじゃねえかよ」

「じゃ、佐上、ボクらは帰るよ。キミも」

「佐上君、それじゃあ」

 深夜徘徊の巡邏をしているだろう、その車両に御厄介になるわけにも行かず、佐上もそこから離れるしかなかった。


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