立脇斎
拝殿から鈴や笛や太鼓の音が聞こえてきた。
「なんか、やんのかな?」
佐上は鳥居に向かって歩いていた参道から、再び拝殿の前へ歩みを変えた。人混みの中少し背伸びをして覗き込んだ。
拝殿の中では、巫女が囃子に合わせて舞い始めていた。それも正月の神事なのだろうが、その有意性は佐上には分からなかった。
――きっと練習大変なんだろうな
とか、
――冬なのに、あの格好は寒くねえかな
とか思うことといえば、そんなことだった。舞いの優雅さとか所作の美しさなどは、どこにでもいる、一般的な高校男子の一人である佐上カイトには、心得のない分野のものだ。
音楽が静まるとともに巫女が静止した。佐上は腕時計を見た。一〇分ほどが経過していた。眼を時計から離すと、笛の音がまた始まり出した。佐上は、もう充分ご利益いただきましたといった具合に、帰途に向かうことにした。
「見ていたのかい?」
鳥居までもう数歩のところで、後ろからさっき聞いたばかりの声をかけられた。足を止め振り返って見ると、そこには、私服姿の立脇がいた。
「ちょうどバイトの終わる時間だったんだ」
「やっぱ、バイトか」
立脇斎がこの場で巫女装束に袖を通している理由に合点がいった佐上は、近づいて来る彼女の頭からつま先まで一瞥した。その容姿も、学校の様子からは窺えない立脇の姿があった。
「なんか、単車乗ってるみてえな格好だな」
「それを言うならライダースジャケットだろ、これはレザージャケット」
茶髪のショートカットとジーパンにブーツの格好がなおさら佐上にそう言わせたのでもあり、彼女の言ったジャケットの違いなど、ファッションに疎い彼にはよく分からないものであった。
鳥居をくぐってから、拝殿に一礼する立脇にならって、佐上も同じようにした。それが礼儀だと言われた。
「この神社の跡取り娘たる神蔵まつりさんと知り合いなんだ。ボクたちの高校の一つ上の先輩なんだ。日ごろからお世話になっているお返しに、また冬期中の稼ぎに巫女のアルバイトをしていたんだ」
「神聖な場所で、すげえ現実的な経済のありようを垣間見た気がする」
――「日ごろからお世話になっている」だって? まあ、俺らと話してなくても気心の知れた先輩くらいはいるのか
佐上はそんなことを一瞬思ったが、めったにない機会に立脇との会話に神経を傾けようとした。まるで会話をしてこなかったクラスメートにしては、何を話したらいいのだろうかといった、探るような話しぶりもする必要がないほど、雑談――ほとんどは、佐上がなぜ今の時間になって初詣に来て、おみくじを引くどころかお守りも手にせず、破魔矢の入った袋を下げているのかの原因だった――が続いた。話ついでに、お互いこれから暇という理由で、少しばかりコーヒーブレイクをすることになった。